ホットレポート森林減少ゼロとアニマル・ウェルフェア~サプライチェーンのESGリスク

2022年11月15日グローバルネット2022年11月号

地球・人間環境フォーラム
鈴嶋 克太(すずしま かつひろ)

 地球・人間環境フォーラムでは今年度から、食品やファッション関連産業でサプライチェーン上のESGリスクに取り組んでいる企業の担当者を対象に、畜牛、皮革、大豆などの森林関連コモディティやアニマル・ウェルフェアに関する海外の政策や企業の動向について、情報提供を開始しています。11月22日(火)と12月2日(金)にはセミナーを開催します。詳細は当フォーラムウェブサイトをご覧ください。

 

2019年12月、欧州委員会は、産業競争力を強化しながら2050年の「気候中立」を目指す気候変動政策「欧州グリーンディール」を発表しました。その中核として位置付けられているのが、食料システムをより公正に、健康に、そして環境にやさしいものへ変革することを目指す「農場から食卓まで(Farm to Fork)戦略」(以下、F2F戦略)です。

F2F戦略の中で、比較的新しいESGリスクとして特に注目すべきは「森林減少」と「アニマル・ウェルフェア」に関する政策です。前者では、2021年に、EU(欧州連合)が森林減少に由来するコモディティの禁止法を発表し、導入が決まっています。後者に関して同戦略では、より良い畜産動物のアニマル・ウェルフェアが動物の健康と食品の質を向上させ、生物多様性の保全にも資するとされ、2023年末までの関連法制度の見直しに向けた議論が進んでいます。一方、日本では、気候変動や水分野などの他のESG課題への対応で高い評価を受けている企業でも、この二つ、特に後者の課題に対する取り組みは遅れており、海外のNGOや機関投資家によるESG評価では軒並み低評価となっています。

森林減少・劣化と農産物

現在の森林減少・劣化の最大の要因は、森林の農地への転換です。減少している森林の90%は熱帯林ですが、森林減少の要因の約80%は、農作物コモディティ生産のための農地への転換であるという推定があります。そのような現状を背景に、英国では2020年に、EUでは昨年11月の気候変動枠組条約締約国会議の直後、森林減少・劣化に由来するコモディティの禁止法を発表しました。どちらの法律も、企業の自主的な取り組みでは、世界的な森林減少・劣化に十分に対処できないという考えに基づいています。この動きは2010年に成立したEUの違法木材の禁止法(EU木材規制)に続くもので、今や農作物のサプライチェーン管理の改善が必須であることを示しています。

EUの禁止法では、熱帯地域で生産される畜牛・皮革、大豆、パーム油に加えて、コーヒーとカカオなどの森林破壊につながるコモディティを取り扱う企業に、リスクを特定・評価し、緩和するプロセス「デューデリジェンス」を義務付けています。これらのコモディティのうち、企業による対応が最も遅れ、さらに森林減少・劣化のレベルが心配されているのが、南米のアマゾン地域で生産される畜牛・皮革と大豆です。アマゾンで生産される大豆の大部分は(90%以上という推定もあります)家畜の飼料となっています。

食肉・皮革の生産は、気候変動とも密接につながっています。飼料作物を育てるための森林伐採やその土壌からの非直接的な排出などを含めると、畜産由来の温室効果ガス(GHG)は人間活動により排出されるGHGの14.5%を占めるといわれています。

F2F戦略とアニマル・ウェルフェア

アニマル・ウェルフェアは、国際獣疫事務局(OIE)の定義によると、「動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態」のことです(農林水産省HP)。一般的に「動物福祉」ともいわれます。

2022年9月現在、EUでは畜産動物のアニマル・ウェルフェアに関して、子牛、豚、ブロイラー、採卵鶏の4種類の動物について、飼育方法、飼育密度、家畜に苦痛を与える処置の制限などの規制が適用されています。これらの規制はすべて、日本の基準を大きく上回るものであり、もともと家畜のアニマル・ウェルフェアに関する意識が高いことがわかります。

