環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページIPCC 第6次評価報告書の社会科学

2023年04月14日グローバルネット2023年4月号

『持続可能な都市への理論と実践』(Springer 社)シリーズ・エディター
水口 哲(みずぐち さとる)

※ 原題:Theory and Practice of Urban Sustainability Transitions

野球日本代表「侍ジャパン」の快進撃が始まった3月の第3週、ジュネーブ(スイス)で科学者たちの熱い議論が続いていた。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の総会。ほぼ8年に一度の周期で、最新かつ世界標準の気候変動科学を政策担当者向けに要約する。タイミングから逆算すると、1.5度目標への道筋を提示できる最後の機会だった。

統合報告書の最終的な文言を決める会議は5日間の予定を超過した。この間に緩和行動で明瞭なメッセージを打ち出した草案はその直截性を減じ、適応策やロスダメ(気候変動による悪影響に伴う損失と損害)の比重が増える内容に変貌した。とはいえ、緩和に向けた骨格は残った。

以下、その内容とそれを支えた気候変動の新しい社会科学を紹介する。

1.1.5度目標達成のために必要な十分な知識、手段、資金を、人類は既に手にしている。今、われわれが何を選び、どう行動するか。それが向こう数千年を決める。

2.緩和策を広範囲に短期間で実施することで、人類の持つさまざまな可能性が持続的に開花する。行動を加速することは先行投資コストの上昇や、混乱を伴う社会変動も招く。こうした事態を和らげ、変化を適切にマネジメントするための社会科学やマクロ経済政策も存在する。

3.全(産業)分野で、今すぐ短期間で広範囲にわたる構造転換を進めることが重要。すぐに実行可能で効果的、低コストな選択肢群も存在する。構造転換のための共通施策としては低炭素な選択肢へのシフト、(電力、通信、水道などの)インフラへのアクセスの改善、エネルギー効率の改善や行動変容による(エネルギーやモビリティなどの)需要削減、生態系の保全・回復、セーフティネットの強化などがある。

4.縦割りを超え、社会的格差に取り組み、統合的で複数部門間にまたがる解決策を進めることで、気候変動対策の実行可能性と有効性が増加する。

5.社会転換に対し脆弱な人々が困ることのないように、所得の再分配政策やセーフティネットの拡充などの社会政策を進める。それによって緩和策の野心度を高め、気候変動に対応した開発が可能になる。

6.政治が責任を持って関与することや、制度的な仕組み、法律、政策、戦略を整えることが肝要。明確な目標、十分なファイナンス、複数の政策領域間の調整、社会各層の参加を可能にするガバナンスも必要。先住民や地域が伝えてきた知識など多様な知恵を動員することで、適応策はその有効性を高める。

7.気候変動対策を進めるためには、現在の3~6倍のファイナンスを要するが、世界全体としては十分な量の資本が存在する。ただし、現存の障害が除去されることが条件となる。除去する方法もある。

8.需要サイドからの削減にはライフスタイルの変容が必要となる。これには意識啓発の他に新しい行動様式を支えるインフラやモノの整備、文化的な価値付けなどを連動して進める政策が欠かせない。

以上の内容が生じた起源をたどると、今世紀初頭の西ヨーロッパに行きつく。当時気候変動問題に加え、コスト増に悩む医療制度、感染症が頻発した畜産業などが社会課題であった。漸進的な対策では解決につながらないことから構造転換の必要性が共有され、そのための新しい社会科学が誕生した。オランダとイギリスがその孵卵器となった。社会転換の実践科学としてのトランジション・マネジメントや、ライフスタイル変革の原理を探るプラクティス理論はその一翼を担う。

これらの学問を実社会で試す事業も数多く行われ、その過程を分析した諸論文が一流科学ジャーナルに大量に掲載され、第6次評価報告書の骨格を作った。統合報告書では(恐らくは)グローバルサウスの意向を反映し、緩和の比重が減り適応とロスダメの割合が増えた。しかし、上記の西欧生まれの社会科学にはグローバルサウスの研究者も多数参加している。次の報告書には彼らの中から複数の主席執筆者が出てくるだろう。

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