特集/IPCC最新報告書~最新の科学的知見と社会への生かし方~IPCCの知見をどう伝え、社会の変化につなげるか

2023年05月15日グローバルネット2023年5月号

一般社団法人Media is Hope
西田 吉蔵(にしだ よしぞう)
名取 由佳(なとり ゆか)

 3月13~20日に開催された国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第58回総会では、第6次評価報告書第1~第3作業部会報告書の内容をまとめた統合報告書が承認・採択されました。IPCCは地球温暖化問題に関する最新の科学的知見を取りまとめた評価報告書をこれまで6度にわたり発表し、日本からも多くの科学者が執筆に参加してきました。
 今回の統合報告書では、どのような科学的知見が示され、各国にどのような対策が求められているといえるのか。また、公表された知見を、政治や科学者の間だけでなく、いかに市民に伝え、行動変容や社会の変革につなげていくことができるのか。報告書作成に関わった科学者、政府査読や政策決定者向け要約の承認に関わった行政機関、気候変動に関するメディアの取り組みや連携を支援しているNGO、それぞれの視点で論じていただきます。

 

Media is Hopeは、気候変動問題の本質的な解決を目的に、気候変動の正しい知識を国民の共通認識にし行動変容を促すために、メディア関係者を支援する団体である。「メディアをつくる側もえらぶ側もお互いに責任を持ち、公平で公正かつ自由なメディアと持続可能な社会の構築」をビジョンに掲げ、視聴者や読者の立場からメディアや企業や市民、あらゆるステークホルダーと共創関係を築く架け橋となる取り組みをしている。設立以来、媒体や系列を超えたメディア間の連携を促し、専門家を招いたメディア向け勉強会などを行ってきた。

IPCC統合報告書があまりにも一般社会で理解されていないという課題に対し、最終的に伝える先にいる多くの市民(社会)と専門家の橋渡し役として何ができるか。IPCCが社会にとってどのような役割を果たすのか。気候変動に取り組むさまざまな立場の方々へ取材して見解を伺い、私たちの視点から考察することにした。

それぞれの立場から見た課題

・氏家 啓一さん(グローバルコンパクト・ネットワークジャパン事務局次長)
・小林 悠さん(ゼロエミッションを実現する会・横浜、英語教師)
・大庭 美菜さん(VOGUE JAPANコントリビューティング・フィーチャー・エディター、元テレビ局報道記者)
・香取 啓介さん(朝日新聞 記者/デスク、科学みらい部次長)

まず、「IPCC統合報告書についてどう捉えているか」伺った。

氏家氏は「企業における環境活動の主要な課題として『気候変動対策』を受け止め、IPCC報告書は私たちにとって、いつまでに温室効果ガスをどのくらい減らさなければならないかを提示する『予言書』ではなく『科学報告書』と捉えている」と述べ、香取氏は「1.5度目標達成のための最後通告だが、大幅削減の方法は、われわれの手の中にすでにある。あとは、社会を変えていく意志を持つかどうか、というのが大きなメッセージだと理解している。気候変動を報じようとするとき、ある人や企業の説明に引っ掛かったとき、辞書や百科事典のように、立ち返るような使い方になると思う」と述べた。一方、小林氏は「今まだ誕生していない新技術に希望を委ね、既存のシステムにしがみつき、今できる温暖化対策を先延ばしにしようとしている日本の在り方を考えさせられる内容だと思う」と厳しい目を向けている。

そして「IPCC統合報告書を一般の人たちに認知してもらうための課題」について伺った。大庭氏は「IPCC統合報告書を『地球の未来予想図』として、いかに知ってもらえるかということ。入り口のハードルを下げながら、かみ砕いて、多角的に継続的に伝えていくことが大事」と述べた。氏家氏は「一般の人たち(社会)にわかりやすく伝えるという努力を続けることだと思う。『自分事化』というのは『言うは易しいが行うのは難しい』」と述べた。根気強く粘り強く、工夫を凝らしながらやり続けるしかないということが共通認識のようだ。小林氏は具体的に「朝の天気予報で『まるで初夏のような暑さです』とニコニコ報道されているのに強い違和感を覚えた。また、豪雨が起きても『気候変動』に触れられることはかなり珍しいが、海外のニュースでは、干ばつ、山火事、豪雨などの報道の際は必ずといってもいいほど『気候変動』と関連付けられている」と述べ、報道の論調に疑問を呈した。

