どうなる? これからの世界の食料と農業第19回 「猫の目農政」による現場の混乱~「改革」の中身を検証する

2025年08月13日グローバルネット2025年8月号

宇都宮大学農学部助教
NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)

小泉進次郎農林水産大臣(以下、小泉農相)は、就任後次々と農業政策の変更を行っている。その変更は政策や制度の評価を行わず前のめりで展開していることが多く、コメ生産や流通現場に混乱をもたらしている。最大の問題は、改革のイメージが先行し政策の中身の検証なしにメディアで報じられている点だ。そこでは備蓄米の安さのイメージが先行し、備蓄米放出後の政策変更を手放しで評価する傾向も見られる。今回は、備蓄米政策以外の主要な政策変更の中身と課題を紹介していく。

●政策変更その一:コメ販売の取引方式

図 概算金とコメの主要な流通経路
(日本経済新聞2024年8月31日から抜粋)

一つ目の政策変更は、コメ販売の取引方式についてである。小泉農相は6月、農家からコメを取引する主要な団体である農協に対して、これまでのコメの販売取引の主要な形であった委託販売(概算金方式)から買い取り販売への突然の変更を要請した。一部の農協からは反発の声が広がり、すでに農家との契約を始めている農協もあるため現場を混乱させている。

概算金(仮渡し金)という委託販売の方式は、年に一度しか収穫できないコメを年間通じて安定して売っていく仕組みだ()。この仕組みにおいては、農協が農家から販売委託を受けたコメを卸と年間の取引数量を決めて契約し、固定の価格でなく上限と下限の価格を設定する。最初に農協が農家にコメの市場動向や卸への販売価格を踏まえてコメを農家から受け取る際に概算金(仮渡し金)を払い、その後の販売状況によって追加払いが行われる。2024年産のコメは価格の高騰が続いたため追加払い額が多くなった。この方式は、商慣行において大手小売りや流通が力を有する中でその力関係を調整する協同組合の本来的な役割を具現化したものでもある。

一方で買い取り販売は、農家が出荷する際に支払われるため収入が確定し経営が見通しやすいという農家の声もある。委託販売は最終の精算まで約1年かかるためだ。ただし買い取り販売は、農家にとっては安値で買いたたかれる心配がある一方で、農協にとっては在庫リスクとなる可能性もある。令和のコメ騒動では、2024年産のコメの収穫後に価格が高騰し、夏にかけて価格が高止まりしてきたが、買い取り販売の場合農家は恩恵を受けられなかったともいえる。また2025年度はコメ価格が高く推移している中で新米の流通が始まるため、買い取り販売が増えるとコメ価格が高止まりする可能性もある。

いずれにせよ双方の販売方式には長所と短所があり、農水省が一方的に決めるべきではないというのがポイントだ。小泉農相は、2025年産から買い取り販売に移行すべきと要請するが、現場では委託販売で準備しているため今年からの変更は困難であるというのが実際のところであり、今後は農家がどちらかの販売方式を選ぶことになる見通しだ。

しかし根本的な問題は、現場の実状から離れて一方的にトップダウンで制度変更を求める小泉農相の言動そのものだ。現在の委託販売の取引量は約9割であるため全てを買い取り販売に変更すれば、現場だけでなくコメ生産や価格が混乱するのは必至の状況だ。農水省は、販売取引の実態を精査して制度変更を要請すべきといえるのである。

●政策変更その二:作況指数の廃止

二つ目の政策変更は、1950年代から続いてきた作況指数の廃止だ。作況指数は、過去30年間の収量の推移を基に平年収量を算出し、例えばその年の収量が平年数量と同量であれば作況指数は100として公表されてきた。気候変動やコメ生産を取り巻く環境の変化を理由に6月中旬に突然廃止が発表された。農水省は作況指数の代替として気象データや人口知能を活用して収穫量調査の精度向上を目指すという。

突然の廃止発表に対して農業関係者からは、双方の調査方法を併用して検証が必要という声が出ている。両調査方法のメリットとデメリットがあることが想像されるからだ。しかしここでも小泉農相就任後の政策変更の悪い特徴が見られる。その大きな特徴は、現場の声を聞かないばかりか政策や制度の評価を行わずに変更してそれを改革としている点である。混乱は生産現場だけでなく、政策決定の現場にも広がっており、農水省の内部でも批判の声が出ていると聞く。

作況指数廃止の影響は、流通現場にも及びそうだ。というのもコメの流通業者は、作況指数を参照してコメの需給予測と価格の予測を立ててきたからだ。作況指数は、その年のコメ売買の目安として機能してきたといえるのだ。

小泉農相は、同指数の廃止を表明したが、実際は統計を担当する総務省に廃止を申請し、審議会で議論した後に総務省が廃止するか否かを決定することになる。同指数は、総務省が重要な統計として指定する基幹統計に当たるためだ。

作況指数の廃止は、行政改革の流れの中で考える必要もある。というのも主食のコメを含む作物の収穫量調査を担当してきた農水省の農林統計職員が行政改革の中で大幅に削減されてきたからだ。人口知能等の導入は、さらにその職員数を減らすことになる。またその調査の正確性への疑問も残る。主食の収穫量調査には、ヒトがしっかり関わり人口知能や技術を調整する必要があるからだ。

●政策変更その三:輸入米の前倒し輸入

三つ目の政策変更は、輸入米の前倒し輸入だ。輸入米はこれまで国産米に影響を与えないように例年12月頃から輸入されてきた。しかし今年は小泉農相肝いりで3ヵ月前倒しでの輸入を決めた。6月に2回の入札が行われ合計約6万トンが落札され9月下旬から輸入米が流通する予定だ。農相は、全体の流通量を増やすためと説明するが、国産米より安価であるため9月から流通が始まる国産の新米への影響が心配される状況だ。また主食用のコメの輸入は、年間最大10万トンと上限がある中で、9月末にその約6割が輸入されることになる。今後のコメ輸入拡大の布石ともいえる政策変更であり注意が必要だ。特に米国からコメ輸入拡大が求められている状況であり、今後の関税交渉で輸入量の枠が拡大される可能性もある。

そもそも輸入米は、国産米の需給に影響を与えないようにこれまでは輸入米と同量の国産米を政府が買い上げ影響の回避が行われてきた。これはコメの輸入自由化受け入れの際に決められた対応だ。小泉農相はそうした経緯を無視しているが、国内のコメ生産基盤を弱体化させる、問題ある政策変更といえる。

●本当の課題と論点を知ることが必要

以上、小泉農相就任後のコメ政策変化の中身の検証を行ってきた。そこから見えてきたのは、主食のコメの生産基盤、そして食料安全保障への影響である。それぞれの論点をまとめると一つ目のコメの販売取引方式の変更は、委託販売が果たしてきた価格変動リスクの緩衝機能が消え、コメ価格の乱高下が起きる可能性がある。そうなればコメ農家と食卓の双方に影響が及ぶことになる。二つ目の作況指数の廃止は、コメの需給と価格予測が立てにくくなることでコメ売買の取引が不安定化する可能性がある。三つ目の輸入米の前倒し輸入は、国内のコメ生産基盤を揺るがし、食卓への影響が起きる可能性がある。全ての論点に共通するポイントは、そうした政策変更が小泉農相の劇場型政治により中身の検証のないままポジティブな改革として捉えられている点だ。必要なのはそれぞれの政策課題の中身を農業の現場や食卓の問題として考え、本当の政策と論点を知ることといえるだろう。

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