脱炭素社会に向けた公共交通政策とは~利用促進と持続可能なまちづくりの両立を目指して~持続可能な都市交通政策のための計画と財政の統合~フランスを例に

2022年11月15日グローバルネット2022年11月号

国土交通省 国土交通政策研究所 主任研究官
南 聡一郎 (みなみ そういちろう)

 脱炭素社会の実現に欠かせない手段の一つとして挙げられるのが、鉄道やバス、路面電車などの公共交通です。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書も、「公共交通の促進」「住民の行動変容(より低炭素な移動手段を選ぶこと)」「ウォーカブルなまちづくり」の重要性を指摘しています。
 一方日本では、長年の人口減少、少子高齢化に加え、自然災害で被災した鉄道の運休・廃止や新型コロナウイルスの流行による乗客数の減少など、鉄道・バス事業者の経営環境は近年厳しさを増しています。JR各社は今年度に入り、経営が厳しい地方路線の輸送密度や収支状況を公表。持続可能な地域公共交通を模索する必要性が顕在化しています。
 本特集では、国内の特に地方都市で、すべての人のモビリティを確保し、脱炭素や地域活性化に貢献するような公共交通とはどのようなものか、そしてそのような公共交通をどのような制度で支えていくべきか、欧州や国内の先進事例を参考に考えます。

LRT・BRTを中心とした公共交通の抜本的改良・拡充

持続可能な都市を実現させるためには、二酸化炭素(CO2)の主要な排出源であり、大気汚染や騒音・振動といった道路公害の原因となる自動車への過度の依存を改め、他の移動手段に転換させる必要がある。公共交通は重要な受け皿となるが、市民がマイカーの利便性を享受し住宅や商業施設がマイカー利用前提の立地となっている以上、従前のサービスレベルの路線バス利用を促してもうまくいかない。公共交通の抜本的改良・拡充を行い、マイカーに負けない高品質のサービスを提供するとともに、都市を徒歩と公共交通中心の構造につくり変えて初めて、市民はマイカーから公共交通に移行する。

欧米を中心に世界的に注目されているのが、LRT(Light Rail Transit、新型路面電車)である。LRTの建設費は地下鉄の10分の1と安価であり、地方中核市クラスの都市でもLRT導入による抜本的な都市再構築が可能である。

LRT導入に特に熱心なのがフランスであり、約30都市でLRTの新設が行われた。LRTの導入と同時に、LRT沿道などの都心の道路を歩行者専用空間として、徒歩と公共交通中心の都市につくり変えている(写真)。さらに、専用レーンを持ち定時性と快適性に優れた高度なバスシステムであるBRT(Bus Rapid Transit、バス高速輸送システム)の導入も進み、LRTでは輸送力が過剰となる小規模な都市において、徒歩と公共交通中心のまちづくりの切り札となっている。

LRT導入と同時に都心を歩行者専用空間に変えたグルノーブル市

公共交通は全て赤字経営

LRTやBRT導入による公共交通の抜本的改良・拡充を進めた結果、フランスの地方都市では公共交通の利用者増加に成功した。しかしながら、フランスの都市交通は全て赤字経営である。地方都市圏全体の公共交通運営費に対する運賃カバー率は20%を下回っている。

乗客数が多いにもかかわらず赤字経営となっているのは、フランスの交通法典にて、交通政策の最重要目的を交通権の保障と環境保護と定義した上で、独立採算制の放棄をうたっているからである。環境政策の側面から見れば、公共交通の赤字は自動車による環境被害を防ぐための必要経費であると捉えられている。運営費に対する国や上位自治体の補助もほぼ無いため、運営費の3分の2は市町村財政による負担となっている。

交通税(モビリティ負担金)

公共交通に対して市町村財政から巨額の負担が可能なのは、都市自治体(AOM、モビリティ政策を担う広域市町村組合)が交通税を徴収可能だからである。フランスの交通税は、モビリティ負担金制度(Versment Mobilite、旧称:交通負担金)といい、都市圏内の従業員数が11名を超える事業所に従業員の給与を課税ベースとして徴税する法定任意税である。交通予算の40%以上を占める基幹財源となっており、使途は公共交通の運営費・資本費補助のほか、モビリティハブの整備にも充てることができ、予算の配分もAOMが自由に決めることができる。税率は人口や占有インフラ(地下鉄・LRTの線路、バス専用レーン)の有無で分かれており、AOMは上限の範囲内で任意の税率を設定できる。人口10万人以上の都市圏では、上限税率は1%、占有インフラ導入の場合は1.75%となっている。

