特集/気候変動にいかに適応するか~各分野で進む適応策~建築分野の脱炭素化の推進における俯瞰的視点と統合的取組

2019年01月18日グローバルネット2019年1月号

(一財)建築環境・省エネルギー機構理事長
村上 周三(むらかみ しゅうぞう)

2018年12月1日、気候変動適応法が施行されました。地球温暖化によるさまざまな分野への影響を回避・軽減するために、国、地方自治体、事業者、国民など多様な関係者が連携・協力して適応策に取り組んでいくことが、法的に位置付けられています。 本特集では、建築分野と農業分野における具体的な適応の取り組みについて、そして日本企業による適応ビジネスについて紹介し、気候変動に対する今後の適応策の在り方について考えます。

 

俯瞰的視点と統合的取り組みの必要性

1.1 俯瞰的視点がなぜ必要か

俯瞰的視点

建物はわれわれに生活基盤、経済基盤を提供するインフラで、その供給・保全を円滑に進めるためには、経済、社会、環境に留意した幅広い俯瞰的視点に基づく政策の実施が必要である。建物に関わる環境政策はその一部を構成している。本稿の主題である脱炭素化対策にしても、それは膨大な費用を要する取り組みであり、環境の側面だけに着目して進められるものではない。

建物の脱炭素化

一方脱炭素化は国家的課題であり、建築分野でもその緊急性は高い。サステナビリティ、レジリエンス、スマートネスなど建物の脱炭素化に関わるパラダイムを踏まえて、住宅を例にして関連する外的要因、内的要因をより具体的にモデル化したものを図1に示す。①は主として国土交通省が、②、③は主として経済産業省が、④は両省に加えて環境省がとくに関心を持って取り組んでいる。多様な要因が関与しているので、個々の対策を効果的に積み上げることが必要で、そのために全体を俯瞰する視点の設定と統合的取り組みが不可欠である。

俯瞰的視点とSDGs

本稿では建築脱炭素化の課題を、具体的省エネ技術などの立場を離れて、なるべく幅広い俯瞰的視点から考察する。そのためのツールとしてSDGs(持続可能な開発目標)の枠組みを活用することが有効である。

1.2 統合的枠組みとしてのSDGsの視点

理念と構成

SDGsは2015年に国連総会で合意された“2030アジェンダ”の中核文書で、地球と人類にとって持続可能な社会の実現を目指す行動規範である。SDGsは17のゴールと169のターゲットから構成される広範な枠組みで、統合的視点から持続可能社会の構築を目指すもので、脱炭素化に関わる多くの課題を含んでいる。

脱炭素化との親和性

地球環境問題対応の脱炭素化とSDGsは、持続可能社会の構築を目指すという意味でルーツは同じである。したがって両者の親和性は高く、SDGsの推進がそのまま脱炭素化につながる取り組みが多い。建築脱炭素化の政策デザインや運動を、SDGsの取り組みと連成させて推進することは効果的であると考える。

統合的推進

SDGsの大きな特徴は、多くのゴール、ターゲットの統合的取り組みを強く推奨している点である。建築脱炭素化に関わる課題は多様で、統合的に考察することの必要性は前述の通りである。そのためには、17のゴールのうち、少なくとも図2の12のゴールについて配慮することが必要であると考える。

本稿ではこれら12のゴールを念頭において、建築の脱炭素化に関わる課題について、俯瞰的視点から考察する。統合的考察の効果として、部分最適でなく全体最適化、トレードオフ問題の分析とその緩和、相乗効果とコベネフィットの活用などを指摘することができる。

俯瞰的考察の事例

2.1 行政の視点

関連省庁

建築の脱炭素化において、関連する省庁は国交省、経産省、環境省等である。建物本体は国交省、設備機器/建材は経産省が主なる担当である。省エネ、省CO2行政は両省の広範な行政の一部を構成している。環境省は、脱炭素化の視点から建築行政に関与している。統合的視点に基づく3省庁の連携による政策の全体最適化と優先順位の見極めが重要である。

3E+S

建築脱炭素化の背景として、国のエネルギー政策の基本としての3E+Sに留意することが必要である。この政策は、Energy Security(安定供給)、Economic Efficiency(経済効率性の向上)、Environment(環境への適合)+Safety(安全性)の頭文字の略称で、エネルギー政策の幅広さを適切に表現しており、同時に統合的政策推進の重要さを体現しているといえる。脱炭素化のみに留意した視線で国のエネルギー政策全体を語ることは困難である。

