21世紀の新環境政策論 人間と地球のための持続可能な経済とは第62回 NPO/NGOはなぜ社会に必要なのか

2023年11月15日グローバルネット2023年11月号

千葉大学教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

千葉大学で一年生に教えていること

私は、大学では、環境経済論、環境政策論といった専門科目に加えて、主に一年生向けに「入門基礎政策形成論」という科目を担当しています。新型コロナウイルス対応が緩和されたので、千葉大学の授業は対面授業が原則ということになりましたが、私は、あらかじめ録画した授業をオンデマンドで視聴してもらうとともに、月に一度のオンラインでの同時双方向授業を実施する形を継続しています。大人数を講義室に集めて一方的に講義を行う方式よりは、受講生のコメント・質問に個別に回答しながら理解を深めてもらう方式の方が、教育効果が高いと判断しているからです。入門基礎政策形成論の受講生は、例年200人程度でしたが、他の講義のほとんどが対面授業に戻ったこともあって、今年は300人を超える受講生となっています。

「入門基礎政策形成論」では、政策学の基礎を教えるとともに、参加型ワークショップ体験(この授業は100人程度ずつ3班に分けて対面で行います)、中間レポートとしての法律・条例案の作成といったことを行っています。

さて、第二回のこの授業では、政策決定過程が、一部の官僚・政治家による中央集権的なものから、地方分権、市民参加という方向に変化してきたことを説明し、なぜ、官僚・政治家による意思決定では不十分で、市民参加が必要なのかを解説しました。私の説明は以下のとおりです。

官僚・政治家が合理的に判断したとしても、乗り越えることが難しい二つの事項があります。第一に、意思決定の時間的な制約です。選挙で選ばれた政治家には任期があります。また、官僚も通常2年から3年で異動することになります。このように任期がある場合、自分がいる間に成果が上がる課題に優先的に取り組むことになるでしょう。第二に、意思決定の空間的な制約です。自分の行政の管轄範囲や自分の選挙区の範囲がもう一つの制約となります。政治家や官僚は自らが管轄する空間の範囲の課題を優先して取り組むことになるでしょう。当然、合理的な判断ができない無能な官僚・政治家もいますが、有能な官僚・政治家であっても任せきりにはできないのです。このような趣旨のことを説明しました。

講義では、このような説明の後に、温暖化やエネルギー転換のように長期的に取り組む必要がある課題についてずっとフォローして提言したり、行政区域の辺境に追いやられて問題を起こす廃棄物処分場のような嫌忌施設の課題を提言したり、国際的な課題への取り組みが不十分であることを発信したりするNPO/NGOには、積極的な社会的意義があることを説明しました。

NPO/NGOの職員に給与が支払われるべきか

さて、この講義では、毎回の講義の後、具体的に受講生に問を投げかけて回答をもらうことにしています。第二回の講義の後では、「講義を踏まえて、NGO/NPOの職員に給与が支払われるべきかどうかについて、あなたの考え方を説明してください」という問いを投げかけてみました。講義の中で、NPO/NGOの存在意義について説明しているので、当然、給与が支払われるべきという回答になると期待したのですが、驚くべきことが起こりました。実に、受講生のうち50人以上が、給与は支払われるべきではないと回答したのです。

具体的には、以下のようにその理由を書いてくる受講生がいました。

まず、そもそもNPO/NGOで働く人は給与をもらっていないという誤った認識をもっている受講生が多くみられました。ボランティア活動なので、給与はもらっていないという認識です。たとえば、「これらの団体は給与が払われないからこそ、価値あるものであると考える」「NPO/NGOの職員に必要なのは、専門の知識やスキルではなく、自分にコストがあっても、社会貢献をしたいと考える人である。給料を支払うようになることで、お金のためにNPO/NGOの職員になるという人が増え、組織としてあまり良い方向に進まないのではないかと考える」という回答がありました。

また、給与をもらうことが、利益追求と同義だと思っている受講生もいました。「NPOやNGOは本来、非営利で社会貢献活動や慈善活動を行う団体であるため、職員に給与が支払われるようになることでそれらが利益を追求するようになってしまう」「給与を発生させるには少なからず、NPOと名乗るのをやめ、その目的に利潤追求を追加すべきであると考える」といった回答です。

さらに、NPO/NGOの給与がどこから出てくるのかもわからないようで、その支出元の意向が反映されて活動がゆがむのではないかという意見もありました。「給与を支払うと間接的にもその職員は税金を受け取っていることとなり、公的人間と思われても仕方のないことになるからだ」「NGO/NPOの職員に給与を支払った場合、財源となる企業や団体との間に利害関係が発生し、その利害関係は政府の政策とも関連している場合があるため、結局のところ政府に同調するような活動を行うことになり非営利団体としての本来の活動が全うされなくなる可能性がある」という意見です。

講義のフィードバックでは、NPO/NGOも一つの職業として認識されなければならないこと、職員の給与は社会的事業を実施する際に不可欠な経費であること、非営利法人は会費・寄付金・プロジェクトベースの助成金などさまざまな形で組織の収入を確保する努力を行っていること、非営利法人もその収益を社会的事業の経費に使用することを条件として収益事業を実施することができることなどを説明しました。たとえば、ワールドウォッチ研究所などアメリカの有名な環境シンクタンクは、自前のビルを確保して、博士号を取得した人が多く就職する組織です。このようなことができるのも、寄付の文化がアメリカでは日本よりも発達しているからだと思います。日本でも、日本野鳥の会は、野鳥のカレンダーやバードウオッチング関係の商品を企画販売して、活動経費にしています。野鳥の会は、収益事業の収入が大きいNPO/NGOだったと記憶しています。

社会的に淘汰されるべきNPO/NGOも存在する

受講生とのやり取りを通じて、NPO/NGOの社会的意義に関する教育のさらなる必要性を認識しました。「NPO/NGOはボランティア活動だからお金をもらってはならない」という考え方は、NPO/NGOをまっとうな就職先とみなさないという考え方です。政府の意思決定が完全ではない可能性があるため、科学的知見、事実やデータを踏まえて、長期的・広域的な視点から、政府の意思決定を補完して、より良い社会づくりに貢献するNPO/NGOには、積極的な存在意義を認めるべきという考え方が、広く共有されなければなりません。

ただし、講義のフィードバックでは、社会的に淘汰されるべきNPO/NGOの存在についても補足しました。たとえば、NPO/NGOは、科学的知見、事実やデータを踏まえて、論理的に物事を捉えて発信をしなければなりません。科学的知見や事実・データを踏まえることはNPO/NGOの生命線です。科学的知見、事実やデータをねじ曲げようとするNPO/NGOは淘汰されなければなりません。

実際には、特定の業界・団体から資金を得て、その業界・団体を利するために情報を発信する「NPO/NGO」も存在します。地球温暖化はうそであるとか、温暖化対策にまつわるさまざまな陰謀論を発信したりするとか、NPO/NGOの生命線を見失った活動をしている「NPO/NGO」からの情報を見極めて、これらを社会的に淘汰していくことが求められます。

しかしながら、さまざまなSNSが盛んになって誰でも情報を発信することができるようになった現在、情報を見極める能力が情報を発信できる能力に追い付いていないのではないでしょうか。従来、新聞をはじめとする報道機関は「社会の公器」として、情報を見極める観点からも重要な役割を果たすべきですが、その能力も低下してきているように思います。

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