特集/脱炭素社会の実現に向けた社会づくりとは~「1.5度特別報告書」を受けて考える~和風スマートシティの実現を目指して

2018年12月17日グローバルネット2018年12月号

国立環境研究所地球環境研究センター 主席研究員
Global Carbon Project つくば国際オフィス 代表
山形 与志樹(やまがた よしき)

今年10月、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第48回総会において「1.5度特別報告書」が承認され、公表されました。報告書では、1.5℃の気温上昇であっても厳しい悪影響があると指摘していますが、同時に温暖化を1.5℃に抑えることはまだ可能であることも示しています。そのためには、二酸化炭素排出量の正味ゼロ排出の達成という野心的な緊急対策が必要となり、それは社会のあらゆる側面において、かつてない規模でのシステム転換や社会の変革、ライフスタイルの大きな変化が必要であることを意味します。 本特集では、現在進められている研究や提言を紹介し、今後日本が1.5℃目標の達成に向けた道筋をどのように描いていくべきか、考えてみます。

 

近年、地球温暖化対策の視点から都市構造・都市システムを見直すことが差し迫った課題となっています。本稿では、情報通信技術(ICT)やビッグデータを活用して都市を分析し、住みやすく環境負荷の少ないスマートシティの実現を目指す「都市システム・デザイン」の研究を紹介します。

都市システムのデザイン

都市を変えるためには、新しいコンセプトのデザインが重要です。日本では、都市の土地が細分化され、至る所に小さく古いビルが乱立する景観がありふれたものとなっています。このような土地利用は景観や居住環境に問題があるだけでなく、エネルギー効率や安全性にも問題が指摘されています。土地所有者が協力し、街区レベルでより良いデザインに合意することができれば、経済的にも価値が向上し、環境負荷も大幅に低減できる可能性があります。さらに、地域全体でまちづくりを進めれば、日本人が本来持っている美意識に合った美しい街並みを再構築することができます。そのためには、建築物だけでなく交通や人の動きなども考慮した持続可能で魅力的なデザインを提示し、合意形成を図ることが求められます。

海外では、ICTを活用したスマートシティ開発プロジェクトの先進事例がいくつか登場しています。例えば、スペインでは、欧州連合(EU)の支援を受けて「スマートサンタンデールプロジェクト」でIoT(Internet of Things: モノのインターネット)プラットフォームを導入した都市システムがデザインされ、Googleなどもカナダのトロントでのプロジェクトを開始しています。今後のスマートシティ開発では、自動運転車などのスマートモビリティと、シェアリングエコノミーとを組み合わせた都市デザインがますます重要になっています。

そこで私たちは、「和風スマートシティ」というコンセプトのデザインに関する研究に取り組み始めました。日本では、スマートシティというとICT技術を駆使した環境エネルギー性能の高いまちづくりというイメージで捉えられることが多いのですが、それに加えて本来の日本らしい「和風」の景観や人々のつながりを維持あるいは再生させる視点を含めた都市システムのデザインを考えています。幸い、東京近辺にも昔ながらの地域のよさが多く残されており、例えば埼玉県の川越、都内の北品川、谷根千地区(谷中・根津・千駄木)の通りは、若い人たちの注目を集めていますが、IoTを活用して、お年寄りや海外からの観光客も含めた多様な人々が滞在し、歩いて楽しく過ごせるような快適かつ持続可能な「通り」をデザインできるかが、今後の大きな挑戦と考えられます。

緩和に向けて:個別の建築物・道路単位の3次元CO2マッピング

2015年に採択された気候変動に関する国際的枠組み「パリ協定」では、温室効果ガスの削減目標が提示され、また世界の228の都市が2020年までに計454ギガトン/年のCO2削減を誓約するなど、国より詳細な単位でのCO2の管理・削減に向けた動きが加速しつつあります。私たちの研究チームでは、携帯端末によって収集したGPSデータや、病院やオフィスなどの建築物用途別に推計されたエネルギー消費量原単位などを用いながら、地理情報システムの上で統合解析し、CO2排出量の時空間変動について3次元での可視化を行っています()。

東京スカイツリー周辺の交通および建築物からのCO2 排出量の時間変化

CO2マッピングを行うことで、各排出源の相対的な影響力の把握、効果的な政策の立案、政策の効果検証、ホットスポットや想定外の大きな排出(例えば、事故渋滞に伴う排出)の早期発見などが可能になります。マッピングにあたり、建築物と道路に関する基礎情報、活動量、排出原単位を収集し、建築物・道路別、時間別といった時空間的解像度の高いデータを収集することで、CO2排出量の時空間変動を推計しました。可視化したことで、国や市区町村といった政策担当者のスケールではなく、市民が把握できるスケールでのCO2排出量削減行動を喚起し、促すことも可能となります。こうしたIoTによる省エネ化は、パリ協定の目標実現の切り札として期待されます。

適応に向けて:航空機観測などを活用した熱波モニタリング

一方、熱中症の死者数は国内外で近年急増しており、熱波対策が急務となっています。研究チームでは、時々刻々と変化する熱波状況を詳細にモニタリングするための試みとして、①東京スカイツリーからの熱画像観測、②航空機からの熱画像観測を融合した熱波状況の推定を行っています。①は24時間の連続観測ですが、斜方観測であり正確な緯度経度は得られていません。一方、②は鉛直観測であり正確な緯度経度が把握可能ですが、観測は1時点のみしか得られていません。研究では、①と②を組み合わせて、24時間・空間詳細な地表面温度を把握することを試みました。その結果、午前の急激な地表面温度の上昇や午後の緩やかな温度低下、道路、屋根、壁面の温度変化パターンの違いなど、地表面温度の時空間変化パターンを24時間にわたって推計することができました。

こうした観測に基づく解析の他に、ハザード(気温、気温上昇など)、曝露(人の空間分布状況など)、脆弱性(人々の状態)といった各種の暑熱リスク状況をリアルタイムに把握する上で、ツイッターを対象にして情報を収集した位置情報(ジオタグ)付きツイートを収集し、解析も行っています。研究チームでは、ツイートの熱波モニタリングへの有用性検証の第一歩として、「暑い」の類語を含むツイートである“heat-tweet”と気温との関係を分析しています。それにより、気温とheat-tweet頻度との相関はそれほど強くないが、気温変化とheat-tweet頻度との相関は強いこと、気温が急激に上昇した場合にheat-tweetが急増することなど、いくつかの興味深い結果が得られています。さらに今後は、熱波モニタリングの結果と、人の位置情報(GPS)データを組み合わせて、熱中症などの暑熱リスクを低減するスマート・ナビゲーションシステムの研究に取り組んでいます。

現在、これらの研究をさらに発展する形で、京都での和風スマートシティづくりにも役立てるプロジェクトを企画・提案中です。なお、本研究の成果の一般向けの紹介はこちらからダウンロードが可能です。

タグ: