特集/真の「脱炭素」を目指して~求められるグリーンウォッシュ回避~非国家主体に求められる「脱炭素宣言」~国連ハイレベル専門家グループ報告書・提言より

2023年03月15日グローバルネット2023年3月号

JCLP(日本気候パートナーシップ)共同代表
三井住友信託銀行ESGソリューション企画推進部主管
三宅 香(みやけ かほり)

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の「1.5℃特別報告書」(2018年)で、パリ協定の1.5℃目標達成には、2050年前後にCO2排出量を「正味ゼロ(ネットゼロ)」とする必要が示されました。日本でも2020年10月の政府の「2050年カーボンニュートラル」宣言以降、企業や自治体によるネットゼロ宣言が相次いでいますが、「宣言と行動が一致していない(グリーンウォッシュ)」「主体によりネットゼロの定義が異なる」「2030年までの短中期の目標が不十分」との指摘も少なくありません。
 今回の特集では、こうした問題意識の下、昨年11月に発表された、国連のハイレベル専門家グループによる「信頼性が重要:企業、金融機関、都市、地域によるネットゼロ誓約」の提言内容を手掛かりに、企業・金融機関・自治体によるネットゼロ宣言の1.5℃目標との整合性、達成に向けた行動の実効性・透明性の確保には何が必要かを考えます。 

 

2022年春、グテーレス国連事務総長の呼び掛けの下、「非国家主体によるネットゼロ宣言に関するハイレベル専門家グループ」が発足した。16名のメンバー選考には、気候問題における専門性だけでなく、ジェンダーはもとより、地理的にも経歴の面でもダイバーシティが考慮されていた。後々、議長のカナダの元環境大臣キャサリン・マッケナ氏は「果たしてこれほどダイバーシティに富んだチームで意見をまとめることができるのか、最初にメンバーのリストを見た時は不安だった」と笑いながら告白していたほどである。

気候変動問題は、全ての人に影響するが、多くの要素が複雑に絡みあっており解決は容易ではない。だからこそ、本提言の意義も大きいと感じる。立場が違う中、必ずしも詳細まで合意できなくても、発信するメッセージをどこまで拡大できるのか。議論に議論を重ね、真に大切な要素がどこなのかをあぶり出す作業だったかもしれない。

提言項目の説明に入る前に、この専門家グループの設立背景を少し説明したい。2018年の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の1.5℃特別報告書以降、ネットゼロ宣言が相次ぎ、これまでに宣言した国の国内総生産(GDP)を合算すると世界のGDPの約90%に上るといわれる。これと並行して、企業や自治体などの非国家主体もこぞって2050年までのネットゼロを宣言し始めた。一方コロナが落ち着き、経済の再開と同時に二酸化炭素(CO2)排出も再び増え、2021年の年間排出量は過去最高値となった。これは、経済活動とCO2の排出を切り離すというデカップリングができていない、つまり、企業らが行動を変えていない証拠であり、やると言ったことをやっていない(=グリーンウォッシュ)として批判の対象となった。また、人によって想定しているネットゼロの定義が違うことも明らかになり、このような状態を放置することで「ネットゼロ」そのものへの、そしてパリ協定自体への信頼性を失う可能性があるとグテーレス事務総長は懸念を示し、発足に至ったのである。

5つの原則に基づく10の提言

本提言は、5原則に基づく10の提言で構成されている。ここでは、中でも特に日本および日本企業にとって重要だと思われる項目について少し解説を加えたい。

工程の前半では、さまざまな自主的なイニシアチブ(SBTi、GFANZなど)やOxfam、Climate Works FoundationなどのNGO団体、そして国際労働組合総連合など、幅広い外部団体からのヒアリングを行った(提言の付属書III参照)。おのおのが、どのような課題意識を持ち活動しているのか、本専門家グループの提言に期待することなどを聞いた。その上でまず、グループとして譲れない重要ポイントから議論を始めた。冒頭で述べた通り、メンバーの経歴や立場の違いはあるものの、早い段階で一致できたのは、1.5℃を諦めてはいけないこと、全ての議論や行動は科学に基づかなければならないこと、そして全ての局面において気候正義と公平性の考え方が盛り込まれること、などである。これだけを見ると、日本でも違和感がないように見えるが、例えば、1.5℃を目指すということは、「2050年ネットゼロ」以上に「2030年までの約半減(2019年比)」と「2025年までに世界の総排出量をピークアウト」というのが重要なポイントになる。そのためにも、短期の行動計画が問われるのである(提言1、2)。日本国内の議論では、この1.5℃以内に抑えるための炭素予算を意識した2030年までの短中期の行動変容に関する議論が足りないように感じる。

