ホットレポート気候変動時代の地域環境政策~法政大学 田中充教授退官記念講演より

2022年03月15日グローバルネット2022年3月号

グローバルネット 編集部

 2月6日、法政大学社会学部、田中充教授の退官記念講演が開かれた。田中教授は長野県生まれ。東京大学理学部、大学院を卒業後、1978年、川崎市公害局等に勤務。2001年、法政大学社会学部・大学院政策科学研究科教授に着任し、14年、同学部長に就任。
 環境省中央環境審議会、国土交通省社会資本整備審議会の委員なども務め、気候変動対策や環境アセスメントの研究に携わってきた田中教授の講演概要を紹介する。

 

日本でも頻発する気候危機

2018年に暑い夏がありました。7月上旬には西日本で豪雨があり、10日間の降水は1,000㎜を超え、岡山、広島、愛媛などでは200人を超える方が亡くなる大変な被害が出て、気象災害の猛威を目の当たりにしました。さらに埼玉県熊谷市で観測史上最高の41.1℃を記録し、全国で10万人近い人が熱中症で病院に運ばれ、1,518人の死者が出ました。2019年は10月に台風19号が東日本を縦断し、首都圏でも多摩川や荒川で堤防の決壊や決壊寸前になる豪雨に見舞われました。今後、頻繁に起きるだろう気候危機です。

こうした危機に対し、菅前総理が2020年の所信表明演説で、2050年までに温室効果ガス(GHG)の排出をゼロにする脱炭素社会の実現を目指すという目標を掲げました。これを受けてゼロカーボンシティ宣言を全国で534自治体が行い、「脱炭素」というキーワードで事業に取り組む企業も増えています。

疑う余地のない人間活動による地球温暖化

このような流れの中で、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書第1作業部会報告書が出ています。

世界の平均気温は今世紀半ばまで上昇を続け、GHGの排出が大幅に減少しない限り、今世紀中に1.5℃か2℃を超え、人間活動の影響が大気、海洋、陸域を温暖化させてきたことは疑う余地がないとしています。海洋、氷床、海面水位の変化は100年から1000年の時間スケールで不可逆的で、たとえ気温上昇を1.5℃に抑えても、海面水位の上昇などは止まらないとしています。そうすると洪水リスクが高くなり、沿岸部における海進によって、海が内陸に入り込んでくることによる高波や津波の被害が増え、内陸で雨が降った場合に河川から流れ込む降水量を海がのみ込めなくなると警告しているのだと思います。

東京は100年後の今世紀末には4℃ほど上がると予測されています。都内の熱中症による搬送者数は、温暖化対策を取った場合でも1.82倍、取らなかった場合は4.69倍に増え、熱ストレスによる死亡者数は、対策を取った場合は2.42倍、取らなかった場合は6.67倍になると予測されています。

CO2排出削減に必要な三つの取り組み

気候変動時代の地域環境政策には、二酸化炭素(CO2)を削減するための緩和策、回避できない影響に対する社会の適応能力を高める適応策があります。

日本全体の2019年度のGHG総排出量は12億1,200万トン。2014年度以降6年連続で減少し、エネルギー消費量の減少、電力の低炭素化などが理由として挙げられています。

CO2の排出を減らすためには、私は三つの取り組みが必要だと考えています。一つは社会経済活動をスリム化する、二つ目はエネルギー利用の効率化を図る、三つ目は再生可能エネルギーの普及・拡大。これを進めるためには法制度を見直し、さまざまな規制を緩和・強化することが必要です。日本ではトップランナー方式といって、技術を最先端の基準に置き換えていく仕組みがあり、技術開発を誘発、促進していくことができます。

コロナ禍を意識変革の転換点に

同時に変えなければいけないのは人びとの意識です。人間は自分の意識をなかなか変えられない生き物ですが、集団の意識を変えるのはもっと大変です。しかし、大きな災害に見舞われ、人びとの意識が少しずつ変わっているのも事実です。脱炭素社会に変えていかないとわれわれの社会は危機的なことになるという意識を持って、そこに新しい制度や技術を取り入れていくことが大事だと思います。コロナ禍が社会を変える転換点になるかなと考えています。

緩和と適応、バランスの取れた対策が必要

気候変動適応法が2018年にでき、緩和に比べると20年近く遅れていますが、適応策はようやく動きだしました。どんな対策を取ればいいのか、東京を例にとってみると、まずは熱中症対策、河川洪水や土砂災害対策、多摩地域では生態系の保全や農業対策、区部では健康対策、外来種対策が大事になると思います。

対策を進めるにあたって大事なことが二つあると思います。一つは首長、議員、職員、住民に対する理解を増進させること。緩和策に比べて適応の効果に関する政策担当者や住民の理解は遅れているので、地域社会の将来像、目標をまとめてきちんと政策立案につなげる必要があります。緩和策と適応策のバランスをどうやってとるか、科学的知見、情報を入手して気候変動対策の枠組みづくりを検討することが重要です。

適応策にはすでに取り組んでいることもあり、関係部課と連携して治水・防災、農林水産業、水資源、健康などの施策との統合や上乗せを図り、メインストリーム化、コベネフィット化していくことが重要です。

地域・まちづくりを進める際の基本認識として、気候変動問題は、国際社会、地域社会に共通の普遍的な大問題で、これを解決しないと、人類の生存に大きなリスクが生じ、人口が減ってしまうようなことが起こるかもしれません。そして解決のために残された時間は限られていること、緩和と適応の両方で、経済社会構造や技術システム、価値観などの大転換、革命的転換が必要であることなどを認識する必要があります。

気候変動対策は、幅広い対策分野にまたがり、都市政策などと連携した総合的な対策、事業の実施が必要になります。

気候変動で求められる環境アセスメントの見直し

一方、気候変動と環境アセスメントとの関わりですが、地球温暖化の進行により、気候予測の前提が大きく変わってきます。これまで、汚染状態の変化や生態系への影響は事業インパクトによるという前提で予測・評価をしました。これからは、事業要因に気候要因も加わってきます。

これまでは供用開始から5年後をめどに予測評価を行っていましたが、これからは10~20年後の近未来、30~50年後の中期、80年後の長期予測も必要になり、技術革新を踏まえた将来予測、評価の実施、保全措置の検討が求められます。

得た知見を生かして緊急課題に関わっていきたい

自治体職員として23年間働き、市外の方や有識者の方々とも交流させていただき、知見を深め、刺激を受けたことが今日の私につながっていると思います。教員生活では、低炭素都市、気候変動・温暖化対策、環境アセスメントを主な専門分野にし、多くの優秀な仲間に恵まれ、優れた研究成果を発信することができました。関連団体や学会、事業者、コンサルタントの皆さんとも積極的に議論し、意見交換をし、こうした知見や問題への関心が、私の研究活動において大きな役割、貢献を果たしたと思います。

これからは、風力発電が本格化すると思いますが、その環境アセス手法の整備が課題になるので、これまでに得た知見を有効に活用していきたい。脱炭素の取り組みは待ったなしの緊急課題であり、地域において具体的な取り組みのニーズが出てきており、いかに地域を変えていくか、制度や人の意識を変えていくか、局地戦、総力戦になっていくでしょう。そうした将来目標、課題に向かって関わっていければと思います。

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