最後に、「理解して行動するために必要なことは何か」伺った。氏家氏は「そのためには、『科学』と『社会』という溝の構造ではなく、企業からコミュニティ(若者、地域、学校など)に入り、対話を繰り返すことが良いと思う」と具体案を述べる。香取氏は「科学的正確性とのトレードオフになる面もあるが、IPCC報告書を『超訳』することも必要だと思う」とメディアとして一般の人に分かりやすく伝える必要性について言及。そして小林氏は「教育に関わる仕事をしているので、どうしたら科学的情報を主体的に理解・解釈できる能力を育て、社会問題のために行動する文化をつくることができるか考えていきたい」と述べ、大庭氏は「2050年、2080年、もう自分は生きていないと思うのか、2020年を生きる私たちが2050年、2080年を生きる人たちにもこの美しい奇跡の地球を残していこうと思えるのか。思いやりこそ理解と行動につながっていくと思う」と、この時代を生きる上での“在り方”を問う。

メディアが社会実装を進める土壌をつくる

IPCCの知見が社会の中でどのように認知されているか、それは、世の中の科学に対するスタンス、距離を測ることに他ならない。社会と個人、政治と国民、メディアと視聴者の関係と同様に、科学と社会や個人に隔たりができてしまってはわれわれが向かうべき未来への羅針盤が正常に機能しない。気候変動問題を解決し、未来志向の社会構築が確立されるためには、科学者や専門家、メディア、一般市民それぞれが他者のせいにせず自分自身に矢印を向けることが肝心だ。

科学者や専門家に一般に受け入れやすく解説しようとする意思があるか、そのような意思のある科学者や専門家の数は十分か。メディアは単なる情報としてIPCC統合報告書を伝えていないか、科学と社会の間の翻訳者そして解決のための当事者になろうとしているか。一般市民も「科学的な難しいことはわからない」と理解することを諦めていないか、自分たちがどう生き、未来に何を残すのか。

一人ひとりが自分自身に矢印を向けて「どんな社会をつくり、どう生きたいのか」を言語化し実現していくときの指標としてIPCC統合報告書のような科学が役割を果たす。目指すべき未来への指針を科学的知見からも問い直し、一般市民や民間企業、専門家や実践者、地域コミュニティや地方行政、政府や国際機関までさまざまなステークホルダーと協力し合い、気候変動問題を解決できる社会実装を一緒に進めていかなければならない。

そして、そのような土壌を作るのに大きな力を果たすのが情報を広く素早く伝達できるメディアだ。統合報告書で示されているように1年でも1日でも早く解決が急がれる気候変動問題において、その期待は大きい。

メディアが視聴者・読者を育て、視聴者・読者がメディアを育てる

メディアは直訳すれば「媒体」だが、今後はさらに前に進んで「触媒」のように化学反応を促進する存在になっていくことを期待する。つまり、メディア自身が気候変動という緊急課題を解決するためにステークホルダーたちが参加できる場を提供したり、科学や人権、日常生活から社会全体まで適切な切り口でアジェンダを設定し討論・熟議する機会を作り、直接的に気候変動対策に寄与するプロジェクトを立ち上げるなど、課題解決型の在り方を模索してもらいたい。私たちも、より良い未来社会の実現に向けて本気で挑戦するメディアを支援・応援していきたい。

そして、大きな期待をメディアだけに背負わせないよう、メディアと一緒に視聴者や読者である私たち自身も未来に対して責任を果たしていかなければならない。気候変動は社会の在り方を問い直す問題だ。メディアが視聴者や読者を育て、視聴者や読者がメディアを育てる。その好循環から生まれる社会を見てみたい。

気候変動対策のアクションを呼びかける大規模なメディアキャンペーン「1.5℃の約束」に対し、連帯・応援を表明する記者会見を主催。国連広報センター所長ならびにテレビ、新聞、ラジオ、雑誌、WEB メディアなど12 名のスピーカーが登壇した。
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