日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第81回 「ひむか本サバ」育てる不退転の情熱-宮崎県・延岡市

2023年12月28日グローバルネット2023年12月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

宮崎市から一気に北上して大分県と接する延岡市へ向かった。市中心部からさらに約20km、同市北浦町で養殖されている宮崎県ブランド「ひむか本サバ」を取材した。24年前に始まった挑戦は、いくつもの困難にぶつかりながら「どんげかせんといかん」と、無投薬へのこだわりや多様な売り先など、先進的な取り組みを続けてきた。天然とは異なる絶品の味は国内だけでなく、ニューヨークの日本料理店にも届けられる。

●無投薬で安全に育てる

日豊海岸国定公園にある北浦地区は、リアス海岸が続く美しい景観から「日向松島」と呼ばれる。北浦漁業協同組合は宮崎県内最大の水揚げ量を誇り、養殖業の水揚げ量は県内2位。漁協に到着すると、組合員でマサバ養殖をしている(株)カネヲト代表の中西茂広さんから話を聞いた。

出荷前のマサバ

マサバ養殖は現在、激戦区の九州のほか、以前取材した鯖街道のある小浜市(福井県)など各地で取り組みが拡大している。北浦でマサバ養殖が始まったのは1999年。完全無投薬、鮮度保持など、厳しい基準の飼育管理で成功を収めた。

現在、年間7~8万匹の養殖マサバを北海道から沖縄まで全国へ周年出荷しており、ネット販売や漁協を通しての販売など多角的な販路を持つ。価格は天然ものの1.5~2倍で、かつての大衆魚は高級魚なのだ。

原則、鮮魚で出荷し、料理店などは刺し身や締めさばなどにして客に提供している。

稚魚はその年の状況に応じて、九州や瀬戸内海産のものを移入する。いけすは11mの角型で深さは6~7m。成長に応じていけす内の稚魚の数を調整する。動きが激しいため、高密度で飼育するとぶつかって傷つくからだ。100~250gの稚魚が400g以上になると出荷する。

飼料は肉質優先でコストのかかるEP飼料(高品質な水産用配合飼料)を与えている。網目が細かく汚れやすいので夏は10日ごと、冬は20日ごとに網を替える。給餌を調整して余分な脂肪が付かないようにする。これで臭みがなく、まろやかな味になる。脂肪分は20%で天然の関さばの5%に比べると大きな違いだ。

中西さんは「夏場の水温上昇で4割が死んだ年があったし、餌に生野菜も与えたこともありました」と試行錯誤を振り返る。

当初は天然ものの肉質や食感と比べていたが、徐々に天然ものとは「別のもの」として味を追求してきた。販売先の山形のシェフが「2日置くと、うま味が強くなる」と評価したように、固定観念を打ち破る新しいマサバなのだ。その味との遭遇は後に記す。

出荷時の鮮度が命なので、時間との闘いだ。注文が入ると内臓やエラを除去して出荷する。魚箱に温度センサーを設置して流通過程の温度変化を調査し、保管に改善を求めたこともある。

中西さんは「今後はマサバの数を増やし、1尾550g以上に育てるのが目標。フィレ、締めさば、炙りなど加工品に取り組んでみたいですね」と付加価値のアップへ意欲を語る。

●熟成でおいしさアップ

日本では沿岸の漁獲減少などで「捕る漁業からつくる漁業へ」と移行し、ブリ、タイ、フグなどの養殖が拡大した。北浦では1993年以降、ブリからカンパチへ転換したものの、価格変動が大きく収益が低迷したため、新たな魚種としてマサバに目を付けた。「全国的に事例が少なく、希少性があったから」と中西さん。養殖期間が1年以内と短く、作業量も給餌量も少なく、養殖計画が立てやすい。何よりも販売価格がブリやカンパチなどに比べて高い。

北浦でマサバの養殖は、北浦養殖マサバ協業体(4経営体と14人で構成)が取り組みを始め、各種の試験や技術習得、意見交換などを重ねた。

2005年に宮崎県水産物ブランド認証を得て、品質のアピールと販路拡大に努めた。この年と2007年にはジャパン・インターナショナル・シーフードショーに出展し、大手飲食店チェーンとの商談成立など大きな成果が出た。

仲買業者に頼っていたものを、直接販売や漁協を通した販売に切り替えた。税理士に算出してもらった生産原価を根拠に高価格を設定。築地の卸売会社などに説明し、現在は1kg2,000円で固定している。

中西さんは「昔の漁師は売買の交渉などしませんでした。これからの養殖は、食べていただく人のことを考え、そのためには手間をかけ、収益も上がるような経営にすべきでしょう」と持論を語る。

漁協や行政のバックアップも大きかった。漁港の荷揚げ用クレーン整備、県外市場への大口の出荷、商談やイベントなどの支援を受けた。

北浦漁協は、まき網漁と養殖業が盛んで「北浦灘アジ」や養殖ブリに日向市特産のヘベス(香酸柑橘類)を与えた「ヘベスブリ」がブランド魚として知られる。これに養殖マサバが加わり、北浦の魚の魅力をアップしている。

北浦養殖マサバ協業体のメンバーは減少し現在、中西さんの家族経営の会社だけだが、長男夫婦を含む4人体制を5人体制にする予定だ。

説明を聞いた後、漁港で翌日延岡市などへ出荷するマサバを見せてもらった。

「養殖を始めたころ、まず地元に応援団になってもらうために、30分以上かけて延岡市内の料理店に1匹でも届けました。現在があるのは地元の応援があったからこそで、その思いは変わりません」。水槽で元気に泳ぐマサバを見ながら中西さんは振り返った。

●豊かな魚介類を味わう

この日、宿泊した延岡市で中西さんが育てたマサバを食べるため居酒屋に出掛けた。出てきた刺し身は、やわらかい歯応え、甘味があり、これは本当にサバなのか! 中西さんの説明がよく理解できた。

養殖マサバの刺し身

他に深海魚「宮崎メヒカリ」(アオメエソ)の唐揚げにも大満足。焼酎の霧島は、宮崎県内ではアルコール度数20°をオンザロックで味わうことを知った。

翌朝は再び北浦に戻り、「きたうらら海市場」を振り出しに、海岸線を取材終着地である宮崎市へ向かった。延岡市の工業地帯は遠くから眺め、カーブ続きで狭い道を進み、漁港、マリーナ、集落などを見た。東海町にあった高さ5.6mの常夜灯は、江戸時代の繁栄ぶりを伝えていた。

南の日向市の細島港では、海の駅「ほそしま」に立ち寄った。地元の家庭料理で、雑魚などをすり身にして油で揚げた「あげみ」を食べ比べした。日向灘を挟んだ愛媛県のじゃこ天に似ている。

置いてあったチラシは日向市観光大使の水森かおりが地元を訪れ『日向岬』を歌うことを知らせていた。曲名になっている日向岬に向かい、展望台に立つと視界いっぱいに広がる青い海。日向灘の数々の海幸が思い浮かび、とりわけ前夜の「ひむか本サバ」の刺し身。また食べに来ようと思った。

延岡市北浦の風景

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