つなげよう支えよう森里川海―持続可能な新しい国づくりを目指す第10回 自然資本の持続的活用と森里川海の連携

2018年03月30日グローバルネット2018年3月号

京都大学農学研究科 生物資源経済学専攻 教授
栗山 浩一(くりやま こういち)

自然資本とは

近年、森林、河川、湖沼、農地、海洋などの自然環境を「自然資本」として認識し、企業経営の基盤を構成する資本の一つとして位置付ける取り組みが世界的に広まっている。自然資本とは、自然の恵みを生み出す自然環境のことである。

自然資本は工場や機械などの人工資本に対比するものである。たとえば、工場からは製品が生産され、その製品の売り上げにより企業は毎年利益を得る。工場の生産性を適切に評価し、必要に応じて最新設備を投資することで利益を高めることができるが、適切に投資を行わなければ工場の設備が老朽化し、利益を得ることが難しくなる。

同様に、森林・河川・湖沼・農地・海洋などの「自然資本」からは木材、水資源、水産資源、農作物などさまざまな生態系サービスが得られる。自然環境の資産価値を適切に評価し、必要に応じて自然環境の保全に投資することで、生態系サービスの利益を高めることができる。しかし、投資を行わずに自然環境の浪費を続けると自然環境が質的に劣化し、生態系サービスの利益を得ることが難しくなる。

このように、自然の恵みを生み出す源泉として自然環境を位置付けるのが自然資本の概念である。自然資本は企業経営の基盤を構成するものであり、自然資本を持続的に活用するためには、適切に投資を行って自然環境を守ることが不可欠なのである。

自然資本と農林水産業

多くの自然資本は農林水産業と密接な関係にある。日本の森林面積の約4割は人工林であり、これまでは林業活動によって人工林の維持管理が行われてきた。森林は人工林であっても適切に管理されていれば水源保全や土砂災害防止などの自然の恵みを提供することができる。しかし、木材価格が長期的に低迷し、林業労働者の高齢化が深刻化する中で、林業活動だけで森林を維持管理することが困難となっている。

一方、農地は、農作物を生産するだけではなく、美しい農村景観を提供し、野鳥や昆虫類の生息環境を提供している。近年、安全な農作物や生物多様性に配慮した農作物に対する関心が高まっており、農薬や化学肥料の使用を減らした環境保全型農業も進められている。しかし、農村の過疎化・高齢化が深刻化し、農業経営だけで農地の生態系サービスを維持することが困難となっている。

このように、国内では農林水産業が自然資本の維持管理で重要な役割を担ってきたが、今日では農林水産業によって自然資本を維持管理することは困難な状況にある。

自然資本と都市

都市においても自然資本への対応が求められている。2015年9月に国連持続可能な開発サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には「持続可能な開発目標(SDGs)」が記載された。SDGsは持続可能な社会を実現するための2016年から2030年までの国際目標であり、17の目標と169のターゲットにより構成されている。SDGsの目標の多くは環境関連のものであり、とりわけ目標6(水・衛生)、目標13(気候変動)、目標14(海洋資源)、目標15(陸上資源)は自然資本との関連性が高い目標である()。

SDGsが登場したことで多くの企業はSDGsへの対応が迫られている。だが、自然資本に関連する目標に対しては、企業が単独で目標を達成することは容易ではない。

たとえば、水資源を利用する企業は、排水対策を求められると同時に上流域の水源に対しても保全への貢献が求められるだろう。工場内の排水対策は企業が単独で実施できるが、上流域の水源対策は上流の農山村と連携しなければ実施は困難である。同様に海洋資源に対しては水産業との連携が不可欠であり、陸域生態系に対しては農村などの地域社会との連携が不可欠である。

都市と農山漁村の連携

自然資本に対する社会の関心が高まる中で、自然資本を維持管理してきた農林水産業は、過疎化・高齢化により維持管理が困難となっている。一方、都市では自然資本への対応が求められているが、都市域には自然地域は少なく、都市だけで自然資本を守ることは難しい。

そこで、都市の農山漁村が連携し、協力して自然資本を守ることが必要となっている。企業や都市住民が農山漁村の自然資本を守るためにボランティアとして活躍する機会が増えている。たとえば、森林づくり活動を実施している団体は3,000を超えている。多くの企業がCSR(企業の社会的責任)活動の一環として、森林づくり活動を行っており、過去10年間で実施箇所は3倍に広がっている。

また、これまで都市住民や企業は自然の恵みを無償で得てきたが、都市住民や企業は自然の恵みの対価を支払うべきだとの受益者負担の考え方も普及しつつある。自然の恵みに対して受益者が対価を支払う制度は、生態系サービスに対する支払制度(PES)と呼ばれており、海外では自然資本を支える制度として注目を集めている。国内では37府県で森林環境税が導入されており、多くの住民が森林整備の費用を負担している。現在、国税でも森林環境税について議論が進んでおり、国民全体で自然資本を資金面で支える制度の構築が検討されている。ただし、森林環境税は資金面で自然資本の整備を支えるだけであり、森里川海の連携の観点から見ると十分な制度とはいえないだろう。

今後の課題

自然資本を守るためには都市と農山漁村の連携が不可欠である。このため、いくつかの地域では森里川海の連携が進められている。だが、森里川海が連携するだけで自然資本が守られるわけではない。連携すること自体がゴールであってはならない。むしろ、連携することは自然資本をめぐる議論のスタート地点とみなすべきだ。自然資本をどのように守り、どのように活用すべきなのか。そのためには都市と農山漁村はそれぞれどのような役割を果たすべきなのか。こうした自然資本に対する議論が森里川海で議論されてこそ、自然資本が有効活用され、自然資本の価値を将来世代に残すことができるだろう。

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