特集/気候危機とエネルギー安全保障 気候危機とエネルギー安全保障 ~日本はどう対応すべきか~岸田政権による原子力政策転換の問題点

2023年02月15日グローバルネット2023年2月号

龍谷大学政策学部教授、原子力市民委員会座長
大島 堅一(おおしま けんいち)

新型コロナウイルスの世界的流行とその後の経済回復、ロシアのウクライナ侵攻などの影響を受けて、世界的に石油、石炭、天然ガスの価格が高騰しています。日本の電気料金も、今年はさらなる値上げが予想されています。また、昨年には、季節外れの暑さ・寒さにより電力不足の恐れが高まり、東京電力・東北電力管内で「電力需給ひっ迫警報」が発令されたことも記憶に新しいところです。
 そのような中、気候危機の回避に必要な「脱炭素」に向けた取り組みを検討する政府の「GX実行会議」では、「エネルギーの安定供給」の確保を脱炭素に向けた変革の前提とし、火力発電所や原発の休廃止が電力不足の原因であるとの認識の下、液化天然ガス(LNG)確保の取り組み強化、ゼロエミッション火力の推進、原発再稼働・建て替え・新増設などの方針を打ち出しています。
 今回の特集では、日本の電気代高騰や電力不足の原因は何だったのか、現在の日本政府の方針がそれらの課題解決ひいては脱炭素社会の実現に資するのかを、欧州の事例も踏まえながら考えます。

 

岸田政権による政策転換

2022年7月27日に岸田首相決裁で第1回GX実行会議が突如として開かれた。8月24日に開催された第2回GX実行会議で、岸田首相は原発再稼働推進を確認した上で運転期間延長、原発の新増設などを年末までに検討するよう指示した。その後、岸田首相の指示を受け総合資源エネルギー調査会原子力小委員会での検討を開始したのが9月22日で、2人の委員からの強い反対がある中「今後の原子力政策の方向性と実現に向けた行動指針」を取りまとめたのが12月8日であった。この間の実質的な審議期間は2ヵ月半に過ぎない。

こうして12月22日に第4回GX実行会議で「GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~」(以下、GX基本方針)が定められた。岸田首相は、国民に議論をさせないまま原子力政策の在り方を根本から変えようとしている。

GX基本方針の内容

GX基本方針に示された原子力政策転換の内容は次の2点である。

第1に、原子炉等規制法で定められた原発の運転期間(40年間、例外的に60年間)を延長可能にする。現行の原子炉等規制法は、原発の運転期間を使用前検査に合格した日から数えて40年と定め、原子力規制委員会が認可した原発に限り例外的に1回のみ20年延長できる。運転期間が40年と定められた背景には原発設計時の想定耐用年数等がある。GX基本方針では停止期間を運転期間に追加できるとした。これは既設原発の延命を目的としている。

より本質的問題は、運転期間に関する権限を経済産業省に移すことである。2012年の原子炉等規制法改正で運転期間の規定は原子力規制委員会の所管するものとされた。国会事故調査会報告書では福島原発事故の原因を「規制する側」が「規制される側」(利用側)に規制されるという「規制の虜」にあったと断じている。経産省への権限移行は原子力利用を先に置き、利用の範囲内で規制する体制に戻すのに等しく「規制の虜」を再現することになる。

第2は「次世代革新軽水炉」の開発、建設である。GX実行会議資料では「次世代革新軽水炉」の開発スケジュールが図示されている。

このうち「革新軽水炉」は、商用炉として2030年代はじめに5年程度で建設されるように描かれている。しかし「革新軽水炉」の例に挙げられるEPR(欧州加圧水炉)は100万kW級で建設費が1兆円以上になっている。また「小型軽水炉」「高速炉」「高温ガス炉」は実証炉とされている。実証炉とは、連鎖核反応の継続と発電ができた上で経済性を確かめる炉のことである。ところが、「小型軽水炉」も「高速炉」も「高温ガス炉」も実験炉ないし原型炉の段階であって、いまだに実証炉の段階にない。「核融合」は原型炉が2030年代後半にも建設されると政府資料では書かれているが、世界的に見ても実験炉すら存在していない。「次世代革新炉」開発は絵に描いた餅に過ぎない。

電気料金と原発

原子力政策の転換の理由とされたのがカーボンニュートラルとエネルギーの安定供給である。岸田政権はロシアのウクライナ侵攻後に起きた化石燃料価格の高騰と電力需給逼迫を特に念頭に置いているようである。それらに対して原発は解決策になり得るのだろうか。

