特集/シンポジウム報告 社会的共通資本と持続可能な社会・経済・環境~確かな未来を創る座標軸(その1)確かな未来を創る座標軸~持続可能な社会を実現するための金融とは

2018年03月30日グローバルネット2018年3月号

国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI) 特別顧問
末吉 竹二郎さん

 21 世紀金融行動原則(事務局・当財団)と環境省主催のシンポジウム「社会的共通資本と持続可能な社会・経済・環境~確かな未来を創る座標軸」が1 月31 日、東京・霞が関で開かれました。
 持続可能な社会を築くために再び注目されている故・宇沢弘文氏(文化勲章受章、シカゴ大、東大教授等歴任)の提唱した社会的共通資本の考え方をひも解くため、宇沢氏の長女の占部まりさん、東大名誉教授の神野直彦・日本社会事業大学学長、金融行動原則の起草にあたった末吉竹二郎・国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)特別顧問が基調講演。続いて「まちづくり、ひとづくり、くにづくりー新たな成長に向けた視点を探る」と題してジャーナリストの池上彰氏の進行でパネルディスカッシヨンが行われました。本号と次号の2 回にわたって内容を特集します。
(2018年1月31日、東京都内にて)

パリ協定とSDGsが21世紀の金融の目指す座標軸

私が手伝っている国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)が2003年の10月、アジアで初めてラウンドテーブル会議を東京で開きました。その時の基調講演を宇沢先生にお願いしました。先生からはレールム・ノヴァルムの副題となった「社会主義の弊害と資本主義の幻想」というお話をいただきました。当時、その意味がよくわからなくて、環境と金融の会議なのになんでこんな話をするのだろうと思いましたけれど、14年後にこういうつながりがあるとは大変感慨深いものを感じています。

2015年、もう2年前になりますが、世界はこの地球社会、われわれの将来、確かな未来として、持続可能な社会を選んだと思います。その持続可能な社会をつくるためにSDGs(国連持続可能な開発目標)と1.5~2.0℃の目標を掲げるパリ協定が誕生しました。このSDGsとパリ協定こそがわれわれが目指す持続可能な社会の実現・建設のための座標軸になったのです。21世紀の金融が目指すべきは、そのパリ協定とSDGsを二つの座標軸にしながら持続可能な社会の実現を支援することになります。これを「持続可能な金融」と呼ぶとすれば、それこそわれわれが目指すべきものだと思っています。

世界の最大の危機は気候変動問題です。17年の地球の平均気温は観測史上2番目に暑かったそうです。エルニーニョの影響を除くと、おそらく最も暑かった年ではないかといわれています。パリ協定では、今世紀中の地球の平均気温の上昇を2℃以内に抑えようとしています。もうすでに1.1℃あるいは1.2℃上がっているそうですから、2℃まで残りは非常に少なくなっています。北半球が異常気象に見舞われていますが、私が心配しているのは北極の状況です。北極では海氷の面積が年を経るごとに小さくなり、去年の12月は観測史上2番目に小さくなっています。こういうことは取り返しのつかない変化です。

アメリカ海洋大気局の発表では、去年1年間、アメリカで起きた気象・気候関連の自然災害の被害額はなんと3,000億ドルを超したといわれています。円で30兆円を超える被害が出ています。かなりの部分が温暖化による被害の拡大ではないでしょうか。困っているビジネスは損害保険会社です。世界では去年1年間で15兆円程度の自然災害(含む地震)の損害保険の支払いが発生しています。

訴訟大国アメリカでは、温暖化対策を取り始めているニューヨーク、カリフォルニア、ロサンゼルス、サンフランシスコといった自治体が石油会社を相手取って訴訟を起こしています。二酸化炭素(CO2)を大量に排出する産業や企業は第二のたばこ産業になる恐れが大きいだろうと思います。

急速に進む脱化石エネルギー、自然エネルギーに主役交代

気候変動を考える前に重要なことが、エネルギーをどうするかです。世界で今、非常に大きな変化が始まっています。昨年11月、イギリスとカナダが主導して始めた石炭火力発電所を全廃するという国家間の連合体(Powering Past Coal Alliance)は「現存する伝統的火力発電所を全廃する」としており、イギリスは2025年までに全廃するとしています。

ビジネスへのダメージが起き始めています。例えばドイツのシーメンス社はメルケル首相の原発廃止方針によって原発部門をやめ、代わりに風力発電で今、世界のトップ3の一つにまでなっています。そのシーメンスが火力発電所用のタービンのビジネスでは苦境に陥っている。昨年11月、約7千人の人員削減をすると報道されました。その際の同社の役員は「火力発電事業の不振について、予想できなかった規模とスピードによる破壊が始まった」と言っています。アメリカのGE社も電力事業部門は不振に陥っています。気候変動問題の要求するエネルギーの見直しは、現実のビジネスを非常に早いスピードで壊し始めていることをしっかりと認識すべきではないでしょうか。

