特集/ネイチャーポジティブ経済の実現を目指して企業が実現するネイチャーポジティブな社会

2024年06月17日グローバルネット2024年6月号

株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役
足立 直樹(あだち なおき)

 今年3月29日、「生物多様性国家戦略」における2030年目標達成のための基本戦略の一つである「ネイチャーポジティブ経済の実現」の重点施策として「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の連名で策定・公表されました。この戦略では、企業や金融機関、消費者の行動を変えて自然を保全する経済に移行するビジョンと道筋、そしてネイチャーポジティブの取り組みが企業にとって、単なるコストアップではなく新たな成長につながるチャンスであることを示し、実践を促しています。
 ネイチャーポジティブ経営の重要性がますます高まる中で、自然資本に立脚した企業価値をいかに評価し生み出すか、そしてどのような対応が企業に求められているのか、考えます。

 

ネイチャーポジティブな経済が始まる

3月末に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が公表されました。ネイチャーポジティブな経済へ移行すると4省(環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省)が合同で発表したことは大変画期的ですが、この戦略だけでは、実際にどのような変化が起きるのか、まだわかりにくいと思います。そして、この戦略でいうところの「ネイチャーポジティブ経済」は、ごく最初の段階のもので、企業活動が生物多様性に与えている負の影響を減らすことが中心です。

もちろんネイチャーポジティブの第一歩としてそれは必要なことですが、私が大切だと思うのはその先です。なぜなら、自然をより豊かにすることがビジネスとして成り立てば、多くの人が喜んでそんなビジネスをするでしょうし、そうなって初めて、自然と共存する社会が可能だからです。

ネイチャーポジティブなビジネス

ビジネスが自然を増やすことなど本当に可能なのか? 多くの方は疑問に感じるでしょうが、実際にそれは可能です。

四方を海に囲まれた日本は、海岸線の長さも世界有数で、水産資源にも恵まれていました。ところがその長い海岸線の半分以上が既にコンクリートで固められ、湿地も4割近くが埋め立てられてしまいました。こうした場所は、産卵や子育ての場として多くの生物にとって重要なのにです。河川も同様で、三方がコンクリートで固められ、ダムやせきが多数造られてきました。川岸や川底をすみかにしていた生物、川を上り下りしていた魚は当然大幅に減りました。

けれども、この失われた海岸線や湿地、河川を再生すれば、生態系を復活させ、そこにすんでいた多くの生物を再び増やすことができるのです。その中には、シジミ、マナマコ、アワビ、カキ、ウナギなど、経済価値が高いものも少なくありません。当然、地域の産業にも貢献します。それだけでなく、それを求めて観光客も増えるでしょう。つまり沿岸域や湿地を再生することは、生態系のみならず、地域産業も再生し得るのです。

海に関して言うと、ブルーカーボンということで最近は藻場が吸収源として注目され、再生の試みがされています。これも二酸化炭素(CO2)の吸収量を増やすことはもちろんですが、藻場を利用する魚などを増やす効果もあります。

このように生態系を再生したり、質を高めることは、自然を楽しむことを目的とするネイチャーツーリズムや、自然を活用した教育や研修の場を作ったり、関連する産業を活性化することにもつながるでしょう。最近は日本を訪れる外国人の数がますます増えていますが、訪日観光客が日本に期待するのは、歴史や伝統文化に加え、もう一つは自然なのです。そして伝統的な文化も、日本のおいしい食事も、すべて地域の自然に支えられています。つまり、自然を増やすことは、海外からの訪問者の期待に応えることにもなるのです。

