特集/ネイチャーポジティブ経済の実現を目指してネイチャーポジティブで社会貢献と企業価値向上を同時に実現

2024年06月17日グローバルネット2024年6月号

株式会社加藤建設(愛知県海部郡) 経営企画室
石濵 謙一(いしはま けんいち)

 今年3月29日、「生物多様性国家戦略」における2030年目標達成のための基本戦略の一つである「ネイチャーポジティブ経済の実現」の重点施策として「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の連名で策定・公表されました。この戦略では、企業や金融機関、消費者の行動を変えて自然を保全する経済に移行するビジョンと道筋、そしてネイチャーポジティブの取り組みが企業にとって、単なるコストアップではなく新たな成長につながるチャンスであることを示し、実践を促しています。
 ネイチャーポジティブ経営の重要性がますます高まる中で、自然資本に立脚した企業価値をいかに評価し生み出すか、そしてどのような対応が企業に求められているのか、考えます。

 

建設業としてできること

私たち建設業は、人々の安心や安全・利便性向上のためにインフラ整備を進めている。高度経済成長期には、ガタガタの道を整備すれば近隣の方々からお礼を言われ、休憩時にはご苦労さまと声が掛かりお茶を頂いたと聞く。まさに社会貢献である。

ただ、今はどうだろうか。巨大地震に備えた防災対策などは一定の理解があるものの、国土開発という名の下に自然を破壊し、スクラップ&ビルドを繰り返した業界と揶揄されることもある。確かに町の中に自然は無くなり、子どもたちが生き物と触れ合うことも無くなってしまったと感じることは多い。建設業は自然に一番近い場所で仕事をしているのは事実、であれば私たち建設業が自然を守りながら工事をしていけばいい。工事をして自然が豊かになったら、また近隣の人々に喜んでもらえるのではないか…。現場の自然に優しいこと(エコ)について語り合う(ミーティング)、そんな思いで「エコミーティング」という活動を2009年から始めた。

エコミーティングとは

考え方はとてもシンプルだ。受注した現場に対し、①自然環境配慮 ②地域住民配慮 ③コミュニティづくりの三つのポイントについて、現場周辺を見て回り、話し合う。

参加メンバーは、現場の担当者はもちろんのこと、社内の営業部門、技術部門、事務部門から15名ほど集まる。ポイントは「出たアイデアは否定しない」こと。将来こうなったらいいよね、そのためには何が必要かな…、参加者が気持ちよく意見することができ、工事現場の未来が語れる場であり、無理なく実施できることを進めていくことが重要と考えている。

とはいえ、すべての工事で実践することは難しい。規模が大きく工期が比較的長い国土交通省の現場や、規模が小さくても自然に配慮する必要があると判断すれば元請け・下請けの区別なく実践するようにしている。

実施内容は以下の通り。特に自然に配慮した活動を列記する。

現地生態調査:まずは、現場の生態調査を実施する。水路があれば水生生物の調査、草地があれば植生調査、昆虫調査を行う。その他、鳥類調査も行う。調査結果報告書をまとめ発注者や元請けに報告しつつ、環境掲示板を設置し地域に周知している。

保護・防除活動:保護や防除の対象が確認された場合、許可取得後に保護・防除活動を実施する。水路の場合、工事区間内を対象に捕獲作業を行い、在来種は保護して同水系に放流、外来種は陸揚げするなどして防除を行う。植物の場合は移植したり、目印を付けて注意喚起するなどして保護を行う。近年活発な活動は外来生物法で規制されている特定外来生物の防除で、工事の特記仕様書に記載されていることも多く、発見された場合は手順に沿って防除活動を進めることが多い。また、このような保護・防除活動については弊社が下請けで請け負っている場合は元請け会社と一緒に活動するなどしてエコミーティングの普及啓発に努めている。具体的な事例としては、道路工事の対象箇所である休耕田に国指定の絶滅危惧種であるナゴヤダルマガエルが多数生息しているとのことで、元請け立ち合いの下、調査を実施し確認。保護計画を検討し、元請け会社と一緒に実施したところ、約700匹を捕獲。周辺の田んぼに分散して放流することで絶滅のリスクを回避した。

