日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第22回 ブランド化と観光連携を進める開拓者魂―北海道・歯舞

2019年01月18日グローバルネット2019年1月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

前回の知床から南へ、根室海峡沿いに根室半島を目指した。途中で日本最大の砂嘴さしである野付のつけ半島(全長26km)の先端まで足を伸ばした。さらに汽水湖の風蓮湖のそばを通り過ぎた。湿地が多く荒涼とした風景が地の果てにいることを感じさせた。愛する人と来るはずだった旅を歌う、風蓮湖と同名の歌謡曲のイメージが重なる。やがて根室市内に入り、納沙布岬の手前にある歯舞漁港に着いた。

●ミズダコに活路求める

早速漁港の風景を撮影しようとするが、悪天候で横

荒天の歯舞漁港

殴りの雨がカメラのレンズを濡らしてしまう。車の窓を少し開けて何とか撮影完了、その足で歯舞漁業協同組合を訪れた。周辺海域はサケ、マス、サンマ、ウニ、昆布など豊かな漁業資源に恵まれ、漁協はそれらのブランド化に力を入れていることで知られる。

面会した事業部部長の照井謙吾さんは、商標登録した「金だこ」から説明を始めた。2016年のロシア水域サケ・マス流し網漁禁止による漁獲減を補うため、以前は主力として扱っていなかったミズダコに着目した。禁漁に伴う補助金を利用して活魚水槽を導入できたのも後押しになった。漁協の歯舞タコかご部会では、北海道内の先進地視察や船の上や市場での品質管理の技術を確認し、仲買人などの意見も反映させた。

タコ漁は、タコに傷をつけないように、空釣り縄漁法(はえ縄状に付けた掛け針でタコを引っ掛ける)でなく、かご漁法による。捕らえたタコは漁船のいけすに1日置いて食べた餌を排出させてから活魚水槽に移し、その後買い受け人が入札する。活ダコとして生かしたままで出荷し、主に関東圏の飲食店で使われる。年間の扱い量は120tほどになる。

ミズダコの大きさは12~15㎏で、中には20㎏を超す大物もある。知床・羅臼の魚市場でも目撃したが、瀬戸内海のマダコを見慣れている筆者には巨大ダコだ。

タコは水温4℃の水槽で仮死状態となり、1週間ほどで加工業者を通じて出荷する。漁獲してそのまま出荷するせんダコが平均1㎏当たり400円程度なのに対して600円程度と高くなる。出荷時期を調整できるので漁業経営の安定につながる。

この他にも漁協のブランドには鮮度とうまさが自慢の「一本立ち歯舞さんま」もある。他地域の「ブランドさんま」の先駆けとなるものだ。

次に案内してもらったのは、漁協の直販所。歯舞の昆布を使った数々の製品が並んでいる。昆布産地として知られる歯舞で水揚げされる昆布は3種類。一番量が多いのが「なが昆布」で名前の通り長さ6~15mにもなる。つくだ煮、昆布巻き、煮物などの加工原料として出荷されている。採取時期は7~8月がなが昆布、9月があつば昆布、10月が猫足昆布となる。

貝殻島周辺で採取される「棹前昆布さおまえこんぶ」は軟らかく、煮上がりが早く昆布として人気がある。通常は7月から棹を使って採取が始まるが、それより「前」の時期に採取するので「棹前」となる。

意外だったのは、北海道の昆布と筆者の住む広島県のつながり。江戸時代の北前船で大阪に運んだ昆布ロードの途中にある。歯舞漁協は毎年大口取引先がある富山や大阪などを訪問しており、昆布加工業者の集まる広島市や尾道市も含まれている。

直販所にずらりと並ぶのは、キッコーマンと共同開発して1990年に販売開始した「はぼまい昆布しょうゆ」。歯舞産の天然昆布を使った人気のロングセラーだ。

直販所に並ぶ「はぼまい昆布しょうゆ」

●マリンビジョンが契機に

こうした歯舞ブランド確立への積極的な取り組みには大きなきっかけがあった。北海道の地域振興策「北海道マリンビジョン21」で2007年、「根室地域歯舞地区」がモデル地区に指定されたことだ。水産業だけでなく納沙布岬観光と連携した地域の活性化を目指すことになった。中心になっているのは根室地域歯舞地区マリンビジョン協議会(会長・小倉啓一歯舞漁協組合長)で、次々に新たな試みをスタートさせた。

翌年から始まったパノラマクルーズ事業もその一つ。11月から4月末まで、漁協所有の指導船「第 15 はぼまい丸」で歯舞漁港を出て本土最東端の納沙布岬を遊覧する。北方領土の貝殻島などを間近に望む約2時間のコースでは、厳寒の北洋でオジロワシやゼニガタアザラシなどの生き物、流氷などを見ることができる。

こうした取り組みは、第1回北海道マリンビジョン21コンテスト(2008年)で総合部門優勝である北海道開発局長賞を受けた。

その後現在に至るまでの積極的な取り組みは開拓者のようだ。歯舞産昆布の普及や料理などをPRする「歯舞こんぶ祭り」のほか、納沙布岬を訪れる観光バスに漁協に立ち寄ってもらう働き掛けをしている。観光客に魚市場での水揚げや競りを見学してもらい、軟らかい結び昆布煮も試食してもらう。12~13mのなが昆布の実物を見て「なるほど」と納得してもらえれば、直販所の製品を買ってもらえることになる。

年に数回の職員食堂の一般開放、漁民家での民泊受け入れ(中学生から大学生まで)もある。魚を捕っているだけの漁業から、ブランド化や観光と結び付いた経営戦略はぶれずに根付いているようだ。照井さんは「海外からの観光客、とくに欧米の人は食事や泊まる場所はあまり気にせず、バードウォッチングや文化に関心を持ち、地元の人々と接しながら長期滞在したいようです」と、本物志向の観光を意識している。

漁協は、市場などを含む施設全体を2021年までに新しくする計画だ。衛生管理流通拠点とし、1階の直売所や2階の職員食堂を一般観光客などに開放するとともに、地域住民も集う場所にし、道の駅のような機能を持たせることを検討している。

●北方領土返還願う人々

照井さんに周辺の「見ておくべき場所」を教えてもらって漁協を後にし、納沙布岬へ。望郷の岬公園に北方館を訪ねた。7月上旬というのに気温は8℃、風速12m。低気圧の通過で暴風雨の中を傘がまったく役立たずとなり、アーチ状の大きなモニュメント「四島のかけ橋」の下まで行くのがやっと。北方領土は肉眼で見ることができず、資料館の中で波乱の歴史を学んだ。

展示を見ながら「たとえ何代かかっても取り戻す」と北方領土に向かって叫ぶ老女と息子、孫の銅像を思い出した。歯舞に来る途中の道の駅にあった「四島への道~叫び」と名付けられた像だ。人々の返還を切望する思いの深さを感じさせた。

望郷の岬公園近くには、ヲンネモトチャシ跡もあった。「チャシ」は、近世にアイヌが築造したもので、壕を巡らせた砦のようなもの。ここを含む24ヵ所が国指定史跡「根室半島チャシ群」として「日本100名城」に選定されている。

岬を巡り終えると、アイヌや北方領土といった戦いの痕跡、多彩な自然などの光景が一気によみがえってきた。過去から現在に至る時の流れが凝縮されたような迫力。手元にある「地域資源を活かした『食』『漁業』『自然』を体験しよう」と漁民泊へ誘う歯舞漁協のチラシが、いつまでも旅人の好奇心をくすぐる。

納沙布岬の「四島のかけ橋」

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