USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情第17回 米環境保護庁新体制下の環境政策

2018年09月18日グローバルネット2018年9月号

FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ

7月上旬、スコット・プルーイット環境保護庁(EPA)長官が退任した。同氏は産業界とのつながりが強く、前職のオクラホマ州司法長官時代から環境規制緩和を求めて度々EPAを起訴するなど同庁と敵対する関係にあった。就任後も産業界に有利な環境政策を優先し、規制緩和に尽力したが、前政権の規制撤廃に固執するあまり調整や熟慮を欠いた方策が多かった。同庁職員とのあつれきもあったと見られ、オフィス内に機密会話用の防音ブースを設置したり不自然な行動が目立ち、内部告発も多かった。今年に入ってからは、エネルギーロビイストとの癒着や公費の私用・乱用、秘書への優遇措置など非倫理的な行為が次々と明るみに出、議員からも退任要請が出ていた。数ヵ月にわたる攻防の末、同氏は「類を見ない執拗な個人攻撃により多大な損失を被った」ことを理由に辞任した。

後任には、副長官のアンドリュー・ウィーラー氏が暫定長官に就いた。同氏は、ブッシュ(父)政権時にEPA有害物質汚染防止局の特別補佐官を務めた後、上院環境・公共事業委員会の事務局長や石炭産業のロビイストなどを経て、昨年EPA副長官に就任した。エネルギー産業界や共和党議員とのつながりが深く、規制緩和の方向性はプルーイット氏と同様と見られるが、自身のスケジュール公開やメディア取材に応じるなど、前任者と異なる公人らしい姿勢が見受けられる。また連邦環境政策業務の経験が豊富で政策遂行の手法に通じていることから、より現実的かつ巧みに規制緩和策を実行することが予想される。

初業務は石炭産業の規制緩和

就任直後、同氏は石炭燃料の火力発電所から排出される石炭灰の規制緩和策を実施した。米国で発生する石炭灰は、半分程度がセメント原料としてリサイクルされるが、残りは敷地内のため池などに廃棄されており、近隣水域に流出する事故が度々起こっている。そのため、2015年に石炭灰処分地の検査監督強化と漏えい防止に関する規制が制定された。しかし、石炭事業者らが規制緩和を求めて現政権にロビイングを行い、今年3月にEPAが緩和方針を発表した。その後行われたパブリックコメントや公聴会では近隣住民らから反意の声が上がったが、ウィーラー氏は緩和策の一部最終化を敢行した。15年規制では漏えい防止未処理もしくは水域に近い処分地は19年春に運営が停止されることになっていたが、新規制では20年秋へと一年半延期された。また、処分地の監査権限はEPAだけでなく州にも認められた。3月方針では他にも多くの緩和策が提案されたが、それらは別途最終化されることになっている。

特定企業の便益は認めず

就任早々規制緩和に向けて始動したが、プルーイット氏が退任直前に課した強硬な規制緩和策を差し戻し、前任者との違いを見せている。米国では、排ガス規制の対象とならない古いエンジンを再利用して新車躯体に搭載した「グライダー」と呼ばれるトラックがある。車のパーツディーラーなどが排ガス規制の抜け穴を狙って生産しているもので、価格は安いが、すすなど有害物質が通常のトラックの数十倍排出される。税金など排ガス以外のさまざまな規制も対象外となるため、小規模な運送会社や個人営業のトラック運転手からの需要が多く、近年生産台数が急増していた。そのため、前政権時にグライダーの生産量を1社につき300台までとする規制が制定され、今年1月に施行予定となっていた。

これに対し、流通しているグライダーの大半を生産するテネシー州の企業が撤廃を求めてロビイングを行い、EPAは昨年11月に規制撤廃方針を発表した。その際、グライダーの排ガス量は通常のトラックと同等とするテネシー州立技術大学による調査データが添付されたが、調査費用は当のグライダー生産企業が提供していた上、同社所有の土地に同大学の研究センターが建設されることになっていたことが後日判明した。同大学はその後、調査方法や正確性に疑問があるとし、内部調査が完了するまで調査結果の利用を保留するようEPAに要請している。