化石燃料が駄目だということで着実に主役交代が進んでいる。デンマークは国全体の消費電力のなんと4割以上を自然エネルギーで賄っており、ドイツでは昨年で36%が自然エネルギーになったそうです。今朝見たニュースではヨーロッパ全体で自然エネルギーは3割を超え、エネルギーマーケットの主役であった石炭を初めて抜いたそうです。石炭から自然エネルギーへ主役の交代が現実になって、これは今後も続くと思います。なぜなら、自然エネルギー部門に対するニューマネーの投入の勢いが衰えないからです。2017年1年間で約35兆円(約3,300億ドル)ものお金が入って、設備もできて、発電能力も現実のものになっています。

自動車業界のEV(電気自動車)シフトはものすごいスピードで進んでいます。2015年10月にトヨタ自動車が「環境チャレンジ2050」を発表しました。2050年ごろにはすべてにわたってCO2排出ゼロを目指し、ガソリンエンジンだけで走る車は消えるだろうと宣言しました。去年の6月からヨーロッパを中心にEVシフトのニュースが毎日入ってくるようになりました。イギリスとフランスは2040年を目標にしています。パリ協定が要求するゼロエミッションが決まったら、その実現のために世界各国が前倒しで競争を始めている。とくに自動車産業では非常に顕著です。

昨年、世界最大クラスの物流会社のドイツポスト・DHLを訪ねました。配達用に大量の車と飛行機を動かしていますから、必然的にCO2を大量に出しています。

DHLは「ミッション2050:ゼロエミッション」に取り組むと言っています。社の内外にメッセージを送ってその方向にみんなを引っ張っていく時代が始まっているのです。同社は電気自動車を作っている会社を買収して内製化し、すでに4千台の電気自動車を配達用に走らせているそうです。

世銀がオイルとガスに関わる企業への融資をストップ

さて、このような大きな変化の中で金融はどうなるのか。CO2が金融の変化を促す、CO2本位の金融、といったことが始まっていると思います。去年の12月、パリ協定が生まれて2年を記念して、パリで「ワンプラネットサミット」という気候変動サミットが開かれました。このサミットの最大のテーマは金融でした。

そこで世界銀行は驚くべき発表をしました。2019年以降、石油と天然ガスの探査・採掘への融資をやめるというのです。世銀は石炭からは手を引いていますが、これから世界の人口が増えて、経済が大きくなって、エネルギー需要が増す時代が当面続くと思われるのに、石油・天然ガスに金をつけないと世銀が言い始めました。私は非常に驚きを持って受け止めています。世界、とくに途上国にとって重要な働きをしている世界銀行がオイルとガスにグッバイと言い始めました。大きな変化の象徴だと受け止めています。

CO2本位の金融が始まっている

世界的に有名なフランスの保険会社・AXAが、石炭やオイルサンドからの新規事業の損害保険の申し出は断ると言い始めました。損害保険会社が保険の申し出を断るのは初めてではないでしょうか。AXAは石炭関連事業への投資を引き揚げています。投資を引き揚げている会社から、損害保険に入りたいと言われても、ビジネスだから別建てで考えます、とはいかない。一貫性がないから、投資をしないのならビジネス関係も切るというのです。損害保険がつかなければ、いかなる新規事業、新しい家を作るのも、新しい車を買う経済行為もできないのではないでしょうか。

2015年4月、G20の要請を受けて気候変動関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)というスタディグループが立ち上がりました。金融と企業の間で気候変動に関するリスクと機会の情報を財務情報としてやり取りすることで企業の行動を変えるとしたら、どうすればいいかという議論が始まっています。これが現実になると、おそらく金融の取引判断、とくに与信判断に大きな変化が出てくると思います。これまでは財務情報でしか物事を考えていなかった金融が、気候変動リスクを財務情報として取り入れて、それも加味した上で資金を出すか出さないかを考える、判断する。おそらく、伝統的審査文化が大きく転換をしていく。そういう時代が間もなく始まるのではないでしょうか。

イギリスの中央銀行が昨年6月、自らの管理下にある銀行のローンポートフォリオを財務だけで見るのではなくて、CO2の視点からグッドアセットかバッドアセットかを見るスタディを始めると言いました。日本で言えば、金融庁、あるいは日本銀行が各銀行の資産を見るとき、お宅のローンはCO2をたくさん出す先か、それとも減らそうとしている所に貸しているのか、そういったことを聞きますよということです。銀行を見る目が大きく転換していくということです。