まず化石燃料価格高騰について述べる。言うまでもなく化石燃料価格高騰と原発は直接関係がない。化石燃料の価格変動は原発を利用しても利用しなくても起きる。戦争が起きると、直後に化石燃料が急騰することはよくある。特に今回は、欧州がロシアに天然ガスや石油を依存していたため化石燃料の価格高騰に拍車がかかった。

次に電気料金と原発の関係について述べる。燃料費について見れば、化石燃料より核燃料の方が価格が低いので、原発を稼働すればその分電気料金が下がる。ただし原発稼働による電気料金引き下げ効果は限定的である。例えば、規制料金の値上げ(約30%)を申請することを2022年11月に発表した東北電力によれば、値上げは女川2号機の再稼働を含んでいる。この原発再稼働の効果は5%程度であるという。なにより化石燃料価格高騰と円安が電気料金値上げの原因とされている。

付け加えれば、発電に要する費用は燃料費だけではない。原発は建設費や追加的安全対策費、維持費が高い。さらに国民は税金や電気料金を通じて、原発に関してかかる追加的費用を負担している。福島原発事故の費用総額は電力会社の支払い能力を超え、大半が国民負担となり、将来も青天井に増加する。原発が日本社会を低コストにしているのではなく、原発による多額の費用が国民に転嫁されているのである。福島原発事故後、原発ゼロ社会への道に進んでいれば、その分原発に要する費用が節約され、結果的に電気料金は下がっていたであろう。

原発と電力の安定供給

電力需給逼迫と原発の関係について述べる。ここでは2022年6月28日から30日に東京電力エリアで生じた電力需給逼迫について見る。

例年6月下旬は電力需要が少ない。そのため夏季に備えて多くの発電施設が停止し、点検、補修に入る。ところが2022年のこの時期は観測史上最も早く梅雨が明け、記録的猛暑となった。その結果ピーク時に電力需要に対する供給力の余裕(予備率)が5%を下回る状況になった。そのため、あらかじめ決められたルールに基づき電力需給逼迫注意報が出され、需要抑制策が講じられた。

同様のことは原発が稼働中であっても起こる。なぜなら、先に述べたように6月下旬は多くの発電設備が停止するからである。したがって原発は電力需給逼迫と直接の関係がない。このことから言えるのは、予想を超える異常な気象(猛暑・厳冬)が生じピーク時に需給が逼迫する場合の有効な手段は、原発再稼働ではなく電力需要の調整であるということである。

原発と脱炭素

政府は2050年度カーボンニュートラルを達成するために2030年に原発依存度を20~22%にする必要があるとしている。

では実際にどうか。原発依存度20~22%を達成するには原発の設備容量が約3,000万kW程度必要である。一方、現実には福島原発事故後に21基の原発が廃炉になり、残っている原発は35基(大間、島根3号機含む)である。そのうち規制基準適合性審査を申請していない原発が8基あるので実際に稼働する可能性があるのは最大27基2774.6万kWで3,000万kWに及ばない。つまり残り7年で全機再稼働させたとしても原発依存度20~22%の達成は難しい。

今後原発は年を経るごとに老朽化し廃炉していく。廃炉を新設で埋め合わせするには、すぐにでも毎年1基程度建設に着手する必要がある。しかし、このような動きは電力会社にない。

原発の建設費用は高いため、GX基本方針を実現しようとすれば原発新設に巨額の補助が必要となる。原子力産業においては、近年主要なメーカー、サプライヤーが次々と撤退、事業規模を縮小している。原発を維持することは不可能であろう。

「無責任の構造」からの脱却を

GX基本方針は、非公開のGX実行会議で決められた。また、岸田首相は自らが主導してつくった政策について詳しい説明をしていない。

原子力政策は、従来、利害関係者によって無謀な計画が立てられ、必然的に失敗し、無反省なまま放置、先送りされ、責任が問われず、最終的に原子力産業を国民負担によって保護するというサイクル(「無責任の構造」)で進められてきた。GX基本方針は従来の原子力政策と同じく実現性に乏しい。GX基本方針が法制化されれば見込みの無い政策に資金や労力がつぎ込まれることになり、本来必要な再エネ政策、気候変動対策が妨げられてしまうだろう。

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