どうなる? これからの世界の食料と農業第6回 G7広島サミットで食料安全保障に関する首脳声明と行動計画表明~その課題と農民・市民社会組織からの応答

2023年06月15日グローバルネット2023年6月号

農家ジャーナリスト、NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)

食料や世界の課題を議論する先進7ヵ国首脳会議(以下、広島サミット)が2023年5月19~21日に広島市で開催された。岸田文雄首相は会議最終日、議長国として平和記念公園で記者会見を開き「食料危機は人びとの暮らしに関わる喫緊の課題」と述べた。また首脳宣言とは別に、招待国等の8ヵ国と共同でまとめた食料安全保障の強化に向けた行動声明にも触れ、各国と共に危機打開に取り組むと表明した。

今回の記事では、広島サミットの成果として出された首脳コミュニケ(以下、首脳宣言)における食料安全保障についての部分と前述の声明「強靱なグローバル食料安全保障に関する広島行動声明(以下、行動声明)」とそれに対する農民・市民社会組織の応答について検討する。なぜならこれら文書が、広島サミットでの食料に関する議論を象徴するものであり、さらに世界と日本の今後の食料安全保障政策に大きな影響を与える可能性があるからだ。

G7サミットでは、ロシアのウクライナ侵略で生じた世界の食料需給の混乱を背景に、食料安保が主要議題の一つとなり、2022年に続き広島サミットでも議論が行われ声明が出された格好だ。

●首脳宣言と行動声明の内容とは

宣言では世界が現世代で最も高い飢餓リスクに直面し、進行中かつ悪化している食料安全保障および栄養の状況を深く懸念すると述べられ、特にロシアのウクライナ侵略が、グローバルな食料安保の危機を劇的に悪化させた、と指摘した。

その中で、食料輸入をウクライナやロシアに依存してきたアフリカや中東等の脆弱な国や地域への支援継続や、不当な貿易制限的措置を回避する重要性が改めて表明され、一人ひとりの食料への安定的なアクセスを可能にすることが不可欠であるとした。宣言ではまた各国農業の生産性向上やサプライチェーン(供給網)の多様化、肥料の効率的な使用等が明記され、国内の既存の農業資源の活用や、幅広いイノベーション(技術革新)推進が言及され、学校給食等を通じた健康的な食料確保の重要性も提起された。

さらに急務の取り組みとして「包摂的で、強靱で持続可能な農業と食料システムの確立」を挙げ、行動声明に示した具体的な措置をパートナー国と共に行い、国際社会に広範な協力を要請すると締めくくった。

G7首脳はまた、上述の世界の食料安全保障の強靭化に向けた「行動声明」を発出し、宣言の内容の具体化に向けた方向性を示した。行動声明の冒頭では、世界が「現世代で最も高い飢饉のリスクに直面」していると警告し、悪化するグローバル食料安全保障の危機に対応し、強靱で持続可能かつ包摂的な農業・食料システムを構築するため緊密に協力する重要性を述べた。そこでは以下の3つの項目の取り組みを表明している。

  1. 食料安全保障の緊急の危機への対応:2022年には2億5,800万人が緊急食糧支援が必要。その対策として国際ドナーや民間部門のパートナーからの人道支援や開発支援資金の大幅な増加の提唱、市場安定に向けた公正で透明性のある国際貿易の促進。
  2. 将来の食料安全保障危機への備えと予防:食料安全保障危機と栄養不良のリスクの予防と最小化、危機発生時の対応のために市場の透明性向上、農業貿易は世界貿易機関(以下、WTO)のルールに沿うこと、正確な情報と分析の利用強化。
  3. 全ての人びとのための強靱なグローバル食料安全保障および栄養の実現:全ての人が栄養価の高い食料に安定的にアクセスできることが不可欠。女性や子どもを含む弱い立場の人びとや小規模零細農家への支援強化、既存の国内農業資源の公正かつ適切な利用。

行動声明全体で目立ったのは、食料安全保障危機への対応としての農産物の国際貿易の堅持だ。しかし新型コロナウイルスの流行やウクライナ危機以降、世界の農産物貿易は混乱が続いている。その中でのG7の自由貿易堅持の方向性については、農民・市民社会組織から大きな批判の声が出ている。次にその声の中身について紹介しよう。

2023年の行動声明(左図)と2022年のG7の食料安全保障声明(右図)のテキストを
簡易なテキストマイニング分析(AIテキストマイニング・ユーザーローカル利用)した結果、
2023年の行動声明では2022年声明になかったWTOが繰り返し(12回)使用され自由貿易主義を
さらに追求していることが明らかになった。

●農民・市民社会組織からの声明

首脳宣言と行動声明が出た翌日、農民・市民社会組織からの声明が表明された。そこでは、3つの側面から世界の農業・農村への影響が懸念されている。
   ※「G7首脳コミュニケ(食料安全保障部分)」および「強靱なグローバル食料安全保障に関する広島行動声明」に対する農民・市民社会組織からの声明(2023年5月21日)

  1. 新自由主義的な農産物貿易・農業開発と飢餓・貧困対策の矛盾:首脳宣言と行動声明では、世界の飢餓と貧困の原因として批判されてきた新自由主義的な農産物貿易の堅持が繰り返され、明らかな矛盾が見られた。そこでは、農民・市民社会から解体と改革を求められてきたWTOを中心とした貿易が想定されている。G7や国際機関は食料生産の危機を強調し、巨額の資金投入により工業的な大規模農業をトップダウンで推進してきた。そこでは小規模農民を多国籍企業主導のグローバル市場に組み込む動きが加速する一方で、小規模農民の課題に向き合わず逆に飢餓や貧困を拡大させているという問題がある。
  2. 大国主導の食料安全保障政策、密室協議の問題、トップダウンの限界:G7の食料安全保障政策は、G7食料安全保障作業部会において基本的に非公開で議論が進められている。今回の計画も同作業部会が主体となり、年明けから数回会議が開催され取りまとめられた。G7は、加盟国が密室で主導する政策決定の在り方を根本から見直すべきだ。
  3. 食料主権に基づいた食農政策と持続可能な農業・アグロエコロジーへの抜本的な転換:G7は食料安全保障の危機回避のために持続可能な農業や食料システムへの転換を表明している。問題はその方向性がトップダウンで新自由主義的であるにもかかわらず、農民主体でボトムアップ・参加型のアグロエコロジーや国連食料農業機関(FAO)の民主化について言及している点だ。中でもアグロエコロジーは、農業者がその主権を求めてボトムアップで構築してきた実践であり、G7のようなトップダウンの発想とは真逆にある考え方だ。こうした言葉の横取りに対しては徹底的に抵抗する。

同農民・市民社会組織からの声明では、G7の食料安全保障政策における矛盾、非民主的な意思決定過程、政策の進め方の問題自体が批判された格好だ。市民社会組織においては、G7の食料安全保障政策の巨額の資金の部分だけを見て、評価する意見もあるが、その中身や方向性を検証する必要があるといえる。

日本政府は、首脳宣言に「持続可能な生産性向上」の文言と視点を盛り込み、日本からの成果とし、今後は20ヵ国・地域(G20)でも積極的に提案するとしている。しかし宣言と行動声明を改めて見直すと、その中身は食料輸入国の日本側が評価した点以外に、自由貿易の堅持といった食料輸出国の主張が交じった内容となっており、玉虫色の外交文書となっている。さらなる問題は、行動声明に示されたように新自由主義的でトップダウンで政策が進められると想定されるため、世界の農業現場で混乱を引き起こす可能性があることだ。

G7における食料安全保障については、2023年中は議長国の日本が中心になって議論が行われる。私たちは日本の市民社会としてその議論の中身を検証することが求められているといえるだろう。

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