ホットレポート①食料システムを変革する ~未来の人と地球の健康を守るために

2022年01月14日グローバルネット2021年12月号

非営利団体 EAT財団(ノルウェー)「持続可能なファイナンス」シニア・アドバイザー
ジョー・ロバートソン

現在の食料システムは、価値を生み出すより多くを破壊している。それは自然資本を枯渇させ、誰もが繁栄を共有し気候変動の影響から守られる未来を築く能力を損なうものである。公共政策から民間金融、商品市場、マーケティング・流通システムに至るまでの支配構造は、単独のアクターでは乗り越えられない課題を生み出している。その結果、食料システムが生み出す測定可能な価値より数兆ドルも多くのコストが発生し、公衆衛生の危機の世界的悪化、生態系や流域、生物多様性の破壊、気候システムの不安定化を加速させている。

私たちの食料システムは9つある地球の限界(プラネタリーバウンダリー)のうち5つの限界を越えており、持続可能な状況ではないことを示している。

EATランセット委員会報告書

EAT-ランセット委員会の報告書※1は、研究によって明らかになったこれら5つの地球環境容量の超過だけでなく、「プラネタリーヘルスダイエット(地球の健康のための食)」を提示した。それは、すべての文化・地域における人びとが必要な栄養を摂取し、非伝染性疾患の発生を減らし、健康的な生活を送り、地球の限界内で生活することを保障する柔軟な枠組みであり、自然の再生と繁栄を可能にするものだ。

食生活、習慣、市場、生産方法が地球の健康に適うための方法は、文化、天然資源の豊かさ、政治的・貿易上の決定によって大きく異なるが、同報告書では、以下のような変革が必要であるとしている。

① 土地利用の慣行を大幅に変更する。

② 持続可能な方法で生産された健康的な食品が日常的に手に入ることが当たり前になるよう食料システム経済の状況を逆転させる。

③ 食料システム内で最も周縁化されたアクターにも届くよう金融を拡大し、金銭的リターンだけでなく、生態系の回復力や人びとの健康等の地球や社会にとって良いことにもインセンティブを与える。

④ 政府間の意思決定では、生活の質の向上、気候目標の達成、持続可能な開発目標(SDGs)に向けた前進のために、これらの変革が有するメリットを生かす。

※ 1  EAT 財団と医学誌「ランセット」のプロジェクト(The EAT-Lancet Commission Report

変革に向けたEATのさまざまな活動

EATは、土地利用の慣行を変革し、「地球の健康」の指針を食料システムの物理的インフラに組み込む必要性を認識し、食料・土地利用連合(FOLU)に参加している。FOLUは報告書“Growing Better:Ten Critical Transitions”で、人びとの健康と自然システムの回復・維持のための食料システムの変革に向けた、明確で実行可能なアプローチを10項目示している()。

また、EATは、FOLUおよびポツダム気候影響研究所と共同で、食料システム経済について科学的統合評価を行うことを目指す学術機関「食料システム経済委員会」※2を設立・運営している。食料システムによって多くの隠れたコストが生じているため、このような評価は緊急に必要とされている。大規模な農業補助金等の経済的インセンティブが工業型農業の原動力になっており、こうした工業型農業の構造を中心に食料システム経済が成り立っている。

食料システム経済の課題の中で、とくに注目すべき部分は開放性、多様性、アクセス、アフォーダビリティ(価格が手頃であること)等の「インクルージョン(包摂)」である。食料システムは、いわゆる「食の砂漠」に住む貧しい人びとに健康的で持続可能な生産物を提供する必要があり、その食品の価格は手に届くものでなければならない。そのためには、複数のセクターで、さまざまな影響力、資本の集中度、能力を有する当事者の間で変革が起こる必要がある。この変革を効率的で大規模に達成するには、従来の経済学における「効率性」や「規模の経済」という考えから脱し、価値を生み出すネットワークの効果を利用しなければならない。それは、歴史的に排除されてきた何億人もの人びとを、イノベーション、協同的ディリスキング(リスク削減)、投資機会の拡大という相互に促進的な構造に巻き込むことを意味する。

また、食料システムに係る投資リスクの多くが、最も投資リスクを背負う余裕のない小規模農家に降りかかっているのも事実だ。その結果、工業的生産の促進、生態系の破壊、土地荒廃が進み、最終的に小規模な家族経営の農家が生き残ることが難しくなっている。

温室効果ガスの排出ネット・ゼロ達成に向けて何十兆ドルもの資金が投入される中、大手銀行を引き付けるほどの収入を生まない小規模農家は資金の流れから取り残されがちである。しかし生産者、消費者、中間業者が食料システムを変革するための資金供給は、金融、気候変動対策両者にとって不可欠なものとなるだろう。

※ 2 https://www.foodsystemeconomics.org/

世界の自治体ネットワークや国際会議における支援

これらの活動と並行して、食料システムの変革に向けた活動がコミュニティで一刻も早く成果を上げられるよう、EATは世界中の自治体やさまざまなパートナーとも行動を共にしている。例えば、C40(世界大都市気候先導グループ)と連携し、都市の食料政策と環境の変革に取り組む50以上の主要都市から成るグローバルなネットワークを支援している。

また、今年9月に開催された国連食料システムサミットでは、政府間の政策交流で認識を深めてもらうため、持続可能な消費への移行に焦点を当て、アクショントラックの一つを共同で主導した。

さらに、食料システムに関する行動を生物多様性や気候変動への取り組みに統合するために、国連生物多様性条約および国連気候変動枠組条約の締約国会議にも積極的に協力している。

これらの活動はいずれも緊急を要するものである。今この瞬間から食料の生産と消費を根本的に変えなければ、気温の上昇を1.5℃以内に抑える道筋は存在しない。さらに、食料システムの変革を真に実現しない限り、生物多様性の損失を遅らせたり止めたりできる可能性はないのだ。

日本の食生活および食料システム変革の可能性

EATが2020年に発表した報告書“Diets for a Better Future(より良い未来のための食)”では、G20各国における食料システムが気候変動に与える影響について調査しているが、日本については一人当たりの乳製品と果物の消費量が、気候レジリエンス関連の目標に照らすと最適に近いことがわかった。また、気候変動の影響を軽減するためには、赤肉の消費を減らし、野菜、豆類、ナッツ類の消費を拡大する余地がある。2000年に策定、2016年に改訂された「食生活指針」に従えば、野菜の消費量を最適な範囲にすることが可能で、これらの変化によって、未来の地球の気候の改善に向けて、大きな影響を与えることができる。

さらに、東京は持続可能な食料政策にコミットメントする宣言「C40 Good Food Cities Declaration」に署名した世界14都市の一つである。宣言では、食品調達ポリシーをプラネタリーヘルスダイエットに準拠するものとし、食品ロスや食品廃棄物を2015年比で50%削減し、市民や企業、政府機関やステークホルダーが共同で実施計画を策定することを求めている。さらに主要都市政府が、自らの政策や、食品調達力を行使し、食料消費の在り方を変えていくことを趣旨とし、署名都市に対し具体的なコミットメントを要求しており、東京都の気候変動に関するアクションプランに組み込まれる予定である。日本国内でも東京に続く自治体が増え、日本全体の食料システムの未来をプラネタリーバウンダリーと長期的な気候レジリエンス関連の目標に整合させることができるよう期待される。

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