自然の保護・創出:工事では樹木を伐採する場合も多いが、調査を実施し地域の生態系ネットワークとのつながりがあるような場合、伐採を回避するよう提案することもある。具体的な事例としては、廃棄物処理場工事の際、エノキの巨木の伐採計画があったが、周辺調査の結果、現場のエノキの周辺に公園と同じ樹木の芽生えが多数確認されたこと、またエノキが昆虫や鳥類にとって有用な樹木であることなどを確認。地域の生態系ネットワークの拠点の一つになっていると説明し、伐採を回避した。

自然を守るために必要なこと

ここで必要なことは、本質を見極めるにはある程度の知識が不可欠ということである。弊社では社員に対し2011年から(公財)日本生態系協会のビオトープ管理士という資格取得を推進。ビオトープ管理士とは、計画と施工の二つの部門があり、建設業には親和性が高い。そこに生態学、ビオトープ論、環境法規の知識も学べることから、エコミーティングを実践する上では必要不可欠と考えた。

当時の社長から、合格者には合格一時金と半年に一度自己研さんのレポートの提出で手当をつける制度を設けた。社員のモチベーションアップにつなげ、有資格者の増加と環境意識の向上を目指したのである。2024年4月現在グループ会社含め205名が資格を保有し、環境活動推進に寄与している。

本物の活動とするために

このエコミーティングは、最初から順風満帆なわけではない。活動の開始当初、翌年の2010年に地元の名古屋市で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されたものの、世間的にも今のような環境配慮の意識はまだまだ低かった。また建設業界といえば、当時は公共工事の国家予算が年々減少傾向にある時代。「コンクリートから人へ」という言葉と共に建設業界は苦しい時期であった。工事現場では、少しでも無駄をそぎ、利益を出そうと必死に努力していた。エコミーティングのような環境活動は、その流れとは逆行する形で経費もかかるため、なかなか理解されなかっただろう。

そんな中、私たちのエコミーティングは「本物」なのかを第三者に判断してもらおうと「愛知環境賞2012」に応募した。愛知環境賞とは、愛知の優れた環境技術や環境活動を表彰し、情報発信する目的で創設されたものである。結果は銀賞を受賞、商品や技術などではなく環境活動での銀賞受賞は初ということで賞賛を頂いた。その後も、「環境人づくり企業大賞2016」と「生物多様性アクション大賞2017」にて環境大臣賞を連続受賞。さまざまな社外の評価を得たことで環境配慮企業としての認知度が向上、併せて社内の認知度や理解度も向上し、エコミーティングの推進が軌道に乗ったと感じている。

更なる活動の広がりと効果

エコミーティングが軌道に乗り、次のステップとして取り組んだことが、自然を創出するための自社ビオトープの造成とその活用である。2018年、本社近くにある現場の資材置き場として使用していた場所(約1,000坪)に草地エリア、森林エリア、水辺エリアを造成した。水は隣の佐屋川からくみ上げ、浄化施設(微生物処理)を通して水辺エリアに流入、その後佐屋川に戻している。植物については、地域の潜在植生を調査し植栽した。

年数がたつにつれビオトープも成熟し、さまざまな生き物が確認されている。現在では社員の環境教育の場としての活用の他、地元地域の小学生に対するSDGsの課外授業の実施や地域の自然観察会のイベント会場として活用している。

その他、名古屋市のイベント「環境デーなごや」で工事現場で捕獲した生き物を紹介したり、なごや環境大学の講座で地域の自然を紹介したりするなどの活動も行っている。

また、最近では環境志向の学生も多く、環境系の学科からの入社数が増えている。建設業界は担い手不足が問題視されているが、土木系学生が年々少なくなる中、環境配慮企業のイメージは企業ブランディングとして担い手不足の解消に寄与するのではと感じている。

最後に

2023年3月に閣議決定した生物多様性国家戦略2023-2030において2030年までにネイチャーポジティブを達成するという目標が掲げられた。待ったなしである。

自然に一番近いところで事業を行っている建設業界は、「自然を守る最後のとりでである」と考える。また、将来的には「地球を守る憧れの職業」になり得ることを期待して今後も活動を継続したい。

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