業界を越えて最大限の努力を

企業にとって次に気になるのはクレジットによるオフセットの考え方であろう。提言書では、炭素価格を活用した市場メカニズムは、途上国を中心とした必要な所へ資金を提供する有効な手段の一つであることは認めている。しかし、短中期の目標に対しては使用するべきではないと記載されている。その意味は幾つかあると理解している。一つは、クレジットの信頼性や市場の在り方に関しては、ルール形成の途上であり、現状、粗悪で安価なクレジットを見分けるのが容易ではないという意見である。粗悪なクレジットの流通で、実際の排出削減にきちんと資金が回らない懸念は大きい。もう一つは、1.5℃の達成には、まずは自社の絶対排出量の削減に全精力を傾けるべきであり、今クレジットを買う余剰資金があるのであれば、先に自社の排出量削減への投資に使用してほしいという思いである。

一度掲げた2030年中間目標は死守したいが、自社でできる対策には限界があるので最終手段としてクレジットの利用を検討している企業も多いと思う。しかし、今グローバルで問われているのは、本当にそこが限界なのか、ということでもある。自社だけなら限界かもしれないが、業界を挙げて、もしくは異業種と協業してさらにできることは本当にないのか。議論と手段は尽くされたのか。そういう視点での説明もクレジット使用時には求められるかもしれない。

詳細な記載が際立つ「化石燃料廃止と再エネ拡大」の章

次に化石燃料の段階的な廃止と再生可能エネルギーの拡大の章だが、ここは、まず他章と比較しても記載の細かさが際立っていることに注目いただきたい。誰が、いつまでに、何を期待されているのか。化石燃料でも、石炭、石油、天然ガス、そしてメタン、と種別の記載があるのは、かなり科学的な裏付けを持ってグローバルでの議論が進んでいる証であろう。石炭は、世界最大の発電源でもあり同時に単体として最大のCO2排出源でもある。鉄鋼や化学産業などにおいて使用する化石燃料の代替がまだ容易ではないことを考慮すると、発電時の石炭を無くしていくことが急務である。日本を除く全てのG7先進国は、遅くても2030年までの自国内における石炭火力発電所の廃止が見えており、後は、中国やインド、そしてアセアン諸国のスピードを上げるにはどうしたら良いのかという議論がされている。日本は、他の先進国と比べて既存の石炭火力発電所の残存耐用年数が長く、経済合理性をいかに考慮しながら移行するのかが難しいといわれているが、日本が先進国の一つとして果たすべき責務と期待値に関しては注意が必要であろう。

提言8の「透明性と説明責任の向上」も、日本企業として少し気を付けたい項目である。近年、企業統治の分野でも日本企業の弱い所として海外投資家から指摘を受けるのが、この透明性と説明責任の側面であろう。そのためにコーポレートガバナンスコードの改訂なども進められているわけだが、何を開示すべきか否かという具体的な項目の議論もさることながら、その項目が開示対象となっている背景と理由が理解されていないことも多いのではないかと感じる。

例えば、気候変動対策において、2030年の目標は開示すべき項目として認識されているが、目標達成のための具体的な計画に関しても明確に説明している企業はそれほど多くない。目標値そのものの評価(=1.5℃目標に整合しているか否か)は、要素の一つにしか過ぎず、目標達成への行動計画と、そのために必要な能力(資本・人的など)の有無など、目標達成の蓋然性を企業としては説明できて初めて気候変動対策が評価されるのだと思う。また進捗管理においても、計画通りに行かないことも当然あるが、その際、結果としての可否だけではなく、計画の想定でどこが違っていたのか、うまくいかなかったのかを説明し、軌道修正することがより重要になる。

諦めてはいけない

議論のプロセスでもCOP27でも、総じて前向きな空気感だったが、たまに抑えきれない焦りや焦燥感が漂う場面もあった。本当に1.5℃未満に間に合わせることができるのか。ニューヨークでの打ち上げ時にメンバーの一人が言った。「諦めそうになる自分との闘いだ」と。しかし、絶対に諦めてはいけない、将来の子供たちのために。

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