環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第36回【最終回】
人と湖沼の共生を目指して~国立環境研究所の研究と貢献

2018年12月17日グローバルネット2018年12月号

地球・人間環境フォーラム
萩原 富司(はぎわら とみじ)

第17回世界湖沼会議(いばらき霞ヶ浦2018)が、10月15~19日に茨城県つくば市のつくば国際会議場で開催されました。世界湖沼会議は、1984年に滋賀県の提唱により開かれ、その後世界各地で2年ごとに開催されている国際会議です。会議には、研究者だけでなく行政担当者、企業、市民などさまざまな分野の参加者が集まり、世界の湖沼で起こっている多種多様な環境問題について意見交換を行い、世界に向けて湖沼保全のための宣言を発信しています。

私たちは湖沼生態系から食料や水の供給などの生態系サービスを享受しています。しかし、開発行為や気候変動等により湖沼の生物多様性は急激に失われつつあることから、今回の会議では、「人と湖沼の共生 ―持続可能な生態系サービスを目指して―」をテーマに、人と湖沼がともに生きていくための方策が議論されました。

霞ヶ浦は茨城県民に対して多くの生態系サービスを供給しており、会議では、流域関係者等によって持続可能な生態系サービスの利用に向けた取り組みについて討議が交わされました。つくば市にある国立環境研究所(NIES)は霞ヶ浦の近傍に位置し、1974年の設立当初から、水質、底質、水利、生物等多方面から霞ヶ浦の研究を行い、成果を蓄積しています。会議では、NIESから多くの研究者が参加し、基調講演、分科会において発表を行いました。ここではNIESによる湖沼研究の貢献を取り上げます。

●霞ヶ浦のトレンドモニタリング

NIESでは、1977年から霞ヶ浦モニタリング体制が整い、国内でも例を見ない約40年にわたるデータが蓄積されています。NIES地域環境研究センター(湖沼・河川環境研究室)の小松一弘氏は2000年代以降に焦点を絞り、近年の霞ヶ浦における水質変化について講演しました。

霞ヶ浦では2009年にアオコの発生日数が20日を超え問題となり、2011年には13年ぶりに大発生しました。アオコの腐敗による悪臭問題等、事態が深刻化し、アオコの回収作業が行われました。アオコ発生の原因の一つとして2007年以降、霞ヶ浦では急激な透明度上昇による、光環境の改善が挙げられます。また2009年以降、アンモニア性窒素濃度の急激な上昇が見られ、2009年7月には、湖の中心部でモニタリング開始以来、最大の濃度(455μg/L)を観測しました。時を同じくして底泥間隙水ていでいかんげきすい(堆積物中の土粒子間を満たしている水)中の溶存有機物と栄養塩類(アンモニア性窒素とリン酸態リン)の濃度が増加しており、底泥中の微生物分解活性の高まりが、底泥からの栄養塩類の溶出を促し、アオコの大発生を起こしたと考えられます。

底泥からの栄養塩類の溶出は、霞ヶ浦のように水深が浅いほど水中の濃度に影響を及ぼします。底泥内の物質の移動まで考慮した詳細な観測を長期間継続したことで、アオコ発生のメカニズムが解明されました。霞ヶ浦でのアオコの発生抑制のためには、新たな窒素やリンの流入防止や浚渫(グラブやポンプを使って湖底の栄養塩類に富んだ土砂を除去する工事)等、底泥からの栄養塩類溶出の防止策が重要となるでしょう。

●日本の湖沼における生態系サービスの劣化

NIESで生物多様性評価を長年行ってきた高村典子氏(生物・生態系環境研究センター琵琶湖分室)は、招待講演として日本の湖沼における生物多様性評価の現状と将来について講演しました。わが国の40以上の湖沼の淡水魚と水生維管束植物(種子植物とシダ植物を含む植物群)のデータを解析した結果、淡水魚と水生維管束植物の種数は過去(1900年代)に比べて現在(2000年以降)は淡水魚が28%、水生維管束植物は31%消失しました。その原因は、淡水魚の場合、魚食性外来魚(水塊生態系の食物連鎖の頂点に位置し、下位の雑食性・草食性在来魚類を捕食する)、維管束植物の場合、湖沼の富栄養化と中国原産の淡水魚で環境省が「要注意外来生物」に指定しているソウギョの侵入によるものでした。

また、わが国の23の湖沼の年間漁獲量、努力量、漁獲効率を1950年代までさかのぼって解析した結果、単位努力量当たりの漁獲量はほとんどの湖沼で減少しており、その減少と不安定要因が魚食性外来魚の侵入であることがわかりました。

富栄養化が進み、多くの魚食性外来魚の侵入を許してしまった霞ヶ浦では、ほとんどの水生植物群落が失われ、在来魚種の漁獲量も激減している状況です。生態系サービスの劣化要因が明らかになった今、富栄養化対策と、外来魚の駆除と侵入防止が強く望まれます。

●淡水魚類相の定量調査

本会議の結びとしてまとめられた「いばらき霞ヶ浦宣言2018」の一節に「生態系サービスを次世代に引き継ぐこと」が挙げられ、「会議において得られた知見、技術を駆使し、湖沼や流域の環境や生物相(特定の環境に生息する生物種すべてをまとめたリスト)などのモニタリングデータを蓄積し、解析することで、自然資本減少の原因を明らかにし、回復に努める必要がある」と記されています。しかし、淡水魚の生物相が、科学的にモニタリングされたデータはほとんどありません。断続的な生物相データや、漁獲データは存在しますが、生物相データは継続性の面で問題があり、漁獲データは、漁師がその時々の経済的視点から種とサイズを選択したデータであり、正確な生物相を反映していません。以前、フナ類はとても貴重なタンパク源でしたが、現在では嗜好の変化で捕れたとしても売れないため漁獲統計に残りません。

そんな中、国内初の継続的な定量的魚類生物相の調査が始まっています。NIES 生物・生態系環境研究センターの野原精一氏(生態系機能評価研究室)と松崎慎一郎氏(生物多様性資源保全研究推進室)は、2005 年より霞ヶ浦の同じ場所、同じ時間内に、同じ漁法で採集された魚種すべてについて定量調査(単位努力量当たりの漁獲量)を開始し、現在も霞ヶ浦モニタリングの一環として継続しています(写真)。この方法で得られたデータは、場所や時間が違っても相互比較が可能となりました。

 

霞ヶ浦の魚類の定量調査。採集されたすべての魚類は種ごとに仕分けられ、個体数と重量が計測される。

松崎氏らは、2000 年前後に急増した外来魚チャネルキャットフィッシュ(アメリカナマズ)が、霞ヶ浦の在来生態系を変化させ、経済的に価値のある魚種にまで影響を与えていることを明らかにしました。

このように、生態系サービスの変化を把握し、湖沼保全に必要なデータが蓄積されています。

●NIES研究成果と今後の貢献

霞ヶ浦は、上水、農業用水、工業用水、漁業、レクリエーションなどを通じて周辺の人々に生態系サービスを提供しています。しかしその環境は、周辺住民の産業・生活スタイルの変化、開発行為、気候変動の影響を受けて劣化しており、約40年に及ぶ霞ヶ浦モニタリングデータは、生態系サービスの劣化に関わる影響因子との因果関係を解き明かしてきました。NIESは、水を採取するだけでそこに生息する魚種がわかる環境DNA調査法、温暖化影響と生態系応答の研究など、さらなる新しい切り口により、霞ヶ浦の持続的生態系サービスの利用に大きく貢献するものと期待されます。

(本連載は今回が最終回となります)

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