ホットレポート1社会的包摂の廃棄物管理を目指して~バングラデシュ・クルナ市の事例から~

2019年06月14日グローバルネット2019年6月号

江戸川大学 社会学部 現代社会学科 講師
公益社団法人 日本環境教育フォーラム 客員上席研究員

佐藤 秀樹(さとう ひでき)

●ウエイスト・ピッカーと地域社会

開発途上地域では、ごみを拾って生活している人たちがいる。彼らは、ウエイスト・ピッカー(waste picker)と呼ばれ、ペットボトル、缶、金属等の有価廃棄物を街のごみ集積場や最終処分場で分別・回収し、仲介業者に売り渡すことで生計を立てているインフォーマルセクターである。

彼らは、ごみという劣悪な環境の中での労働を余儀なくされ、社会的な差別も存在する。ウエイスト・ピッカーは、主として経済的な理由でごみの分別・回収を行っているが、その一方でごみの資源循環と環境保全へ貢献している地域の廃棄物管理の重要なアクターであるともいえる。そのため、ウエイスト・ピッカーを社会から排除するのではなく、彼らが地域と連携できる方向性を模索して、社会的包摂の廃棄物管理を目指すことが重要である。これは、国連が定める持続可能な開発目標(SDGs)の目標10「人や国の不平等をなくそう」、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」や目標1「貧困をなくそう」につながる。

公益社団法人日本環境教育フォーラム(以下、JEEF)では、現地NGOのバングラデシュ環境開発協会(以下、BEDS)と協力し、行政、大学、NGO、ウエイスト・ピッカーや地域住民と連携し、彼らの労働環境・生活改善と社会的包摂の廃棄物管理を目指すことを目的とした取り組みを、三井物産環境基金の支援により、2015年10月~2018年9月の3年間にわたりバングラデシュ・クルナ市(首都ダッカから南西方向に位置する人口約150万人、同国で3番目に大きい都市)で実施した。今回は、3年間の主な活動内容とその成果、今後の課題について報告する。

●ウエイスト・ピッカーの労働・生活改善へ向けた取り組みの内容と成果

本事業期間における主な活動内容とその成果は下記のとおりである。

(1)クルナ市役所、クルナ管区の環境局、教育局、クルナ大学、自治会の代表者、BEDSやJEEF等で廃棄物管理委員会が組織された。これにより、クルナ市の廃棄物管理の課題を横断的に取り組むことのできる組織基盤を形成することができた。

(2)40世帯を対象に、ウエイスト・ワーカー協同組合(Waste Workers Cooperative Society)として組織化し、政府の協同組合局に登録した。そして、組合員の事業に対する意識を高めることができた。

(3)協同組合員を対象とし、彼らの労働環境等を改善するための衛生教育の教材(2種類のポスター、フリップカード)の開発とそれを活用した研修会を開催した。ウエイスト・ピッカーの労働・生活環境に対する意識向上に寄与した。

(4)廃棄物管理委員会や学校教員の協力により、ウエイスト・ワーカー協同組合を対象とした識字教育を実施し、彼らの識字能力向上へつなげた。

(5)クルナ市のウエイスト・ピッカーを対象として、適切な廃棄物管理が進んでいるラッシャイ市へのスタディツアーを開催し、市役所、両市のウエイスト・ピッカーや地域の廃棄物管理に関わる意見交換会、ごみ集積場への視察や衛生教育プログラムを実施した。ウエイスト・ピッカーの社会参画の機会の創出や相互学習の場を提供することのできる有効な手段の一つであることが確認できた。

(6)ウエイスト・ピッカーの内容を含めた環境教育教材4種類(フリップカード、カルタ、ボードゲーム、アクションプランシート)の開発や小・中学校40校での普及活動等を行った(写真①)。学校関係者および地域住民はウエイスト・ピッカーの労働環境等についての理解を深めた。

写真① 学校における廃棄物管理教育の実施

(7)ウエイスト・ワーカー協同組合、小中学校や自治会と協働で、街の清掃活動を実施した。廃棄物管理を協働で進める意識を高めることができた。

(8)ウエイスト・ワーカー協同組合が自治会や学校で回収した厚手の古紙を使用して多目的ボックス(ランチボックス等)を作成・販売するための研修会の開催およびパイロット事業を実施した(写真②)。彼らの正式なマーケティングチャンネルの開拓と生計向上へつなげることができた。

写真② ウエイスト・ピッカーによる多目的ボックスの作成

(9)クルナ市内で本事業の活動成果を話し合う廃棄物管理フォーラムを開催した。ウエイスト・ワーカー協同組合等、計140人が参加した。ウエイスト・ピッカーを含む社会的包摂の廃棄物管理の重要性をクルナ市民へアピールすることができた。

(10)廃棄物管理委員会とウエイスト・ワーカー協同組合が中心となり、ウエイスト・ピッカー支援を含むクルナ市の廃棄物管理方針案を作成した。クルナ市役所へ提出することで、今後の市の廃棄物管理改善へ向けた示唆を提供することができた。

●社会的包摂の廃棄物管理へ向けた課題

本事業の実施を通じ、社会全体がウエイスト・ピッカーの差別・偏見を緩和することや市内の廃棄物管理を改善していく環境教育の必要性は、クルナ市内にて十分に伝えることができた。しかし、社会的包摂の廃棄物管理を地域社会へ定着させていくためには、さらなる努力と時間が必要であると実感した。また、ウエイスト・ピッカーの生計・生活の向上を果たす取り組みについても、現行の多目的ボックスの販売だけでは十分でないため、より一層の検討が必要である。

今後は、上記の課題を解決するために、次の取り組みが考えられる。

(1)廃棄物管理委員会がウエイスト・ワーカー協同組合と定期的に会議を行い、彼らがより生計・生活向上を図るための手段を検討する。例えば、ホテル等と連携して、毎日出される使用済みのせっけん等を回収し新しいせっけんを製造する等、社会企業的な取り組み等の検討が必要である。

(2)ウエイスト・ピッカーの各家庭訪問によるごみの分別・回収を市役所や自治会へ提案していくことで、社会的包摂の廃棄物管理を目指す。

(3)廃棄物管理委員会や自治会がウエイスト・ピッカーと連携して、地域の清掃活動や学校での環境教育の授業を行い、ウエイスト・ピッカーが社会との接点を持ち、溶け込んでいけるようにする。

(4)学校の教師および自治会のリーダー等、クルナ市内31地区の廃棄物管理教育指導者を養成する。

(5)クルナ市内での小・中学校で、開発した廃棄物管理教材を活用できるよう教育局等と会議を行い、数年後には開発した教材が市の小・中学校の補助教材として認可してもらえるよう、働き掛ける。

(6)年に一度は、市民を対象とした廃棄物管理フォーラムを開催し、クルナ市内の廃棄物管理関係者を集めてごみ問題の取り組み等に関する情報共有や意見交換・議論をする機会を設ける。

(7)地域社会の廃棄物管理教育が市内のごみ問題解決を図るための重要な分野であることを位置付けてもらうため、市役所が廃棄物管理教育に予算をつけてもらえるよう、働き掛けを行う。

※ 今回の報告内容は、三井物産環境基金の事業レポート等に準じて作成した。

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