どうなる? これからの世界の食料と農業第18回 備蓄米の放出と農政改革の方向性~生産・流通基盤弱体化の恐れ
2025年06月16日グローバルネット2025年6月号
宇都宮大学農学部助教
NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)
コメの価格高騰と不足が続いている。5月中旬、江藤拓・前農水大臣の「コメは買ったことがない」発言に批判が殺到し、江藤氏は更迭され、新しく小泉進次郎氏が新大臣に就任した。コメ価格は物価高騰対策の象徴として一気に参院選前の政治課題となり局面が大きく展開している。今回は、小泉農水大臣(以下、小泉大臣)就任をきっかけに急展開する農業政策改革の方向性を備蓄米放出の課題を入口に紹介していく。
農水省は、5月下旬、備蓄米放出の新方式を発表した。備蓄米制度は元々、平成のコメ騒動をきっかけに始まり、1月に運用方法を見直し、3月から放出が始まり4月にかけて31万トンが放出されてきた。コメの消費が減少し、生産基盤とともに流通基盤も弱体化してきた中で、備蓄米の出回りが遅れ、世論から批判が相次いだ。江藤氏の発言は、備蓄米がなかなか購入できない状況が続く中で消費者の感情を逆なでし、野党からの批判も重なりコメをめぐる失言により大臣が辞任する緊急事態となったのである。
●小泉大臣就任後の政策の変化
始めに小泉大臣就任後の政策の変化を見ていこう。就任後第一に政策内容が変更されたのは、備蓄米の放出方法である。第4回目の備蓄米放出は、国有財産売り渡しの基本方法である一般競争入札から特例措置である随意契約に切り替えられ大きな議論を呼んでいる。議論のポイントは、まず契約条件に年間1万トン以上のコメが扱える大手小売業者に対象を絞った点、そして輸送費を国が負担し、これまでの備蓄米の入札条件であった「国が入札した業者から買い戻す」というルールも設定しなかった点だ。
前者の条件の問題は、備蓄米の出回りが大手小売業者に偏り、中小業者が買いたくても買えない状況になることだ。そもそも随意契約は公平性と透明性の担保が課題となる契約方法である。変更後の放出では店頭に並べるスピードを重視し、コメの正規ルートであるコメを集める集荷業者とコメ卸を介さずに直接小売りに販売されることになった。放出の上限を30万トンとし、さらに価格をこれまでの半額で放出することで小売の店頭価格で5キロ2,000円での販売を目指すという。
●中小のコメ屋には備蓄米が出回らない
後者の条件の問題は、これまで入札した業者が不利になるという点だ。実際、先に高価格のコメを仕入れたコメ卸業者からは、これまで仕入れたコメが売れにくくなると不安の声が聞こえてくる。また中小の小売店からは、1万トンのコメの取り扱いがないため、仕入れられないと嘆きの声も出ている。小泉大臣の就任前に開催予定だった4回目の放出においては、地方のコメ屋や中小の小売店向けの優先枠が設定されていた。その設定の理由には、コメ屋や中小の小売店そして地方で備蓄米が出回らず、コメ価格が高止まりする一つの要因となっていたことがあった。しかし今回の随意契約では優先枠は設定されても上限があり、また年間10トン以上のコメの取り扱いがある店舗に限定されたため、大手小売店が優位となる内容となってしまった。流通現場の格差が生まれることは必至の状況であり、その点も大きな課題となっている。
また、地方に輸送する際の費用を国が負担するのであれば、これまでの放出分についても円滑化のための支援をすべきといえる。そもそも備蓄米の出回りの遅れには、コメ生産基盤だけでなく流通基盤の弱体化もあるからだ。そこでは1~3回目の放出分の円滑化と買い戻し条件の撤廃も同時に目指されるべきである。放出済みのコメは2024年産と2023年産である一方で、今回放出される備蓄米は2022年産と2021年産で品質が劣り家庭向けにどこまで売れるのかという課題もある。
●5キロ2,000円というフレーズの虚像と実像
小泉大臣は30万トンという量もさることながら需要があれば備蓄米を全て放出すると発言している点も問題である。なぜなら備蓄米は、災害や10年に一度の不作そして有事のための制度だからだ。一時的に市場価格を下げるために利用してはもちろん駄目なのである。今回の放出は明らかな参院選前の選挙対策としてのコメのバラまきである一方で、今後のコメ需給を混乱させる内容となっている点も問題である。
これまでの放出では、10万トンずつ放出し市場や流通への影響を見ながら修正されてきたが、今回一気に低価格のコメが放出されることでコメ生産と流通への影響も心配される。「5キロ2,000円」というフレーズの実像は、コメ生産者に不安を与えている。その価格は、コメを再生産できる価格ではないからである。コメ価格高騰の背景には、コメ生産において必要な肥料やエネルギーそして農業機械といった生産コストの上昇もあった。一時期の市場価格を下げるためのショック療法的な備蓄米の放出は、そうした生産現場と食卓との乖離をさらに広げる可能性もある。
●秋には需給が逆転して過剰在庫の恐れ
実際のコメの流通と民間在庫の不足分は30万トン台とされる。また、今秋に収穫予定の新米のコメ収穫量が昨年比で40万トン増える見通しが出る中で、秋以降の過剰在庫と価格低下によるコメ農家の生産基盤への打撃が心配される。今年6月の在庫も適正水準を超える見通しだ。備蓄米の量は、30万トン追加放出すれば、残りは30万トン台となる。また今年は備蓄しないため来年度には10万トン台まで減る可能性もあり、在庫に限りがある状況だ。小泉大臣の備蓄米改革は日本の食料安全保障の根幹を揺らす問題も孕んでいるのである。
小泉大臣と石破首相は、農業政策のさらなる転換についても言及し始めている。そこでは現代の減反といわれるコメの生産調整を廃止し、コメ生産の大規模化を標榜している。コメ生産の大規模化は、戦後継続して取り組まれてきたが中山間地の多い日本では広がっていない。コメ作付面積における15ha以上という大規模なコメ農家の割合は全体の約3割であり、小中規模のコメ農家が日本のコメ生産の屋台骨を支えているのが現状である。さらに大規模農家が口をそろえて言うのが、地域の小中規模の農家がいないとコメ生産が継続できないということだ。なぜなら農地や水路の維持・保全のために毎年多くの作業が必要で大規模になるとそうした作業に参加しにくくなるからだ。必要なのは多様な規模のコメ農家が生産を継続できるような政策なのである。
実際、全国のコメ作付面積においては、作付面積5ha未満のコメ農家が約半分を占める。同規模のコメ農家の農業所得は、恒常的に赤字で作られている。コメ価格は、昨年までは数十年低米価が続いてきていたため昨年からの高騰でようやく一服したというのが現状である。コメ価格が高騰した昨年もコメ農家の廃業が相次いでいる。現在のコメ農家の数は約71万戸で、20年前に比べると6割減ってしまっている(図)。これ以上減ると2030年代には、国内のコメ需要分の供給ができない可能性も指摘されている状況だ。

図 出典: 日本農業新聞2025 年5 月24 日12 頁
[読み解く食農データ]水田の半分は“赤字” 問われる適正価格
一方、消費者は価格高騰でコメが買えない状況に陥っており、主食のコメ消費の格差が生まれている。必要なのは、多様なコメ農家が継続できるための政策支援に加えて、食べ手が安心してコメを買い続けることができる対策である。そこでは欧州で導入されているような農家への直接支払いという政策によりコメの国内供給と価格を安定させ、コメの生産と消費の双方が継続できる対策が求められるといえるだろう。
