21世紀の新環境政策論 人間と地球のための持続可能な経済とは第56回 原子力発電の今後の在り方を考える

2022年11月15日グローバルネット2022年11月号

千葉大学教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

福島第一原子力発電所の事故からの復興状況

今年の8月に福島県双葉町で福島県下の高校生が参加した「ふたば未来ワークショップ」が開かれました。浜通り双葉地方の8町村の復興状況をデータで伝えて、双葉地方の2050年はどうあるべきか、そこに至るために今から何をすべきかを考えるワークショップです。私は、その資料作成などを務めました。

2020年段階で、双葉地方の総面積の約35%がいまだ帰還困難区域に指定されています。双葉地方の国勢調査人口は2010年に72,822人でしたが、2015年に7,333人に減少した後、2020年には16,484人になりました。まだ、震災前の約23%です。このうち男性が10,380人で、若年層・女性の帰還が進んでいません。2020年に、この地方で働く人の数は21,352人で、住んでいる人以上の人が働いていますが、建設業が35.5%を占めていて、教育、医療福祉といった生活関連業種の回復がとくに遅れています。たとえば、双葉地方の農業産出額は、2005年に122億円ありましたが、2020年には12億円と、震災前の10分の1程度の回復状況です。

原子力発電所の事故によって広大な面積の肥沃な土地が傷つけられ、10年以上経過しても、その生活基盤がいまだに回復していない状況を忘れてはいけません。

GXの議論と原子力発電所の復権

2022年に入って、原子力発電を復権させようとする動きが表立って現れてきました。

岸田総理は、2022年の参議院選挙後、程なく、原発9基を冬までに再稼働させることを表明し、グリーントランスフォーメーション(GX)の一環として、最大17基の原子力発電所を再稼働させることや、安全な小型の次世代型の原子力発電の開発・新設について検討を始めることを明らかにしました。

韓国では、保守党のユン政権が誕生し、ムン政権時代に進められた脱原発政策を破棄して、原発産業を育成することを明確にしています。

韓国の新政権も岸田総理も着目しているのが、アメリカのニュースケール社が開発する小型モジュール炉(SMR)です。同社は、従来の原発の10分の1の規模の出力の原子炉を水中に沈めて安全性を高めるSMRの開発に取り組み、2029年に商業運転を目指しており、同社と韓国の原子炉メーカーが業務提携を行うと報道されています(2022年5月11日、日本経済新聞)。また、バイデン政権が同社の技術を東欧に輸出することを後押しすることなども報道されています(2022年5月3日、日本経済新聞)。

このように、アメリカの新興企業が進めている「安全で低コストな小型原発」という話に、原子力発電の復権を願う人びとが飛びついている状況です。

SMRは原子力発電所のデメリットを解決しない

SMRは小型で安全ということですが、核分裂炉であることには変わりはありません。核分裂炉のデメリットは、第一に、事故時のリスクが激甚であること、第二に、原材料のウランが枯渇性であること、第三に、高レベル放射性廃棄物の最終処分場が決まっていないこと、第四に、廃炉のコストがかかることなどさまざま挙げることができます。

事故時のリスクが激甚なものであることはわが国が一番認識していなければなりません。冒頭に述べたように福島第一原発事故によって広範な国土基盤が失われたままになっています。SMRは小型化する分、たくさん設置しなければならず、総体としてリスクが減少するわけではないと思います。

原材料のウランは、耐用年数約70年の枯渇性燃料です。ウランの枯渇性を改善するために高速増殖炉を開発してきましたが、フランスでも日本でも失敗に終わっています。

高レベル放射性廃棄物の最終処分場は、世界では、フィンランドとスウェーデンの2ヵ所のみ決定していますが、プレートがぶつかり合う不安定な地盤から成る日本の本土で10万年の保管が可能な適地を見出すことは難しいところです。

廃炉のコストも甚大です。商業用原子力発電所として日本で初めて廃炉を進めている東海原発では、2001年に廃炉措置を開始し、完了までに30年を要する予定となっています。この原発は出力16.6万kWで、一般的な原発が100万kWクラスであることを考えると小規模なものですが、廃炉に要する費用は当初の見積もりを大幅に超える885億円と想定されています。この金額は、この原発の建設費用465億円を大幅に上回っています。SMRの耐用年数についての情報はありませんが、人工物である以上、必ず廃炉を迎えることになります。

SMRの商業運転開始予定が2029年ということですが、日本における原子力発電所のリードタイム(計画から運転開始まで)は、70年代約7.5年、80年代約17.5年、90年代25年強となっています。そもそも2050年には間に合わないと考えます。

このように、SMRは既存の原子力発電所のデメリットを解消するような夢の技術ではないのです。

新しい技術に飛びつくエネルギー政策からの脱却を

ウクライナ危機に伴う世界的なエネルギー価格の上昇や、火力発電の廃止のペースが速すぎたことによるエネルギー需給の逼迫など、現下のエネルギー供給体制の課題にいかに対応するべきかという問題意識で、既存の原発を再稼働させたり、延命させたりする動きがあります。安全性の確保を前提として、すでに存在する原子力発電所を一定期間稼働させることは、やむを得ない選択だと考えます。

しかしながら、原発の新設・リプレース(建て替え)は行うべきではありません。新設・リプレースの判断は、2050年以降の世界のエネルギー供給の主力は何になるのかを見極めて、日本のエネルギー産業をどちらに導いていくつもりなのかという視点で行われるべきです。

私は、2050年以降の世界のエネルギー供給の主力は再生可能エネルギーであるので、限られた予算を原子力発電の新設・リプレースのために振り向けるべきではないと考えます。

再生可能エネルギーのコストは大幅に低下しており、化石燃料高の中、競争力を増しています。たとえば、2022年3月にはメガソーラーによる電気の平均落札価格が10円/kWhを初めて下回り、火力発電の半値以下になりました(2022年5月1日『日本経済新聞』)。

太陽光・風力といった変動する再生可能エネルギーを安定的に利用するために、大型蓄電池を「発電所」として電力供給網に接続できるよう電気事業法も改正されました。

洋上風力も予定海域が定められ、設置計画が具体的に進みつつあります。5MWの大型風車を20基設置すれば、SMRが想定する規模の発電能力が得られます。国家プロジェクトにするならば、産業プロセスの維持に不可欠な水素生産を行うために、このような洋上風力基地を大規模に展開することではないでしょうか。

これまでのエネルギー政策は、バックキャスティングの視点が欠落してきたのではないかと思います。水素自動車が開発されたから水素に着目し、アンモニアを安く生産する技術が出てきそうだからアンモニアに着目し、今度は、SMRを主張する企業が出てきたからSMRに着目しているわけです。

そもそも、エネルギー密度が高い水素は、電気エネルギーでは賄うことができない高温高圧のプロセスを動かすために用いないといけません。水素で乗用車を動かすのはもったいないのです。ましてや、再エネ電気で生産した水素やアンモニアを発電用に用いることは、まったく愚かなことなのです。

2050年にどのようなエネルギー供給構造を目指すのかを明確にして、その実現のために今から何をすべきかを考えるバックキャスティング型の政策立案が、今こそエネルギー政策に求められます。そろそろ新しい技術に飛びつく安易なエネルギー政策から脱却すべきです。

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