モビリティ負担金は、第一にLRTやバス専用レーンなどのインフラ整備財源、第二に主に大都市や中核市における低運賃政策実施のための財源、第三に小都市や郡部における路線バスの維持のための財源の3つの異なる役割を持っている。例えばLRT先進都市グルノーブル大都市圏交通政策組合(AOM)の2022年の税収は年間1億2,500万ユーロ(約130億円相当)であり、潤沢な財源となっているといえる。

包括的な都市交通計画による公共交通へのシフト

運賃カバー率が20%を下回り、しかも潤沢な交通税収入があるという状況は、非効率な公共交通をただ延命させるだけで、自動車利用は減らず環境は改善しない状況をつくりかねないリスクもあるため、自動車から公共交通や徒歩・自転車へのシフトを促す仕掛けを行う必要がある。

そこで、フランスは人口10万人以上の都市圏には、モビリティ計画(PDM、Plan de Mobilite)の策定が義務付けられている。交通法典第L1214-2条にて、PDMの11の目標が規定されている。すなわち、交通ニーズと環境の持続可能性の均衡、社会的連帯の強化、交通安全、自動車利用の削減、公共交通・徒歩・自転車の強化、道路利用の再配分、駐車場再編・料金施策、物流交通・配送の再配分、通勤・通学交通の改善、パークアンドライドを含む公共交通料金の再編、電気自動車・ハイブリッド自動車の利用環境整備、である。

PDMは、日本の地域公共交通計画と比較して、公共交通だけではなく、道路・駐車場再編や物流、自転車などを含む包括的な計画となっている。なおかつ上位計画である都市計画マスタープラン(SCOT)や環境計画、下位計画である都市地区計画(PLU)とのヒエラルキーが確立しており、地方都市でコンパクト・プラス・ネットワークを実現する計画手法が完備している。フランスのPDMは欧州の他国からも注目され、EUもSUMPプロジェクト(Sustainable Urban Mobility Plan、持続可能な都市モビリティ計画)を進めている。

グルノーブル都市圏(人口約45万人)は、環境の改善と全ての人のモビリティ保障の両立を目指したPDMを作成し、2019年のEUのSUMP賞を受賞した。グルノーブルでは、LRTは年間5,533万人、路線バスを合わせた公共交通利用者総数は8,924万人と、日本の地方都市と比較して圧倒的な公共交通利用者の獲得に成功している。

市が取りまとめた2006年のLRT第3フェーズ約12kmの影響評価レポートにおいて、都市圏の分担率は公共交通が14%から17%へ増加、マイカーが52%から46%と削減に成功し、CO2と大気汚染物質の排出量30%削減に成功したと分析されている。また、経済面の効果として移動時間短縮・自動車交通量削減・環境改善の効果は、LRTの営業経費増加を差し引いても年間1,890万ユーロ(約23億円)の便益を都市圏にもたらしたと結論付けている。

計画と財政を統合する都市交通政策の意義

多くの財政学者からは、フランスの交通税は地方分権と財源移譲の理想像と見なされることが多い。翻って日本の地方圏の地方自治体は、新たな分野への支出増加が困難となる厳しい財政状況の中で公共交通の財源を確保する必要に迫られており、財源が豊かなフランスとは雲泥の差がある。それでも、日本がフランスから学べる重要な取り組みが、地域交通における計画と財政の統合である。

すなわち都市計画や環境計画と連携した包括的な交通計画を立案し、環境保護や人びとのアクセスの保障、グリーンな経済発展という観点から公共交通の社会的便益を定義し、最適なサービスとインフラ投資の水準を決定し、民主的な合意形成手続きを経て公共交通に対する公的負担の水準を決定するというプロセスである。

計画と財政の統合を重視する地域交通政策は、地方自治体の持つ財源力の多寡を問わず、有効な策であるといえる。

注:本稿は著者個人の見解であり、所属する組織の意見を代表するものではありません。

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