2.2 エネルギー消費の視点

産業・民生・運輸の3部門

政府レベルで発表するエネルギー消費統計は、産業、民生(家庭と業務)、運輸に分類されている。民生とは、運用段階の建物において消費されるエネルギーを指す。建物建設のために消費されるエネルギーは一般に民生には含まれず、産業部門や運輸部門で計上されている。いわゆる省CO2対策はもっぱら運用段階のエネルギーを対象にすることが多く、運用段階と建設段階の両者を統合的に見て考察する試みは極めて少ない。

用途別消費量

産業・民生・運輸とは別に、冷暖房・給湯・照明・機器などの用途別統計資料も提供されている。用途別消費対策においては、国交、経産、環境など各省の政策が入り交じるので、まさに俯瞰的視点が求められる。需要構造に留意して、効果の上がるメリハリのある省CO2対策を立案することが必要である。この点において、改めて統合的取り組みの重要性が指摘される。需要構造に関する一般社会のパーセプションにはしばしば混乱が見られる。例えば冷房・暖房需要は相対的に大きく認識され、給湯需要は相対的に小さく受け止められていることが多い。

建物で利用されるエネルギー源

建物で消費されるエネルギー源は、電力、ガス、灯油などである。重要なことは、エネルギー供給の上流における市場の動向、建築分野における各種エネルギー利用の今後の動向、技術的イノベーション、ESG投資・SDGs投資の主流化などを正しく把握した上で、エネルギー利用政策を立案することである。

建築分野における電力利用への傾斜は世界共通の傾向である。その意味で建築部門の脱炭素化は、電力の脱炭素化に依存する部分が極めて大きい。電力についてはカーボンフリー電源として、原子力エネルギー供給の停滞を補う形で再生可能エネルギーの開発が進んでいる。とくに住宅においては、FIT(固定価格買取制度)に支援された太陽光発電の進展はZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の実現を支援している。

天然ガスに関しては、メタン等を利用した低炭素化のイノベーションが期待されている。一方石炭利用については、上流から下流に至るダイベストメント(投資撤退)の動きが顕著である。安価な灯油供給には低所得者対策という側面も含まれており、社会政策と環境政策のトレードオフ緩和の配慮が必要である。

重要なことは、3E+Sの枠組みの下に、各種エネルギーの供給、需要面における特徴に配慮してバランスよく利用政策を立案することである。

2.3 新築とストック建築の視点

延べ床面積

新築に比べてストック建築の床面積は圧倒的に大きい。住宅でいえば、新築約90万戸/年に対しストック約5,200万戸である。したがって、当然のことであるがストック建築に対する対策に注力すべきである。ストック建築のエネルギー性能は、その中で使用される設備機器を含め、新築に比べ一般に低いので、対策が実施された場合には大きな効果が期待できる。新築に適用される省エネ対策の効果は、断熱義務化を含め、ストックも含めた全体に占める割合が小さいという意味で速効性に欠ける。

私有財産

建物に関わる多くの行政施策は、新築に対するものである。建物の多くは民間資産である。新たな法令の適用に関して、私有財産はある意味アンタッチャブルであり、強制的な法の執行は困難である。ストック対策の困難さは世界共通であり日本に特有の問題ではない。私有財産といえども、経済的手法や情報的手法による誘導施策は利用可能であり、ユーザーにとって魅力的な施策の提案が期待される。これは設備機器についても同様である。

リプレース

建築分野でストックがとくに課題になるのは、工業製品としての建築の寿命が他の工業製品に比べ長いからである。すなわちリプレースに何十年もかかるので、一度建てた建物は性能が低くても長く供用されることになる。その意味で、性能の高い設備機器への買い替えの誘導は、省CO2政策として合理的である。設備機器はもともと寿命が短いので、製品取り換えに対するアレルギーが少ない。日本人に特有の“もったいない”文化が早めの取り換えのバリアーになることが多く、この面での価値観転換に向けた誘導も必要とされる。

2.4 ライフサイクルの視点

建設と運用

省CO2に関する議論は運用段階の話題に向けられることが多い。運用段階におけるエネルギー消費と建設・改修・廃棄段階におけるエネルギー消費を比較すれば、約3対1程度で前者の方がはるかに多い。運用段階に重点を置くのは、現時点では当然のことである。

LCCM(ライフサイクルカーボンマイナス)

