ホットレポート第3回森里海を結ぶフォーラム in 宮崎〜椎葉の奥山と日向の海を結ぶ海山交流            

2024年01月18日グローバルネット2024年1月号

森里海を結ぶフォーラム代表、京都大学名誉教授
田中 克(たなか まさる)

日本の67%は森に覆われ、四面は亜寒帯から亜熱帯に至る多様な海に囲まれる森と海が支え合う類いまれな国であり、古来、“魚付き林”思想が根付いています。それは、「森は海の恋人」によって、日本列島全域の森が全域の水辺(汽水域)の魚付き林としての役割を果たしていると、普遍化されつつあります。
   魚が集まってくるように、海岸・川岸・湖岸などにつくられた森林

こうした先人の知恵に基づき、自然豊かなこの国ならではの自然資本と文化資本(池上、2017)が協働して、自然循環の未来を拓く「森里海を結ぶフォーラム」活動が、2021年以来進められています(本誌2021年11月号)。

第3回森里海を結ぶフォーラムの発想

森里海がつながる典型的な立地条件にある有明海は、日本の沿岸環境と沿岸漁業再生の試金石と位置付けられます。2021年に、有明海再生の鍵を握る長崎県諫早市で開いた第1回フォーラムは、岐阜県郡上市と三重県鳥羽市を結ぶ長良川流域での第2回フォーラムに引き継がれ(「ACADEMIA」192号)、2023年には、宮崎県椎葉(しいば)村と耳川(みみかわ)がつなぐ日向市を結んで第3回フォーラムが開催されました。

椎葉村を起点にしたフォーラムの発想は、そこには数千年の伝統をつないで、今なお自然循環のままに焼畑農業に生きる源流の民の暮らしや文化が根付いていることによります。すでに、2019年以来、山の民が海の民を奥山に招いて、「海山交流(植樹)祭」が開かれています。

椎葉村から日向灘に流れる耳川

九州東部の中央を占める宮崎県は、森林面積率が76%に及ぶ広大な森に覆われ、深い山々から多くの川が海に流れ込む、この国の原型ともいえる立地条件にあります。中でも、椎葉村に発する全長100kmの耳川は、山(森)と海のつながりを考える格好のモデルといえます。

海岸まで森が迫る日向市には、かつては広大な湿地が広がり、水遊びに興じる子どもたちの体に触れるほど大量のシラスウナギが生息したと語り継がれています。黒潮の恵みと森からの恵みが重なり、岩礁性の海岸は海藻群落で覆われていました。しかし、その豊かな海にも近年いろいろな問題が生じています。

日向市における海山交流シンポジウム

日向市と地元の千代田病院の協力の下に、山(の民)と海(の民)が交流し、新たな展開を願って、10月7日に日向市文化交流センターにおいて、以下のような内容の海山交流シンポジウムが開かれました。

企画の趣旨説明
 田中 克(森里海を結ぶフォーラム代表、全国日本学士会理事)

山から海へ、海から山への問題提起
●椎葉村の奥山で焼畑農業に生きる
 椎葉 勝(焼畑蕎麦苦楽部代表)
●日向の海の恵みに生きる
 高橋 和範(日向市漁業協同組合、平岩採介藻グループ代表)

山と海のあいだを結ぶ現場の取り組み
(1)海の森づくりの現場から 岩本 愛(平岩採介藻グループ)
(2)有明海の再生を願う森里海のクヌギ林づくり 平方 宣清(佐賀県大浦漁業協同組合)
(3)山間地の伝統的民俗文化継承の意義 井上 果子(宮崎大学地域資源創成学部准教授)
(4)伝統的知恵としての雑穀栽培を見つめる 小倉 沙央里(ブリティッシュコロンビア大学作業医学部)
(5)三陸の後方支援の文化とふるさと創生 藤井 洋治(ふるさと創生大学理事)

意見交換(登壇者間、登壇者とフロアーをつなぐ)
 司会:阿部 健一(総合地球環境学研究所教授)

山からと海からの問題提起

最初に登壇されたのは、椎葉村で先祖伝来の焼畑農業を継承し、急峻な山々が連なる奥山で生きる道を求めて「行動なしには、ことは動かない」をモットーに、浮かび上がるアイデアを次々と実践する椎葉勝さんでした。山に生かされて海を想う暮らしと文化を継承する熱い想いと地に足を据えて生きる姿に会場は深い感動に包まれました。

それを受けて登壇された日向の海の民、潜水漁師の高橋和範さんからは、豊かな海は多くの森の恵みに支えられていることへの感謝とともに、昨今の森の荒廃が沿岸域の生態系を壊し、沿岸漁業にもたらす深刻な被害が紹介されました。1990年代より、磯焼けによって消失した海藻群落を再生させてきた努力がご破算になる現実を切々と訴えられました。

近年の集中的な豪雨のたびに山から海に流れ込む流木の被害が出る現実に直面し、本来なら「どうしてくれるのだ」と海の民と山の民の間で対立が起こりかねない問題提起に、会場には一瞬緊張が走りました。しかし、そこはどちらも自然の恵みによって生きる民同志、お互いに知恵を出し合い、協力して問題を解決しようとの流れとなりました。今後の両者の協働が期待されます。

それに続く各地での現場での取り組みも、非常に中身の濃い示唆的なものでした。その概要は、2024年4月末刊行の「ACADEMIA」(全国日本学士会会誌)196号に掲載される予定です。

椎葉村での焼畑農業体験と焼畑文化の体験交流会

日向市での海山交流シンポジウムを終えて、翌8日には耳川源流域の椎葉村の民宿「焼畑」を会場に、現場体験と海山交流意見交換・懇親会が開かれました。参加者が持ち寄った海の幸(有明海のガザミとコノシロ、気仙沼のホタテガイ(NPO法人「森は海の恋人」提供)、カツオのタタキ(明神水産提供)と椎葉村の山の幸(シイタケ、ヒエ・アワなど)を頂きながらの一大交流会となりました。とりわけ、ふるさとの暮らしを支え続ける“神楽”の舞(写真①)が醸し出す深遠な世界に酔いしれ、私たちがなくしたものの大きさと継承すべき大事なものを肌で感じることができました。そこには、北海道から九州まで、20歳の大学生から90歳の現役カメラマンまで、多様な世代と多様な仕事の皆さんが集い、とりわけ多世代の女性の満面の笑みが印象的でした(写真②)。

写真① 椎葉村民宿「焼畑」広間での神楽の舞

写真② 椎葉村民宿「焼畑」での海山交流意見交換会。
多様な参加者のこの上ない笑顔に確かな未来を感じる。

急斜面に咲くソバの花の力強さ、子ども時代の神楽体験が将来村に戻る大きな背景であることなど、ふるさとの意味を根源的に考える機会となりました。

そこには、岩手県住田町に誕生した「ふるさと創生大学」を担っておられる元教諭(遠野市立緑峰高等学校)にも参加いただき、民俗学者・柳田国男の導きなのか、来年にはもう一つの日本のふるさとでもある東北の地で、4回目の森里海を結ぶフォーラムが開かれる自然な流れが生まれました。

タグ: