ホットレポート第1回 森里海を結ぶフォーラム in ISAHAYA

2021年11月15日グローバルネット2021年11月号

森里海を結ぶフォーラム実行委員会代表
京都大学名誉教授
田中 克(たなか まさる)

温暖化に象徴される地球環境の急速な劣化は、このままでは続く世代の確かな未来は望むべくもない事態をもたらしつつある。すべてのいのちの源である水の循環に関わる森里海のつながりが分断され、地域社会が崩壊に至る事態が続いている。九州・有明海においては、大規模な環境改変が相次ぎ、1997年にはその総仕上げとして諌早湾奥部おうぶに長大な潮受け堤防が建設され、広大な泥干潟の干拓が強行された(写真1)。そして、漁民はもとより、農民も市民も不幸に至らしめたことは、その典型事例といえる。それは、形を変えてわが国各地にみられる、解決を迫られた普遍的課題でもある。

写真1
生態系の分断の典型 諫早湾奥部を締め切った全長7㎞、汚濁水を生み出す調整池、中央干拓地を眺める(青木信之氏撮影

絶滅危惧種シマフクロウとムツゴロウの出会い

2020年2月に海の生き物を守るフォーラムが東京で開催され、自然界では出会うことのない二種の絶滅危惧種、北のシマフクロウと南のムツゴロウの代理人が知り合うことになった。多くの生き物の絶滅危惧種化は、森里海がつながる自然の崩壊に起因するとの共通認識から、森里(川)海を分断し、地域社会を崩壊に至らしめた長崎県諌早市において、第1回森里海を結ぶフォーラムを開催することとなった。

第1回森里海を結ぶフォーラムin ISAHAYA

諌早市を取り巻く状況は非常に厳しく、直接的に潮受け堤防の開門や非開門を問題提起すると、それだけで市民は離反し、状況の打開にはつながらない。一方、地球温暖化に代表される気候変動は、非常事態宣言が各地の自治体から発出されるほどの危機的事態に至っている。30年先の脱炭素化社会ではなく、これからの10年、2030年までに社会のありようや個人の行動のかじを大きく切らないことには、続く世代の確かな未来は望むべくもないことを柱に据え、今を生きる私たちの目先の利益に捕らわれた分断・対立を乗り越えて、続く世代の幸せ最優先への“リセット”をフォーラムの基本軸とした。“いのち育む時代へ”へのキックオフを諌早市から内外に発信し、世界に誇る環境復元の町ISAHAYAへの転換を図ることを意図した。

フォーラムの構成

3日間のフォーラムを以下のように組み立てた。

◆10月1日(金)午後:講演と対談の集い

・NPO法人森は海の恋人理事長 畠山重篤氏「森は海の恋人30年:心の森を育む」

・元NHKキャスター 野中ともよ氏・環境省アンバサダーNOMA氏「いのちと地球をめぐる」

◆10月2日(土)

午前:多良岳中腹で植樹祭(写真2)、午後:森里海を結ぶ全国交流会

・基調講演 環境事務次官 中井徳太郎氏「地域循環共生圏社会に向かって」

・登壇者・実行委員・関係者の交流会

◆10月3日(日)午前:絶滅危惧種円卓会議

・基調講演 大阪大学教授 大久保規子氏「自然の権利と森里海」

・講演1 認定NPO法人アサザ基金代表 飯島博氏「絶滅危惧種と子ども達には、社会を変える力がある」

・絶滅危惧7種の代理人による意見交換

・講演2 環境省参与 鳥居敏男氏「森里川海大好き子どもたち」

・絶滅危惧種による「森里海宣言」

写真2
第2回森里海を結ぶ植樹祭 雲仙岳と諫早湾を見渡す多良岳に感謝の会広場での植樹風景

地球を支配しようとしてきたこれまでの人間の生き方を抜本的に方向転換する理念を共有し、迫り来る危機を乗り越える具体策(地域循環共生圏社会)の提示、すでに全国で先行的に取り組まれているさまざまな事例の紹介を通じて、参加者と共に有明海の問題解決の道を考え、行動に移す思いを深める3日間とした。

フォーラム開催によって生まれた新たな芽を育む

フォーラムはともすれば一過性に終わりがちであるが、それでは現実を変える力にはなり得ない。本フォーラムは、開催までの過程を重視し、既存の組織や資金に一切頼ることなく、北海道から九州に至るさまざまな分野・世代の8名が、それぞれの周りのつながりを生かして周辺への協賛の輪を広げることを基本とし、全国から110名以上の個人、30以上の団体・企業の協賛を得て実現したものである。この過程でのつながり、フォーラム開催によってさらに広がったつながりを生かした今後への展開の確信を得ることとなった。

以下は、今後につながるいくつかの芽である。

・5回のプレフォーラム「森里海を結ぶ広場」の継続

・環境省の後援取得、環境事務次官の諫早訪問と講演実現

・地元唯一の4年制大学、鎮西学院大学の全面協力

・諌早湾漁業協同組合長との和解の道への話し合い

・Fridays For Future(FFF)Nagasakiに集う高校生の参加と交流・連携

・植樹現場を昆虫採集・シイタケ栽培・水生生物観察のための「子供の森」にする構想の具体化

・市民によるウナギのいる川・いない川水生生物調査

・長崎県教育委員会との環境教育についての意見交換

 

これまで、開門・非開門の呪縛に捕らわれ、自らと続く世代の未来について自由に意見交換を交わす土壌を失いつつあった諌早の地に、対立・分断を乗り越えて未来目線での多様な取り組みを実現させ得る多くの芽を生み出すことができた。

ポストフォーラムの展望

フォーラム全般を振り返る実行委員会の開催には至っていないが、すべての実行委員の思いは「きつかったが、フォーラムを開催して本当によかった。自分のこれからの生き方や生きがいにもつながる貴重な経験となった。誰一人欠けてもここにはたどり着けなかった」に集約される(写真3)。当初は、諌早でのフォーラム終了とともに実行委員会は解散との暗黙の了解があったが、今では、ここまで紡いできたつながりを生かして、今後も森里海の価値観を広めるために恒常的な運動体として「森里海を結ぶフォーラム」を立ち上げ、諫早発の流れを全国に展開する挑戦の気運が高まった。全国からの協賛に心より感謝申し上げます。

写真3
笑顔あふれる第1回森里海を結ぶフォーラム実行委員とボランティアサポーター(青木信之氏撮影)

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