水産業以外でも、一次産業はネイチャーポジティブなビジネスの第一候補です。例えば農業は一見グリーンな産業に見えますが、事実は逆です。農地を造るために森林が切り開かれ、湿地は埋め立てられ、過剰な肥料は周囲の土地や下流の水域を汚染します。少なくともこれまでの農業は、環境負荷が高かったのです。その中で最近注目されているのが、再生農業(regenerative agriculture)です。不耕起や間作などの手法を取り入れることで、微生物を中心に土壌生態系を再生するため、肥料や農薬を使わずに農作物が育ち、土壌の保水力が上がってかんがいの必要性も減る、夢のような農法です。北米を中心に急速に拡大していますが、日本ではあまり知られていません。再生農業は、農業を、生態系を再生する産業にする可能性を秘めています。もう一つ注目されているのがハチなどの送粉者です。ハチなどの昆虫を増やすことで受粉効率が上がり、農業の生産性が上がるのです。自然を増やすことが産業を助けるのです。

再生農業の考え方は林業にも応用できそうです。なぜなら最近の研究で、木の成長も土壌中の微生物群によって支えられていることが分かってきたからです。古い木やさまざまな種類の木が混植されていることが、森林の生産性を上げるらしいのです。これを林業に応用することで、自然林に近い森を再生して、林業の生産性を高めることができそうです。混交林的な森林を造ることは、木材生産のみならず、CO2の吸収や土壌流出防止などの防災効果も期待できます。こうした森林の機能を生態系サービスと呼びますが、自然に近い森林を再生することで生態系サービスが強化され、私たちのメリットも増えるのです。

増やした自然が問題を解決してくれる

最近は台風が大型化したり、ゲリラ豪雨が発生するなど、自然災害の被害が増えています。しかし、森の防災機能が高まればがけ崩れが起きにくくなり、経済的にも大きなメリットが期待できます。もちろんコンクリートで斜面を固めるという従来からのやり方もありますが、多額の費用がかかる上に醜悪です。とても自然を守っているとは言い難いやり方です。自然な森林を増やすことによって問題を解決した方が見た目も美しく、一石二鳥です。このように自然を活用して問題を解決することを「自然に基づいた問題解決方法(Nature-based Solutions、NbS)」と呼びます。NbSは防災以外にも、さまざまな問題で効果を発揮します。

たとえば都市でくぼみがある緑地を造るとします。普段は緑地として人々を楽しませることができますが、大雨が発生したときには雨水を浸透させ貯留する雨庭(レインガーデン)として機能するのです。地下にコンクリート製の巨大な貯水池を造るよりはるかに賢いやり方でしょう。都市部に緑を増やすことは、そこに住む人々の生活の質を上げ、ウェルビーイング(幸福度)に役立ちます。住む人や働く人がその価値を認めるようになり、緑豊かな都市空間が好まれるようになれば、資産価値も高まります。

このように生態系を増やすことで、私たちの生活も豊かになり、それにお金を払ってくれる人が増えるため、ビジネスにもなります。コンクリートや機械などの近代的な手法で管理した方が簡単という考えもありますが、そうしたやり方は副作用が多く、長期的にはメンテナンスや更新などに多額の費用がかかります。一方、自然を使った方法は効果を発揮するまでに時間がかかり、管理も手間です。しかし、その手間は一定している場合が多く、副作用も少ないでしょう。そして雇用という視点からは、手間が発生することは決して悪いことではありません。さらに、経済的にもかえって安上がりになる場合も少なくないのです。

地方こそネイチャーポジティブを

ネイチャーポジティブなビジネスは、地方都市や自然の豊かな地域での実践が特に効果的です。そもそもそこには自然がありますし、自然を豊かにするビジネスを興すことで、地方に再び雇用が生まれ、人々が移り住むことが期待できます。再生された自然を楽しみに訪れてくれる人も増えるでしょう。自然を再生するネイチャーポジティブなビジネスは、地方でより大きなメリットをもたらすのです。

私たちの生活を持続させるためには、自然をこれ以上減らすことはできません。逆に増やしていく必要があります。これがネイチャーポジティブが世界目標になった理由です。そしてネイチャーポジティブなビジネスは、大都市に人口が集中して持続可能性が低くなってしまった現状を改善し、人口を再び各地に分散させ、持続可能で質の高い生活を復活させるための大きなチャンスです。地方を中心に多くの企業がこのチャンスに気が付き、ネイチャーポジティブに力を入れることで真の持続可能な未来が実現されることを願っています。

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