私の関わっているUNEP FIは、2030年までにSDGs実現のためには95兆ドルが必要だと試算しています。これは95兆ドルの投資チャンスが生まれますよという話です。その投資チャンスを誰が手にするのかという話です。すでにINGやHSBCといった欧州の銀行は、SDGsを自分の業務の中にフルに取り入れて、SDGsに対する金融をどうしようかという作業を始めています。ですから、CO2のゼロエミッションだけではなく、SDGsが求める社会的課題の解決が、金融機関を大きく動かし始めている状況です。

アメリカで進む会計基準の見直し、フィナンシャルよりサステナビリティ

今始まっているさまざまな制度の見直しの中で、最後のとどめを刺すのが、アメリカで進んでいる企業会計基準の見直しです。米サステナビリティ会計基準審議会(SASB)と呼ばれるNGOの活動で、元ニューヨーク市長のブルームバーグ氏が会長を務めています。Sはサステナビリティです。これまではFASB、Fはフィナンシャルですけれども、Fではなく、S、つまりサステナビリティで企業会計基準を作っていこうと5年くらいかけて作業を進めてきましたが、今年いよいよ完成するそうです。これが実際に採用になっていくと、多くの企業がESG(環境、社会、ガバナンス)あるいはサステナビリティをベースにした情報開示を迫られます。近い将来、米証券取引委員会(SEC)がこの基準を取り入れると公的なSASBになっていきます。そうなると誰も逃げることができません。アメリカの上場企業は日本企業も含めSASBによる情報開示が義務となります。これは、企業にとって非常に重要な変化ではないでしょうか。

こういった状況から金融をどう考えるか。グリーン金融、環境金融の歴史の中でやはり一番大きな変化をもたらしたのは責任投資原則(PRI)だったと思います。PRIの一番重要な役割は、それまでESGを考慮することは違法、イリーガルという受け止め方をリーガルに真逆に転換したことだと思います。ファンドマネージャーにとってESGを取り入れることが合法だという読み替えが非常に大きかったと思います。

お金のことをお金だけで考える時代は終わって、お金のことをお金以外で考える時代が始まったのです。最近では、受託者責任について長期的な価値に影響を与えるものを取り込まないことが違反なのだという積極的な解釈になっています。気候変動にしろSDGsの抱える地球的な規模の問題にしろ、短期間では物事は解決しません。非常に長期の視点を持って問題解決に取り組まなければいけない。それに対して、金融は非常に短い視点しか持っていない。日本の銀行は今よりももっと長期的な先を見た視点を持って金融ビジネスを考えていただきたいと思います。

先のお二方のお話にもありますように、金融界も社会の一員です。そうだとすれば、金融こそもっと社会的問題に目を向けるべきである。イギリスのジョン・ケイが書いた『金融に未来はあるか:ウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実』(ダイヤモンド社)という本が去年出版されました。英語の原題は『Other People’s Money』です。つまり、金融の皆さんが扱うお金は皆さんのポケットマネーではないということ。よそ様、第三者のお金ではないでしょうか。そのお金を金融がどう扱うのか、そこが問われていると思います。

当然、金融は社会の中でも非常に重要な役割を担っています。ですから、その役割を認識すればするほど、日本の転換、とくに脱炭素へ向かう日本をどうやって引っ張っていくのか、そのリーダーシップが非常に問われるのではないでしょうか。

金融人の思いが詰まった「21世紀金融行動原則」

最後になりましたが、このシンポジウムは21世紀金融行動原則の主催です。私はこの原則(囲み)を作る起草委員会の座長をさせていただきました。原則の巻頭に私からのメッセージが載っています。この原則は金融界の皆さまが自分の手で、自分の頭で、自分の心で作った原則です。環境省が作って「これでやりなさい」と言ったものではなく、自前で作った原則です。だからこそ、作った側の責任を持って、金融人はこの原則を本当に実行、実現していただきたいです。この原則は皆さんの原則です。本日は企業の方々もたくさんいらっしゃると思いますが、金融人はそういう思いでこの原則を作っている。そういった金融と取引するということで、金融と企業が手に手を取って、ぜひ日本の金融を持続可能なものにしていただきたい。そうなれば、こんなうれしいことはありません。

持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則(21世紀金融行動原則)とは?  
持続可能な社会の形成のために必要な責任と役割を果たしたいと考える金融機関の行動指針として、およそ1年にわたる起草委員会(座長:末吉竹二郎氏)における議論によって2011年10月にまとめられた。署名金融機関は、自らの業務内容を踏まえ可能な限り7つの原則に基づく取組みを実践するとしている。業態、規模、地域などに制約されることなく、協働する出発点と位置付けられていることも特徴の一つ。  2018年2月末現在、256機関が署名しており、5つの業態別及びテーマ別のワーキンググループ(運用・証券・投資銀行業務、保険業務、預金・貸出・リース業務、環境不動産、持続可能な地域支援)を中心に活動をしている。詳しくは21世紀金融行動原則のWEBサイトをご覧ください。

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