特集/変えていく観光のかたち ~今ある地域資源を生かして~東日本大震災とコロナ禍で加速し出した、地域の自然資源を活用した持続可能な観光地域づくりにおける自然学校の役割について

2022年02月15日グローバルネット2022年2月号

くりこま高原自然学校校長
塚原 俊也(つかはら としや)

 新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、遠方ではなく近隣の観光地に出掛ける「マイクロツーリズム」という考えが注目され、行き先や目的、手段など「観光のかたち」を変えている人も増えています。
 2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)について、国連世界観光機関(UNWTO)が「観光には、直接的または間接的にすべての目標に貢献する潜在力がある」と記しているように(『観光と持続可能な開発目標 ー2030年への道程』)、地域振興や環境保全、地域固有の文化・風土の維持など、さまざまな分野の地域課題の解決のためには、観光のかたちを変化させていくことが求められます。
 本特集では、今ある地域資源を生かして地域課題を解決するための取り組みや研究を進めている方々に執筆いただき、今後の持続可能な観光地域づくりについて考えます。

 

地域密着型自然学校の存在意義と役割

宮城県栗原市では、あえて観光地域づくり法人(DMO)をつくらずに、既存の団体や地域資源(自然資源、観光資源、既存組織、ツーリズム事業者など)をつなぎ、持続可能な観光地域づくりに動き出しました。このような動きの中で、持続可能な観光地域づくりを後押しできるマインド、スキル、ツールを備えた地域密着型自然学校の存在意義と役割が増していると感じます。

私が所属する「くりこま高原自然学校」(以下、当校)は1996年に代表の佐々木豊志が栗原市栗駒耕英地区に開校した民間の野外教育団体です。活動理念は「自然と共生する持続可能な平和で豊かな暮らしを創造する人づくりと社会づくり」です。栗駒山域や北上川流域が主なフィールドで、四季を通じて活動しています。“体験からの学び”をベースとした、野外教育(冒険教育・環境教育)事業やエコツアー事業、宿泊事業などを展開しています。スタッフが自然学校に住み込むスタイルで、パーマカルチャーなどの農的な暮らしや、まき・ペレットストーブやまき給湯ボイラーなどの木質バイオマスエネルギー利用を通じた循環型の暮らしの実践をしています。

中山間地域に軸足を置きつつも全国の自然体験活動のネットワーク(NPO法人日本エコツーリズムセンター、NPO法人自然体験活動推進協議会、NPO法人Leave No Trace Japan、(一社)日本アウトドアネットワーク、(公社)日本環境教育フォーラムなど)にも加入し、自然体験活動やエコツーリズムの普及のために地域の内外をつなぐ役割にも力を入れています。このような自然学校としてのノウハウやネットワークを生かして日々活動しています。

東日本大震災以降やコロナ禍では地域資源の循環や体験型観光をさらに進めるために地域内での連携を深めています。例えば、宮城県北エリアの環境教育団体、温泉旅館、観光事業者、工務店、製材所、林業者などが連携する「鳴子温泉もりたびの会」に関わり、持続可能な観光地域づくりに関わっています。

くりこま高原自然学校の取り組み

〈 事例①:持続可能な体験型観光のための人材育成支援 〉

当校では、東北エリアの自然体験活動指導者やツーリズム事業者、教育旅行の受け入れ地域向けに、体験型観光のための人材育成に取り組んできました。特に東日本大震災以降は岩手・宮城の三陸沿岸部を中心に指導の機会が増えました。

実施してきた内容をいくつか紹介します。自然体験活動指導者(NEALリーダー)の養成やインタープリテーション講座の実施。安全管理についてはNPO法人自然体験活動推進協議会の安全管理基礎講座やリスクマネジメントディレクター養成講座での指導。メディックファーストエイドジャパン社の応急手当講習を行っています。

2021年からは持続可能なフィールド利用と保全を目的とした環境倫理プログラムである「Leave No Trace」の理念や技術も普及しています。こうした実践を積み重ね、地域内外との信頼関係やネットワークを構築してきました。

〈 事例②:コロナ禍における、栗原市内での団体連携によるアドベンチャーツーリズムのプログラム開発と実践 〉

コロナ禍においては、国内でのマイクロツーリズムやワーケーション、テレワークなどの機運が高まりました。私たちは栗原市内にある、くりはらツーリズムネットワーク、栗原市観光物産協会、栗原市農泊推進協議会などと連携し、環境省の補助事業として、国定公園栗駒山麓エリアへ人びとを誘客するためのアドベンチャーツーリズムを軸とした体験型ツアーの造成などを手掛けました。

地域内に自然学校があることによって、コロナ禍においても、全国ネットワークで交換されているエコツーリズムやアウトドア関連の最新情報や指導者資格講座の提供などができました。特に自然学校らしさといえる自然・暮らし・文化などの地域資源を生かし自然と共生するというマインドを維持しながら、体験型観光づくりのベースとなるスキルやツールを伝えることができていると感じています。

〈 事例③:栗駒山麓ジオパーク推進協議会での地域連携(ガイド部会への参画とインタープリテーション技術の指導、みちのく潮風トレイルの調査業務経験を生かした栗駒山麓ジオトレイル構想への関わり) 〉

栗原市では、2008年6月14日に発災した岩手宮城内陸地震の地滑り地やラムサール条約に指定されている伊豆沼・内沼などを活用した、栗駒山麓ジオパークを推進してきました。当校も栗駒山麓ジオパーク推進協議会(以下、協議会)のガイド部会に参画し、インタープリテーション研修やジオガイドの育成などに関わっています。協議会は職員研修として環境省のインタープリテーション養成研修などを受けています。この研修の講師も私たちとつながりの多い全国の自然学校指導者やインタープリターの方が多く関わっています。コロナ禍では研修もオンラインになり、地域のボランティアガイドの方は講師に直接会えないときもあります。動画教材などを視聴したときに、「インタープリテーション」など地域の方が初めて耳にする横文字情報などがあります。このような時に地元に自然学校スタッフがいることで新たな言葉や概念を丁寧に説明し、すでに地元の方々が取り組んでこられたことと重ねながら説明できるのでグローバルに取り組まれていることを地域に落とし込みやすいと感じています。こうした言葉の言い換えや相手の立場に立ったコミュニケーションスキルを持っていることも自然学校が地域に存在する意義にもなっているのではないでしょうか。

協議会では2021年からジオサイトを拠点とした栗駒山麓ジオトレイルというロングトレイル構想が動き始めました。ここでも当校が2017年から関わっている、みちのく潮風トレイルの調査業務の経験や人材ネットワークが生かされています。

ロングトレイル講座にて雪のあぜ道を歩いている一コマ

未来への展望 サステナブルツーリズムの普及へ向けて

待ったなしの地球温暖化問題や持続可能な開発目標(SDGs)、新型コロナウィルス感染症などという社会のニーズや課題と相まって、持続可能な観光地域づくりが今まで以上に求められていると思います。今まさに、地域密着型で地域課題の解決に取り組んできた全国の中山間地域の自然学校の役割や存在意義が大きくなっていると思います。各地の自然学校の創設者たちが築いてきたマインド、スキル、ツールやネットワークなどを次世代スタッフが継承し地域に根付いて暮らしをつくりながら働いていることが、地域課題を共有する同世代の行政職員や地域内の観光業やツーリズム事業者、DMOなどの仲間たちとの良い連携を生み出していると感じています。

今後はさらにSDGsの実現を目指し、再び国内外で自由に旅行ができるようになったときに備えて、すべてのツーリズムを包括した真に地域が元気になるためのサステナブルツーリズムの実現が求められていると考えています。

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