21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第53回 カーボンニュートラル社会を目指す産業政策とは

2022年05月17日グローバルネット2022年5月号

千葉大学教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

 

カーボンニュートラルと経済発展

2050年カーボンニュートラルを達成するためには、新しい産業を育成することが欠かせません。新しい産業といっても、「高効率の石炭火力発電」に象徴されるような化石燃料に依存する産業ではありません。また「新型の原子力発電」でもありません。原子力発電は、核分裂反応を用いる以上、重大なリスクを伴います。そもそもウランという枯渇性資源に依存しており、原子力発電が化石燃料の代わりに世界のエネルギー需要を支えることは困難です。日本が育成すべきは、今後の世界のエネルギー需要を支える再生可能エネルギーに立脚し、世界に顧客を見出し得る新産業なのです。

今回は、そのような産業を育成するものとして、私が思い描く三つの構想を示したいと思います。

「電池自動車」構想

まず、2030年頃に実現したいのが「電池自動車」構想です。電気自動車ではありません。大型の蓄電池を規格化し、蓄電池を外から交換できる自動車を「電池自動車」と呼びましょう。ガソリンスタンドならぬ「エネルギースタンド」で、充電済みの蓄電池に交換してもらう仕組みです。「電池自動車」が実現すると、さまざまなメリットがあります。

第一に、車体価格が大幅に低下します。今の電気自動車は、車体に埋め込まれた蓄電池も一緒に買わされています。「電池自動車」の価格には、蓄電池価格は含まれません。

第二に、「エネルギースタンド」にためられた蓄電池を、変動する再生可能エネルギーの調整力として活用できます。蓄電池が車体に埋め込まれている状態だと、電気自動車のオーナーが個別に協力しないと、その蓄電池を調整力として活用できません。一方、「エネルギースタンド」に蓄電池がたまっていれば、「エネルギースタンド」に指令をかけて、太陽光・風力が過剰に発電した電力を蓄電池にためることができます。

第三に、現状のガソリンスタンド網を維持できます。ガソリンからの脱却を進めれば、全国に広がっているガソリンスタンド網が消えていきます。ガソリンスタンドを「エネルギースタンド」に転換できれば、地域的な雇用も確保できます。

第四に、災害時の非常用電源にもできます。「エネルギースタンド」が災害時の避難場所にも活用できるでしょう。さらに、大型の蓄電池が規格化され、大量生産されれば、各家庭の壁に蓄電池を設置するといった使われ方も広がるでしょう。

この構想によって、自動車産業とともに、蓄電池産業が発展します。大型蓄電池規格に関する日本の提案が国際規格になれば、日本の産業界は世界を一歩先んじることになります。

さまざまなメリットがある「電池自動車」構想ですが、その実現のための鍵となるのが全固体電池の開発です。リチウムイオン電池は、発火性がある上、重量があるため、簡単に取り換えられるものではありません。安全で小型化の可能性がある全固体電池の開発に合わせて、2030年ごろに実現したい構想となります。

「高速道路公共交通化」構想

現在、自動運転車の開発が進められています。私は、一番、自動運転車を導入しやすいのは、高速道路ではないかと考えています。スピードは速いですが、歩行者などの侵入がなく、積雪時などにおいても路肩の構造が明確です。高速道路を公共交通化するというのは、どういうことでしょうか。

まず、高速道路に入れる車は自動運転車のみとし、高速道路内においては定められた速度での自動運転を義務付けることとします。そうすると、インターチェンジから乗り入れた時間によって、目的とするインターチェンジへの到着時間が決まることとなります。

自動運転車以外の高速道路への侵入を禁止すると同時に、自動運転車の貸し出しも進めることにします。MaaS(マース:Mobility as a Service)という考え方が出てきていますが、自動運転車を各自が私有するのではなく、移動の対価を支払えば誰でも使えるような自動運転車の供給を政策的に進めます。さらに、このように公的に供給する自動運転車は、電気自動車または「電池自動車」とすべきでしょう。

このように展開していけば、街に電動自動運転車という公共交通機関が供給され、都市間の移動には、インターチェンジ間の時刻表が整備された高速道路などの高規格道路が用いられるという新しい公共交通体系が成立します。

将来的には、高速道路の路面や路肩で太陽光発電を行い、通行する電気自動車に非接触型の充電を行うということもできるかもしれません。

「洋上風力水素生産基地」構想

カーボンニュートラルは再生可能エネルギー電気だけで実現できるものではありません。電気で飛行機は飛ばないわけです。飛行機については、オイルを生産する藻で作られたバイオマス油を使うという案もありますが、これまで化石燃料で動いてきた高温高圧の産業プロセスを動かすためには、もっと大規模に代替エネルギーを用意する必要があります。このため、再生可能エネルギーで水素を大量に生産する設備を設けることが必要となります。

水素生産に太陽光発電を使うという方法もありますが、私は、浮体式の洋上風力を用いた水素生産に注目しています。それには、いくつかの理由があります。

第一に、日本近海の洋上風力発電のポテンシャルが大きいことです。洋上は安定的に同じ方向から強い風が吹くので、3枚羽根の風力発電に適します。以前、環境省が試算したときには、洋上風力発電のみで日本のエネルギー消費量を賄える規模のポテンシャルがあるとされていました。

第二に、人間の居住環境とのあつれきが少ないことです。遠く離れた洋上風力発電は、設備を大型化しても、人間の生活環境を損なうおそれが少ないと考えられます。渡り鳥への影響は考慮する必要がありますが、設備が魚礁にもなるため漁業生産との両立も想定できます。

第三に、日本の造船技術が活用でき、関連産業の裾野も広いことです。遠浅の大陸棚が発達していない日本では、海底から立ち上がる着床式洋上風力の適地は限られていますが、浮体式洋上風力生産に活用できる産業を抱えています。

第四に、遠く離れた洋上では水素生産が適していることです。洋上風力発電施設はケーブルで陸と結ぶ必要がありますが、風力で得られた電力で水素を作れば、たまった水素を運搬船で運べばよいことになります。

このような洋上風力水素生産基地の建設は、2050年に日本が必要とする水素を確保するための国家プロジェクトとして推進すべきです。

世界の平和に貢献する産業政策に転換すべき

化石燃料からのエネルギー転換は、世界で同時に進展させなければなりません。つまり、この分野において確実に新しい世界市場が開かれているのです。

カーボンニュートラルを達成するために必要な産業としては、ゼロエネルギー住宅やビルを建築するための産業など、今回提案するもの以外にも多岐にわたる産業が想定できますが、今回掲げた3つの構想は、いずれも世界展開できる構想ではないかと考えます。これらに関連するノウハウを日本企業が獲得すれば、日本が同様のプロジェクトの構築を世界各国から請け負うことができます。

とくに、浮体式洋上風力による水素生産は、化石燃料の地理的な偏在を払拭する技術となり得るものです。これまで、石油・天然ガス・石炭といった化石燃料が地政学上特定の場所に偏在していることが、さまざまな国家間の紛争を引き起こしてきました。洋上風力による水素がどこでも得られるようになれば、世界の平和につながることになります。石炭火力や原子力発電を世界に広める産業政策ではなく、世界平和に貢献する産業を世界に売り出す産業政策に転換しなければなりません。

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