11月方針に対し、排ガス規制を順守している大手トラックメーカーや運輸会社、排ガスによる健康影響を懸念する全米肺協会などが異議を唱えたが、プルーイット氏の退任当日、EPAはさらなる査定が必要として19年末への施行延期を発表した。これに対し、気候変動対策を促進する18州と環境団体が即時差し戻しか暫定差し止めを要求。連邦控訴裁に対してもEPA方針の審査と暫定差し止めを申し立て、翌日に控訴裁が延期の暫定差し止めを認めた。これを受け、ウィーラー氏率いるEPAは延期の差し戻しを発表し、規制は予定通り施行されることになった。同氏は、今後も法改正に向けて進めると意志表明したものの、施行延期は極めて異例な措置であり、他に施策がなく公共の便益となる場合にのみ発行されるものとし、当件はこれに該当しないと述べた。施行延期を乱発した前任者に対し、その特異性を指摘したことは、同局が新体制下で常道に戻ってきたことの表れと見られる。

有害物質規制の抜け穴

しかしながら、国民の健康より産業界の便益を優先する姿勢は変わらず、巧妙に法の抜け穴を作り上げる手腕も発揮している。発がん性物質の石綿はすでに多くの国で使用が禁止されているが、米国ではいまだに限定的な使用が認められている。EPAは1970年代から段階的に石綿の使用や流通を禁止し、89年の有害物質規制法でほぼ全面禁止となったが、化学メーカーらが起訴し、91年の連邦控訴裁の判決で覆った。その後数十年にわたる攻防の末、2016年に改正法案が可決。石綿を含む数百の有害物質の安全性をEPAが審査し、規制・禁止することになった。ところが現政権はこの改正法を巧みに利用し、産業界に有利な規制案を6月に発表した。同案では、すでに環境中に蓄積されている汚染物質の影響は審査の対象外とされており、石綿において審査・認可が必要となるのは15件の主要用途における新規の利用に限定された。ウィーラー氏はこれを規制強化だと主張しているが、規定されていない新たな用途で使用・輸入される場合は審査が不要となり、法の抜け穴となり得る。米国はこれまでブラジルから石綿を輸入していたが、昨年同国が採掘や販売を禁止したため、今後は最大産国ロシアからの輸入が予想され、大統領選でのロシアの介入に関する調査が進む中、規制の妥当性に懐疑の目が向けられている。

発電所排出規制の代替案

8月には、国内発電所の二酸化炭素排出規制クリーンパワープラン(CPP)の代替案が発表された。「安価なクリーンエネルギー規制」と名付けられた新案は、発電所の効率化により二酸化炭素排出削減を目指すもので、CPPで規定された各州の排出量規制が撤廃され、州が独自に削減目標を策定できる。計画策定や審査期限はCPPより大幅に延び、その間排出規制は課されない。新案どおりに効率化が実現すれば排出量削減率は30年までに05年比で33~34%(CPPは32%)と予測されているが、市況により現時点で同年比25~28%減とCPP目標を上回っているためと見られる。新案はCPPと比べて年4億ドルのコスト削減になる一方、発電所の延命により微小粒子状物質の排出量が増えるため、早死にやぜんそくなどの疾患が増加するとされている。新案どおりに州が効率化を行えば気候変動対策として一定の効果はあるだろうが、厳しい連邦規制がない中で排出量の多い州が自主的に高い削減目標を掲げるとは考え難い。健康への影響も大きいため、環境団体や気候変動対策に積極的な州はより厳しい規制を求めている。新案は今後パブリックコメントなどを経て最終化されるが、内容により係争が予想される。

プルーイット氏の起用は、政権支持者に対するパフォーマンスとしてある程度の効果はあったと見られるが、政策実現において大きな障害であった。現政権が続く限り環境規制が緩和に向かうことは免れないが、新体制下のEPAではより常識的かつ規制強化派にとって手ごわい形で政策が進行することになると見られる。

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