例えば採卵鶏に関する規制では、3つの飼育方法(従来型バタリーケージ、改良型エンリッチドケージ、ケージ飼育以外の代替システム)を定義し、従来型の金網で囲まれたバタリーケージの使用は2012年に禁止されています。さらに、生産された食用卵は、採卵鶏の飼育方法(有機飼育、放し飼い、平飼い、ケージ飼い)に応じてラベル付けして販売されていました。

現在、F2F戦略の下、2023年末までに予定されている関連法制の見直しの一環で、採卵鶏についてのみ存在しているEUのラベル制度を、全種類の家畜に導入するための議論が進んでいます。

その動きを後押ししているのが、消費者の意識です。2022年2月に発表されたEUの調査(Study on Animal Welfare LabellingーFinal Report)によると、「EUの消費者が、屠畜の状況(40%; n=9,306)、十分な給餌(40%)、屋外環境へのアクセス(35%)、畜舎の環境(28%)について、より多くの情報を得たいと思っていること」、「ラベルが導入される場合、84%の消費者が全ての動物性製品に適用されるラベルを望んでいること」、「同一国内で複数のラベルが存在する場合、それらのラベルを消費者が誤って解釈したり、理解が混乱したりしていること」、「消費者は国や食品関連企業によるラベルよりもNGOやEUの機関が監督するラベル制度の方を信頼すること」が示唆されました。

また同調査では、「企業が複数の国で事業を行う場合、制度ごとに異なる基準に対応するコストが発生する」、「自国で一定のラベル制度に従って活動している企業が、ラベル制度が存在しない国において、自社の製品を『動物福祉に配慮した商品』として売ることができない」、「自国のラベル制度に従っている企業が、ラベル制度が存在しない国から輸入される安価な製品との競争に直面する」といった、異なるラベル制度が複数の国で存在していることによる事業者側の不利益についても解説しています。

第三国のコミットメントを求めるF2F戦略

F2F戦略は、EU以外の国との貿易協定を通して、第三国に持続可能な食料システムへのコミットメントを求める内容になっており、持続可能な食料システムへの世界的な移行をEUが主導することをうたっています。実際、今年の2月にEU農業および農村開発委員(AGRI)が発表し、同議会で採択された「EUの畜産動物福祉関連法制の実施報告書(Implementation report on on-farm animal welfare)」は、欧州委員会に対して以下のような提言をしています。

  • 消費者が明確で透明性のある情報を得られるように、生産方法を含む製造工程全体にわたる動物福祉について、透明性があり信頼できる動物性製品のラベル制度を構築すること
  • 全種類の家畜を対象にした、自主的ラベル制度のための義務的なEU枠組みをつくることを視野に、EUレベルの包括的なラベル制度の構築に取り組むこと
  • 競争条件を等しくし、EUの生産者の経済的利益が損なわれないように、また、諸外国がEUの動物福祉基準を満たすように、貿易政策をEUの動物保護・福祉基準に整合させること、また、第三国との貿易協定を見直し相互主義条項を新たな多国間・二国間合意に導入すること
  • EUの動物福祉基準に適合しない家畜や肉のEUへの輸入を禁止することにより、EUの畜産業を保護する政策を導入すること

欧州で事業展開をしている日本企業は、EUが目指すこれらのアニマル・ウェルフェア政策に合わせて対応することになります。2019年に発効した日EU経済連携協定では既に、アニマル・ウェルフェアの向上に向けた両国間の協力の必要性、および協力に向けた作業計画の作成や作業部会の設置が明記されていましたが、実質的な政府間の議論は進んでいませんでした。

今後、日本の企業は、農作物の森林減少リスク、そして畜産動物のアニマル・ウェルフェアに関するリスクへの対応もより一層求められることになりそうです。(12月号に続く)

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