ホットレポートIPCC第2作業部会 第6次評価報告書の主要な論点

2022年04月15日グローバルネット2022年4月号

IPCC AR6/WGⅡ報告書第8章RE
東京大学 教授
沖 大幹(おき たいかん)

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で気候変動影響、負の影響を最小限に抑える適応策、脆弱性などの評価を担当する第2作業部会の第6次評価報告書が2月28日に公開された。温室効果ガス(GHG)排出削減は来月評価報告書が公開予定の第3作業部会が本来の所掌であるが、第2作業部会による本評価報告書でも排出削減の必要性が今回特に強調されているのは興味深い。

それは、当該報告書の政策決定者向け要約(SPM)の最後の文章に端的に表現されている。

「蓄積された科学的証拠には疑う余地がない。気候変動は人類の幸福度(well-being)と地球の健康に対する脅威であり、一致団結したグローバルな行動がこれ以上遅れるならば、全員に対して住み心地が良く持続可能な未来を確保するわずかな機会を失ってしまうだろう(SPM.D.5.3)」

すなわち、気候変動が進めば進むほど、気候変動の悪影響を回避可能な適応策の選択の幅は狭まり、いわばお手上げ状態になる、というのである。以下SPMに沿って最新の評価報告書のメッセージを紹介する。

観測された影響

「人為起源の気候変動は、極端現象の頻度と強度の増加を伴い、自然と人間に対して、広範囲にわたる悪影響と、それに関連した損失と損害を、自然の気候変動の範囲を超えて引き起こしている(SPM.B.1)」

第5次評価報告書では「ここ数十年で、すべての大陸と海洋において、気候の変化が自然及び人間システムに対して影響を引き起こしている」であったのに比べると、より科学的証拠に基づいた文言になっているのがわかる。これは、GHGの排出などに起因する人為的な気候変動があった場合となかった場合の気候とその生態系や人間社会への影響を比較する研究、探知と特定(detection and attribution)が進んだおかげである。

そのため、2014年に公開された前回の第5次評価報告書以降、極端現象の頻度や深刻度の増大として人為的な気候変動の観測された影響が特定されてきている(SPM.B.1.1)。海面上昇と豪雨の増大により熱帯低気圧による負の影響は増大し、海洋酸性化や海面上昇、あるいは地域的な降水量の減少といった緩慢な現象による影響についても人為的な気候変動のせいだと特定されている。

気候変動影響は以前の評価報告書で推定されていたよりも規模も重大さも大きい(SPM.B.1.2)。淡水および沿岸・外洋の海洋生態系の構造と機能、回復力、自然適応力の広範囲にわたる劣化と、季節的なタイミングの変化は、気候変動により発生していて社会経済的な悪影響をもたらしている。また、分析された動植物4,000種の半分が極方向あるいは標高の高い場所に移動し、海水温上昇に伴って10年に59㎞の速度で極方向に海洋植物と動物が移動している。極端な暑さの増加により何百もの種が局地的に失われている。海面上昇によって、ブランブルケイメロミスというオーストラリア、グレートバリアリーフの北端に当たる島、ブランブル・ケイの固有種が絶滅した。これは気候変動によって引き起こされた最初の種の絶滅とされ、不可逆的である。

また、人為起源の気候変動によって熱波や山火事、洪水や干ばつといったさまざまな極端現象の頻度が増大し、不都合な影響と損失や被害をもたらしていて、農林水産業やエネルギー産業、観光業、屋外労働生産性などを通じて負の経済的な影響の増加が見いだされている。例えば、1984年から2015年のアメリカ西部における山火事の増加の半分が人間活動による気候変動のせいであり、2017年カナダのブリティッシュコロンビアでの極端な山火事は、人為起源の気候変動によって7~11倍の面積になった。いくつかの地域では精神病にも気温上昇が影響している。

予測されるリスク

これまでの地球温暖化によって生物多様性の損失、生態系の損傷や変質はすでに深刻なリスクとなっており、陸上生態系については1.5℃で3~14%、2℃上昇で3~18%、4℃上昇で3~39%が高い絶滅の危機に瀕する。生物多様性ホットスポットの固有種の非常に高い絶滅リスクは、1.5℃上昇から2℃上昇になるだけで少なくとも2倍に、1.5℃から3℃上昇になると少なくとも10倍に増大する(SPM.B.4.1)。

2℃上昇で20%にも及ぶ融雪流出に依存する河川流域でかんがい用水の利用可能性が減少する。4℃上昇で18±13%の氷河質量が失われて農業用水、水力発電、都市用水の利用可能性が減少する。1.5℃上昇に比べて、2℃で1.4~2倍、3℃で2.5~3.9倍直接の洪水被害は増大する。4℃上昇で全陸地の10%が極端に高い河川流量と低い河川流量の増減に直面し、水管理が困難となる(SPM.B.4.2)。

2100年までに、百年に一度の高潮の影響を受ける資産の価値はRCP4.5で12.7兆ドル、RCP8.5で8.8~14.2兆ドル(2011年価値)にも上る(SPM.B.4.5)。

適応の限界

温暖化が進めば進むほど気候変動の悪影響は大きくなる一方で、適応策が効果を発揮しにくくなり、適応の限界にも直面する(SPM.C.3)。1.5℃上昇で土地や水の管理など自然を上手に利用した解決策は機能しなくなる(SPM.C.3.3)。2℃上昇で、特に熱帯域で主要穀物栽培の多くが困難になる(SPM.C.3.4)。

昨年8月に公表された第1作業部会の評価報告書で示された通り、クリーンエネルギーの利用、健康的な食生活、適切な都市計画や輸送システムの導入など、即時の迅速で大規模なGHG排出削減により、1.5℃未満に温暖化を抑えることは可能であり、大量絶滅や破局は回避可能で、まだ間に合う。ただし、すでに排出してしまったGHGのせいで、ある程度の温暖化は今後避けられない。

また、世界のどの地域のどんなセクターにも効果的である万能な適応策は存在せず、各地域の歴史的な経緯や事情と自然災害や農業、健康といった影響分野次第で効果的な適応策は異なり、個々の実情に合わせた仕立てが必要である。一方で、現在効果的な適応策が20年後には機能しない可能性もある。

気候にレジリエントな開発(CRD)

温暖化がこれ以上進行する前に早めに行動した方が適応策の選択肢は多く効果も期待できるため、今後10年の社会の選択と行動によって、中長期的に気候変動に対して強靭な開発(CRD)がどの程度実現されるかが決まる(SPM.D.5)。

CRDは今回の評価報告書で新たに全面的に打ち出された概念であり、SPM.D.1でも喫緊の課題とされている。気候変動リスクの低減(適応)、GHG排出削減(緩和)、人びとの幸福度の向上という3つの戦略を束ねるのがCRDであり、例えば、貧困や飢餓の削減、健康と生計の向上、クリーンなエネルギーと水へのアクセスの提供などがCRDに相当し、政策決定者だけではなく市民や民間も意識改革をして、共同してリスク軽減や平等と平和を意思決定と投資の優先事項とすればCRDは可能だとされる(SPM.D.2)。ただし、温暖化が1.5℃を超えるとCRDの選択肢は限られ困難になり、2℃を超えるといくつかの地域では不可能となる(SPM.D.5.1)。

求められる変革

気候変動の進行に合わせた漸進的な(incremental)適応ではなく、変革的な(transformational)適応への移行がソフト的適応の限界の克服に資する(SPM.C.3.4)というメッセージが、本報告書の焦点である。エネルギー、陸域・海洋・沿岸・淡水生態系、都市・農村とインフラ、産業と社会といった各システムに求められる変革やシステム移行については本報告書本体の各項目を参照されたい。

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