日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第62回 資源と人材を大切にするいりこ&ちりめん作りー広島県・江田島

2022年05月17日グローバルネット2022年5月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

 

広島県と愛媛県の間の安芸灘などには多くの島々が浮かんでいる。速い潮流や大きい潮の干満差が、沿岸漁業やカキ養殖に適した豊かな漁場をつくる。今回はそんな場所の一つである江田島市能美町の白地水産(株)を取材することにした。主にカタクチイワシを漁獲し、いりこ(煮干し)やちりめん(ちりめんじゃこ)などに加工する業者で、その品質は東京の豊洲市場などで高い評価を得ている。

戦艦大和を建造した軍港として栄えた呉から車で向かうことにした。アニメ映画『この世界の片隅に』に出てくる山からの眺望シーンで、呉市街の先に見える島が目的地である。途中、平清盛が夕日を招き戻して一日で切り開いたという「音戸の瀬戸」を音戸大橋で越えると倉橋島だ。音戸や江田島などの周辺は、こうした歴史とともに多彩な海の幸も有名だ。「安芸いりこ」「音戸ちりめん」を聞いたことがある人も多いはずだ。

●イワシ船引網漁の船団

倉橋島を西に進むと早瀬大橋を渡って江田島市に入る。江田島と能美島の2島が陸続きになっているので紛らわしい……。温暖な気候を利用してスイートピーやオリーブの栽培が盛んで、波静かな海沿いを軽快にドライブする。

到着した白地水産は社屋に工場が隣接し、従業員約80人が働いている。カタクチイワシだけでなく、カキやナマコの加工品も作っている。漁獲のメインは2隻で網を引くイワシ船引網(パッチ網)漁。船着き場で待っていると運搬船が戻ってきた。早速氷水の入った船倉に太いパイプを差し込み、イワシを吸い上げて工場に送る。新鮮さを保つための時間との勝負だ。

船倉からカタクチイワシを吸い上げる

工場内を案内してもらうと、白い湯気が立つ中で、イワシがゆで上がる。取材者の役得で一匹を試食させてもらうと、磯のうまみが口の中に広がった。乾燥工程を経て、出来上がったいりこが小川のようにスロープを流れ、最後に段ボールに詰められた。多い時には1日30tを扱うという。

いりこは大きい方からいりこ(大羽、中羽、小羽)、かえり、ちかと呼ぶ。アーモンドの入ったつまみに混じっている2~3㎝ほどのものはかえりだ。イワシなどの稚魚であるシラスは「生」から「釜揚げしらす」、それを少し乾燥させた「しらす干し」、さらに乾燥させた上乾ちりめんなど乾燥度によって多彩な商品になる。

取材した1月上旬はカタクチイワシを捕っており、6月10日からはシラスも含めた漁になる。網船2隻、運搬船2隻、指揮船1隻のセットで4船団を所有しており、瀬戸内海で最大級の陣容を誇る。

カタクチイワシは成魚になるまで2年かかるので、春から秋にかけてのシラス漁の時期には価格の高いシラスの加工が優先されるが、成魚のカタクチイワシも漁獲できる。白地水産では、漁況に応じて魚種を決め、別々のラインを使って、いりこから生シラスまで柔軟な加工ができるのが強みだ。最新設備を導入した工場には検査室もあり、生シラス加工でポイントとなる衛生管理を徹底している。

近年人気が高まっている生シラスは回転ずしチェーンに供給している。

脂肪分が多くていりこには向かない「脂イワシ」も冷凍の釣り餌用に加工するなど、資源を無駄なく活用する。需要が増えている無塩いりこも商品開発した。

代表取締役社長の白地桂三さんの説明によると、広島湾や東の安芸灘で捕れるカタクチイワシの特徴は、白くて骨が柔らかいこと。「プランクトンが多く、海が浅いなどカタクチイワシの生息に適した環境だからでしょうか」と推測している。

白地水産は扱っていないが、広島の味として刺し身や天ぷらで味わう「小いわし」もカタクチイワシである。

出来上がったいりこを梱包する作業

●働きやすい条件整える

広島県では、カタクチイワシはシラスも合わせて年間約1万tが漁獲されている。増減を繰り返しながらも、近年は漁獲が安定している。白地さんは「カタクチイワシなどの小型の浮魚は、捕食者の餌になり海洋生物の食物連鎖を支える重要な資源です。年3~4回産卵し、5月に産卵するものは7月の集中豪雨などで海水塩分濃度が低くなると、大量死してしまいます。ただ、その場合でも減少を補うようにイワシの数が増えてきて、漁獲は減らないのです」と自然の不思議な復元力を証言する。稚魚放流などしなくても、海の自然が生む恵みに畏敬の念すら覚える。

インタビューした事務所は女性社員が多く、会社の漁船の現在位置が大型モニターに映し出されているなど、しゃれた雰囲気がある。

さらに聞くと、従業員の労働条件向上への配慮を感じた。漁業の現場では労働時間がはっきり決められていないことが多く、以前は1日15~16時間働くことも普通にあったが、現在は完全週休制を実現している。例えば9月は午前5時半から午後5時まで、12月は午前6時半から午後5時までなどという具合だ。「これで人材が集まるようになり、同時に製品の品質も向上してきたのです」と白地さん。毎年江田島市へ寄付をし、「胸を張って人生を歩むように」と成人式を迎える社員には高級スーツをプレゼントしている。漁業者としてのプライドと「格好良さ」へのこだわりを感じさせる言葉が続いた。

●目前に護衛艦や潜水艦

白地水産での取材を終えて、日没までに周辺を訪ねてみようと思った。同じ市内にある第1術科学校(旧海軍兵学校跡地)は何度も訪ねているし、スイートピー栽培などの取材もしたことがあるので、今回は呉に戻る途中の倉橋島を巡ることにした。戦時中は軍関連の施設が多く設けられた「秘密の島」でもあった。

戦艦大和が世界最大の46cm主砲の試射をした亀ケ首かめがくび発射場跡(船でしか行けない)の場所や特殊潜航艇基地の跡などを確認した。砂浜と松林が美しい桂浜、復元された遣唐使船を展示する「長門の造船歴史館」、「耕して天に至る」と言われる鹿島の段々畑など、世の中の動きや人びとの暮らしの記憶が時間の年輪に刻まれているようだった。呉に戻り、海上自衛隊の潜水艦や護衛艦などを間近に見られる公園に到着、夕日に染まりながらこの日の探訪を終えた。

地元の人びとには日常かもしれないが、来訪者の目で見れば、興味をそそられる歴史や自然が多い地域である。そして、白地さんのような進取の気性にあふれる漁業者が活躍する現代につながっている。「移住希望地ランキング」で上位常連の広島県の実力だろう。

古くは『イルカにのった少年』(1973年)を歌った城みちるが音戸出身、新しくはアカデミー賞受賞の映画『ドライブ・マイ・カー』は安芸灘の島などで撮影されたことも、ついでに記しておこう。「ええとこですよ、いっぺん、きてみんさいや!」と言いたくなるのである。

清盛塚と後方の音戸大橋

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