しかし、ZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)、ZEHに代表されるように運用段階のエネルギー消費を削減する運動が進展すれば、相対的に建設段階のエネルギー消費の重要性が増している。運用段階の省CO2技術の新規開発が飽和状態に向かいつつある状況で、改めて建設段階の省CO2に関心を持つべき時期に来ていると考える。LCCM住宅等の提案は、建設、運用、廃棄までのライフサイクルを通して、発生するCO2をマイナスする建築の提案である。この実現のためには当然のことであるが、オンサイトにおける再生可能エネルギーの生産を前提としている。ライフサイクルにわたる省CO2の評価は、建物だけでなく設備機器にも適用されるべきであり、まさに統合的取り組みの出発点であるといえる。

2.5 住まい方の視点

価値観

住まい方は価値観に関わる部分が多い。その意味で、俯瞰的視点から脱炭素化の緊急性を説き、市民の賛同を得ることが重要である。20世紀の過剰なエネルギー消費文明に対する反省も主流化しつつある。ESG投資における非財務的価値重視の考え方は金融分野からの新たな価値観の提案で、環境重視のライフスタイルの進展を支援するものである。

クールビズ等

前述のように、私有財産としてのストック建築の対策には手詰まり感がある。その意味で、いわゆる住まい方改善によるストック建築の省CO2対策は効果的であると考えられる。省エネ型の建物利用や住まい方の取り組みの推進は、環境省などを中心に展開されており、クールビズをはじめとして大きな成果を上げつつある。またオーナー対テナント間のインセンティブスプリット問題の解消など、テナントビルの運用方法に関して改善すべき課題は多い。

知足

日本には伝統的に、“足るを知る”という節約を良しとする優れた伝統文化がある。これを踏まえて省CO2の優れた住まい方を提案し、世界にモデルを示すべきである。

2.6 経済合理性の視点

投資回収

ユーザーにとって、省エネ行動の経済合理性の視点は重要である。理念先行型の我慢の省エネやモラルの省エネだけでは長続きする支持を得ることは難しい。行政施策はこの点に留意すべきであり、この点にこそ俯瞰的視点、統合的取り組みが求められる。

ヨーロッパの住宅の場合、暖房需要がエネルギー消費の大半を占めている。そのため、断熱投資の回収も経済的に見て合理性があり、行政施策としても成功を収めることができた。しかし、日本の住宅では暖房需要が少ないため断熱投資の回収は非常に長期間を必要とし、投資回収が容易ではないという経済的困難に直面する。

コベネフィット

このバリアーを突破する一つのアイデアとして、コベネフィットの活用が指摘される。断熱がもたらす冬季の屋内温度の上昇が健康維持増進をもたらし、これを金額換算して投資回収に組み入れれば、回収期間は大幅に短縮されるという考え方であり、国交省等もこれを支援している。太陽光発電やコージェネレーション(熱電供給)等の自立分散型電源は、災害時のレジリエンス性能の向上という別のコベネフィットを提供する。

省CO2対策におけるコベネフィットの活用は、経済合理性、安全性を改善し、ユーザーに魅力的なメニューを提供することを可能にする。コベネフィットの活用の重要性はIPCCの第5次評価報告書(2014年)やパリ協定においても指摘されていることである。

まとめ 目標実現に向けて

周知のように、パリ協定において日本政府は26%のCO2排出量削減を国際公約している。これに対応して建築分野では40%の削減を求められている。また2050年に向けて、80%削減を目標とするとしており、建築分野に対しては100%の削減が求められると予想されている。

目標実現のためには、多くの対策を統合的に積み上げる必要があり、そのためには膨大な費用が必要とされる。対策費用を調達するためには広く国民の支持が得られる政策の提示が必須であり、その政策は経済・社会・環境に対する俯瞰的視点に基づいた、国民にとって納得感が得られるものでなくてはならない。俯瞰的視点を踏まえて、多くの対策を効果的に積み上げるための視点として以下のような事例が指摘される。

  • ・3E+Sと脱炭素行政
  • ・国土強靭化と気候変動対応
  • ・国際貢献と国連
  • ・経済運営と人口問題
  • ・イノベーションと新技術
  • ・ライフスタイルと価値観  等

これを具体化する一つの方策としてSDGsの枠組みを活用した脱炭素化の取り組みの推進が指摘される。SDGsの統合的取り組みを通して、目標実現に向けた国民各界、各層の理解が得られることを期待している。

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