特集/IPCCシンポジウム報告 IPCCシンポジウム/気候講演会「気候変動を知る~最新報告書が示すこれまでとこれから」<講演2> 二酸化炭素排出・温暖化と海の変化

2022年01月14日グローバルネット2021年12月号

WGⅠ第5章執筆者、気象庁 気象研究所 研究総務官
石井 雅男(いしい まさお)さん

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)から気候変動に関する最新の知見を取りまとめた、第6次評価報告書の第1作業部会(WGⅠ)報告書(自然科学的根拠)が今年8 月に公表されました。この後も、来年にかけて第2作業部会報告書(影響・適応・脆弱性)、第3作業部会報告書(緩和策)及び統合報告書が公表される予定です。
 本特集では、10 月末に開催されたIPCC シンポジウム/ 気候講演会「気候変動を知る~最新報告書が示すこれまでとこれから~」(主催:環境省、文部科学省、気象庁)における、IPCC から公表された最新の報告書の内容や、日本の気候変動に関する最新の知見に関する講演の概要を紹介します。なお、すべての講演動画及び発表資料は特設サイト にてご覧いただけます。

 

人類の産業活動によるCO2濃度の増加と気温上昇

南極大陸を覆う厚い氷床の氷の中には、過去の空気が小さな泡として残されています。その空気の分析結果から、地球の過去80万年間の氷期・間氷期の大きな気候変動は、CO2など温室効果ガスの大気中の濃度の大きな自然変動と連動していたことがわかっています。また、今の間氷期が始まってから工業が活発に始まる18世紀後半まで、大気中のCO2濃度はほぼ280ppmで安定していましたが、20世紀以降には急激に増えており、今では410ppmを超えています。こうした産業活動の活発化による急激な濃度増加の傾向は、メタンや一酸化二窒素といった他の温室効果ガスにも見られます。これらの温室効果ガス濃度の増加は、氷期から間氷期への移行時に比べても桁違いの速さで進んでおり、現代の濃度は、私たち現生人類が経験したことのない非常に高い濃度に達しています。

これは言うまでもなく、人類が産業活動によって温室効果ガスを排出してきた結果です。CO2について見てみると、森林破壊等土地利用の変化によるCO2排出量は、19世紀からあまり変化していませんが、石炭、石油、天然ガス等化石燃料の消費によるCO2排出は急激に増加していて、最近では土地利用変化と合わせて年に120億トン炭素ものCO2を排出しているのです。現在、世界の人口はおよそ79億人余りですから、平均すると一人当たり1.5トン炭素ものCO2を排出している計算になります。日本では一人当たりのCO2排出量は年に2.2トン炭素で、少しずつ減る傾向にはあるものの、まだ世界平均の1.5倍ほどの多さです。

CO2など温室効果ガスのこうした大量排出が、地球を温暖化させています。気温の上がり方は、北半球の高緯度域で大きい傾向にありますが、世界平均では、19世紀の工業化以前に比べておよそ1.1℃上昇しました。スーパーコンピューターを使った気候変動のシミュレーションによれば、CO2排出などの人為的要因を考慮しなかった場合、温暖化は起こりませんが、これを考慮した場合は、観測結果と同様にほぼ1.1℃上昇します。このことからも、CO2排出などの人為的要因が、地球温暖化の原因であることがわかります。

猶予のない目標 CO2以外の排出も抑制する必要

パリ協定では、世界の平均気温の上昇を工業化以前に比べて+1.5℃に抑える努力目標を掲げました。しかし、平均気温はすでに1.1℃上昇しています。過去のCO2の総排出量と気温上昇の関係から推定すると、気温上昇を+1.5℃に抑えるには、CO2の総排出量をあと約1,400億トン炭素以下に抑えなければなりません。しかし、今の1年当たり約120億トン炭素のCO2排出のペースでは、あと10年余りで総排出量が1,400億トン炭素に達してしまいます。世界平均気温を+2℃に抑えるには、もう少し猶予があります。しかし、気温上昇にはCO2の総排出量以外にもさまざまな要因が関係していますので、将来予測が長期間に及ぶほど、その不確かさは大きくなります。

冒頭に述べたように温室効果ガスはCO2だけではありません。メタンの排出も温暖化を進行させる大きな効果があります。一酸化二窒素、フロン等ハロゲン化炭素化合物、揮発性炭素化合物や一酸化炭素の排出も、温暖化を進める効果があります。一方、大気中を浮遊する微粒子(エーロゾル。エアロゾルとも表記される)の多くには、気温を下げる効果があります。二酸化硫黄の排出によって生成するエーロゾルはその代表といえますが、これらは酸性雨の原因でもあり、健康被害も引き起こすので、それらの排出も減らしていく必要があります。

海の温暖化

地球温暖化の将来予測の不確かさを減らすには、海の将来予測も重要です。温暖化した大気の熱は海をも温めています。世界的な海洋観測の結果から、温暖化によって地球にたまった熱のおよそ90%もが、海にたまっていることがわかってきました。その他、温暖化による熱の増加は、山岳氷河やグリーンランドと南極の氷床を解かすのにも使われており、気温を上昇させている大気の熱の増加は、地球全体の貯熱量増加の1%ほどに過ぎません。貯熱の観点から言えば、地球温暖化は大半が海の温暖化だといえるでしょう。そのため、海流の動き(海の大循環)が変わると、大気と海の熱のやり取りも変化して、温暖化による気温上昇の傾向にも変化が起きる可能性があるのです。

世界の海面水温は、過去100年間に平均で0.56℃上昇しました。海面水温の上がり方は、海域によって異なります。気象庁の報告によれば、日本近海の海面水温は、大きく変動しながらも平均すると過去100年間に1.16℃上がりました。これは日本の気温の上がり方とほぼ同じ速さです。

海の水温上昇は、気象・気候や海の生態系に大きな影響を及ぼします。その他に重要な影響は海面水位の上昇です。1970年以降、今日までの50年間だけでも、海面水位は世界平均で12㎝ほど上がりました。その上昇分のおよそ半分は、海の温暖化による海水の熱膨張が原因で、あとの半分は山岳氷河やグリーンランドと南極の氷床が解けて、その水が海に流れ込んでいることが原因と推定されています。気象庁の観測データによると、日本沿岸の海面水位は、1900年代から大きな上昇・下降を繰り返していましたが、1980年頃からは、世界平均とほぼ同じ速さで上昇しており、今は過去100年間に観測されなかった高さにまで上昇しています。

海に吸収され続けるCO2、進む海洋酸性化

海は、熱だけでなく、化石燃料消費や森林破壊等によって排出されたCO2のおよそ4分の1も吸収しています。森林もおよそ3分の1を吸収しています。つまり、海や森林は、排出されたCO2の半分以上を吸収することで、大気中のCO2濃度の増加、そして地球温暖化の進行を和らげる大事な役割を担っているのです。国際協力によって行った世界的な海洋観測によって、海に吸収されたCO2が海のどこにたまっているかを調べたところ、北太平洋では日本に近い黒潮の南からハワイ近海にかけての中緯度域、北大西洋では中緯度域から高緯度のアイスランド沖にかけて、そして南半球でも中緯度域にCO2が多くたまっていることがわかりました。これらの海域は、海洋大循環によって海の表面付近から中層や深層に海水が運ばれている海域で、温暖化による熱がたまっている海域でもあります。

CO2が海水に溶けることで、海水の酸性化も世界的に進んでいます。海の表面付近では、海水はpHが8ぐらいの弱いアルカリ性(塩基性)なのですが、CO2が海水に溶けることで炭酸になり、海水を少しずつ中和して中性方向へと酸性化させているのです。海の酸性化は「もう一つのCO2問題」とも呼ばれ、海の生態系に大きな影響を及ぼすことが危惧されています。海にはサンゴ、貝類、微少なプランクトン等も含め、炭酸カルシウムの骨格や殻を持つ多種多様な生物がすんでいますが、酸性化によって、それらの骨格や殻が作りにくくなってしまうのです。

海の酸性化がさらに進むと、海の生物多様性やサンゴ礁などの観光資源の喪失、熱帯の沿岸居住域の危険増大、水産資源への影響を通じて食料安全保障問題も起きかねません。IPCCでは、海洋酸性化の評価にも取り組んでいます。産業活動によるCO2の大量排出が、気候変化によるさまざまな問題だけでなく、海洋酸性化による問題も世界的に引き起こすことを深く危惧しているからなのです。

タグ: