新連載 どうなる? これからの世界の食料と農業ウクライナ危機以降の世界の食料の課題~グローバルな食料システムの構造的弱点

2022年08月15日グローバルネット2022年8月号

農家ジャーナリスト、NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)

世界で新型コロナ禍とロシアによるウクライナ侵攻を契機に食料価格が高騰し供給が不安定化しています。食料輸入国の一部では、食料不足が現実化しており、国連は飢餓人口がさらに増加し食料危機が起こっていると警告しています。これから世界の食料と農業の方向性はどう変わっていくのか。本連載では、持続可能な未来の視点から、その先行きを考えます。

 

ロシアとウクライナの小麦とトウモロコシの輸出量は、それぞれ世界全体の約3割と約2割を占める。ロシアの穀物や肥料の輸出も経済制裁により不安定化し、世界の食料安全保障を大きく揺さぶっている。

ウクライナやロシアに食料輸入を依存してきた中東やアフリカ諸国の一部では、すでに食料不足が深刻化している。国連食糧農業機関(以下、FAO)は、3月に両国に穀物を依存している国々を公表した。その報告では、世界の47ヵ国が輸入小麦需要の30%以上を両国に依存しており、そのうち26ヵ国は半分以上を依存していることが明らかになった(2021年)。こうした国々は、価格高騰や供給不足に対して脆弱であり、飢餓や栄養失調が深刻化する恐れが出てきているのだ

FAOによれば、最悪のシナリオでは、短期間(2022/23年)に世界の栄養不良人口は1,310万人増加し、そのうち640万人はアジア太平洋地域、510万人はサブサハラ・アフリカ地域になるという。

アフリカの小麦総輸入量の40%近くがロシアとウクライナからであり、依存率が高い国は、エリトリアが100%、ソマリアが90%以上、コンゴ民主共和国80%以上とほとんどを依存する。小麦価格の上昇ですでにスーダンではパンの価格が約2倍に、レバノンでは70%も上昇している。世界有数の小麦輸入国であるエジプトは、小麦の市場価格を抑えるため補助していたが、財政負担が増加しIMF(国際通貨基金)に支援を要請している。

●食料輸入と新自由主義的政策

食料輸入国側が依存するようになった要因には、1980年代に国際機関が債務返済のために推奨した構造調整プログラムの影響がある。同プログラム下では、換金作物の輸出と安価な穀物の輸入が促進され、アフリカ諸国等の多くの国々の食料生産の基盤が弱体化していった。さらにWTO(世界貿易機関)等が推し進めた新自由主義的なグローバル化により、農産物の関税が撤廃され各国の食料自給率が低下し、1990年代以降に食料を輸入に依存する国が急増した。

一方、ウクライナやロシアは冷戦が終結した1990年代以降、グローバル化の中で小麦等の穀物輸出を増やしてきた。両国の穀物輸出増加の背景には、肥沃な国土地帯が分布していたこと、欧米から国際的アグリビジネスが参入し、最新の農業技術や農業機械が導入され、農業生産量が安定的に増加したこと等があった。さらに2010年代になると新興の穀物輸出国として認知されるようになり、その穀物価格は、既存の輸出国に比べて安かったこともあり、依存する国々が増えた。

報道では、ウクライナ産穀物の輸出再開に注目が集まっている(2022年7月末時点)。ウクライナでは、ロシアによる侵攻が始まって以降、穀物輸出の主要ルートであった黒海が封鎖され、約2,200万トンの穀物が国内に滞留しているからだ。ウクライナ政府は、輸出できない穀物の量が秋までに3,000万~6,000万トンに拡大する可能性があり、輸出の安全確保を訴える。世界の穀物貿易量は約4.7億トン(2021/2022年・FAO)であることを考えると、秋にはその貿易量が約6~12%減少し、食料危機が世界でさらに本格化することも予想される。

一方で今回のロシアによるウクライナ侵攻に絡む食料問題においては、「世界の穀倉地帯」ともされるウクライナやロシアの穀物へ依存する食料システム自体を見直すという議論が巻き起こっている。

1990年代に3,000億ドル台だった世界の農産物貿易は、2010年代には1兆ドルを超えるようになった。しかし新型コロナ禍は、グローバルな物流に大きな影響を与え、皮肉にも飢餓人口の拡大を引き起こした。ウクライナ危機は、その脆弱性をさらに深刻化させ世界で食料危機を生み出してしまった。

●世界の食料システムの構造的課題

ではなぜ食料危機は繰り返されたのだろうか? グローバルな食料問題に取り組む国際NGO・GRAINは、問題は食料不足ではなく、「食料価格」の危機であり、世界的な価格上昇が社会的弱者を苦しめている、と主張する。確かにGRAINの主張のごとく世界の穀物在庫量は劇的に変化しておらず、食料価格が高騰し食料を入手できない人びとが増えている()。

さらに持続可能な食料システムに関する国際専門家パネルであるIPES-Foodは、食料システムを価格ショックに対して脆弱にさせる4つの構造的弱点を指摘している。この論点は現在の世界の食料システムの課題そのものでもあるため、ここで紹介する。

一つ目と二つ目の弱点は、上述してきた食料の輸入依存性と食料生産の一部の国への集中だ。多くの国が主食作物を輸入に依存し、その輸入の多くを一握りの輸出国、流通のほとんどを穀物多国籍企業数社に依存するという偏った依存関係にあるため、非常に脆弱な状態にある。世界の小麦輸出の90%はわずか7ヵ国と欧州連合(EU)で、トウモロコシ輸出の87%はわずか4ヵ国で占められているのだ。また1995年には、小麦、米、トウモロコシ(人類が消費する7,000種類の植物のうちのわずか3種類)が、世界の植物由来の食物エネルギー摂取量の50%以上を占めるようになり食生活面においても著しくこれらの主食作物に依存するようになった。

三つ目の弱点は、穀物市場のシステムが不透明で機能不全に陥りやすく、投機が起こりやすいことだ。短期的なリターンに注目する投機家が商品投資に飛びつき、食料価格の上昇を引き起こしていることがこれまでも問題化してきた。また世界の穀物取引の大部分を支配する穀物メジャーは、大量の穀物備蓄を保有するが、それを公的に報告しないため、世界の食料備蓄を明確に把握できず、食料価格高騰の要因となっていると批判されている。

上述の問題に加えて、四つ目の弱点として紛争、気候変動、貧困の悪循環が重なり、食料危機が深刻化している。現在の食料システムは、規模の経済や利潤を生む効率性はあっても、その一部に混乱が生じた場合、連鎖的な影響を及ぼし、特に弱い立場の人びとにとっては、安定的ではないのだ。

こうした世界の食料システムの欠陥は、2007-2008年の世界食料(価格)危機、その後の2010-2012年の価格高騰、そして2020-2021年の新型コロナ禍による混乱において、すでに目に見える形で現れていた。食料システムを改革し、こうした欠陥に対処することができなかったために、何百万人もの人びとが食料ショックに対して決定的に脆弱な状態に置かれており、こうしたショックは今後さらに高まり、激化する可能性がある。しかし一部の食料輸出国や多国籍メジャーや企業関係者のロビー活動の圧力に屈し、各国は適切に対処してこなかった。では食料システムを安定化させるには、どのような方策が必要なのか。次回はウクライナ危機以降、世界に広がるグローバルな食料システムに対するオルタナティブな取り組みについて紹介する。

タグ: