ホットレポート2MATAGIプロジェクトの10年を振り返って~下町のなめし技術を世界へ

2019年06月14日グローバルネット2019年6月号

一般社団法人やさしい革代表、山口産業社長
山口 明宏(やまぐち あきひろ)

●全国300ヵ所の産地と交流

野生のイノシシやシカを駆除した後の排出皮を皮革素材にして新たな有効資源とするため、2008年にスタートしたのが「MATAGIプロジェクト」です。2013年には非営利活動法人日本エコツーリズムセンター、一般財団法人地球・人間環境フォーラム、跡見学園女子大学、山口産業株式会社(皮革工場)が実行委員会を組織し、2019年5月現在、300ヵ所を超える産地の皆さんとともに歩む全国規模の取り組みになりました。

この数年はなめし加工依頼も増え、毎年約3,000枚の獣皮をなめし、産地に送り返しています。「頂いた命の皮を最後の1枚まで大切に使い切る」という理念の下に進めてきたことが、事業継続につながったと考えています。

技術的な困難はありませんが、多くのブランドや企業と同じ皮革製品マーケットに参入して付加価値の高い収益事業にすることはたやすいことではありません。しかも皮を剥がす猟師や、その原料皮を活用しようとする地域の方々の活動費も捻出しなければ、いつまでも補助金に頼ることになります。そこで、産地が自立して事業を継続できるよう、次の三つを基本方針として取り組んできました。

●環境にやさしく、地域おこしにもつなげる

①「やさしい革にすること」

当社が代々受け継ぐ、人と自然と環境に配慮した「ラセッテーなめし製法」に限定して皮革素材としています。この製法は、古くから伝わるミモザアカシアの樹皮を精錬して作られる植物タンニンを主成分とし、従来のクロム剤を使用していません。そのため、製品はクロムアレルギーの方にも安全です。当プロジェクトで作られた獣革やその製品は、人にも環境にも「やさしい革」として世界中に発信可能な市場優位性を兼ね備えたものになります。

②「産地に返すこと」

実行委員会では、預かった獣皮を獣革にして産地に返すことで、新たな特産品として素材販売や製品化、クラフト教室などに取り組めるようにしています。これにより、革素材の卸商に支払うべき通常の中間マージンを省くことができます。当社は製造業ですから、なめし加工賃だけで産地に返す、販売利益の無い請負仕事に当初、社内では反対の声もありました。また、一部の革素材卸商からは、「流通に入りたいから産地を紹介するように」「もともと捨てていたのだから安く仕入れられるはず」などの圧力もありました。しかし、産地を主役としたからこそ古い流通やビジネスモデルにとらわれず、「買いたくてもなかなか買えない」ような海外の高級ブランドと同じ産地ブランド戦略も夢ではなくなったのです。

③「つながりを創ること」

獣皮を地元の猟師らが剥いでくれなければプロジェクトは続きません。また、1企業の利益のためのものづくりでは、遠くの消費者の目に留まっても、隣家の人が知らない製品にしかなりません。そのため、産地に返った獣革の活用は、地域住民の協力と共感につながるよう推奨してきました。

●産地と使い手側のマッチングを推進

これまでの取り組みの中で、「革を戻されても素材として誰が買ってくれるかわからない」(獣皮産地から)、「獣革を使いたいが、どの産地が売ってくれるのかわからない」(メーカーやブランドから)などの課題も明らかになりました。

そこで、産地とブランドやデザイナーをつなげるための「レザー・サーカス」というネットワーク事業を開始し、セミナーや展示会、また希望者にはWEBサイト上でも情報を公開して、マッチングができる機会を提供しました。この事業は「東京都2017年世界発信コンペティション」で特別賞を受賞し、多くのブランドを持つ上場企業が参加するなど、マタギプロジェクトの出口支援として広く認識されるようになりました。

産地とブランドやデザイナーをつなげるためのネットワーク事業「レザー・サーカス」のロゴマーク

●動物福祉の観点から「4つの約束」

「レザー・サーカス」によりデザイナーやブランドに獣革が広く認知されるにつれて、また次の課題も生まれました。

  • 製品化したが販路開拓に苦慮している。
  • 他の革製品と比較されて値切られた。
  • 野生動物の傷が原因でデザイナーに製品化は無理と言われた。
  • そこで、今後10年を見据えた以下の新たな取り組みを発表し、実行に移しています。

①「モデル産地計画」

北海道中標津町のエゾシカ皮活用産地と連携して、あえて流通面で革卸商に中間マージンを払って収益化を図る事業モデルの検証をスタートしました。

②「4つの約束」

西欧諸国で法制化も進んでいる動物福祉の観点から、野生のシカやイノシシの命を頂く際の動物のストレスの軽減、獣革が適正な手順で生産・製品化されるよう皮革製品のトレーサビリティの開示、環境への負荷低減、労働環境や人権への配慮、公平公正な取引の実現を目標とする「やさしい革の約束」(詳細はwebサイトをご覧ください)を策定し、2019年4月11日にはメディアや国内大手ブランドなどを集めて「4つの約束」を提起しました。国連の持続可能な開発目標(SDGs)に則して、2030年までに約束の達成を果たすべく活動を開始しました。

●モンゴルに技術移転

当社はMATAGIプロジェクトで得たノウハウを基に、「やさしい革」の製法を国際的なニーズに応える活動にもつなげています。日本の4倍もの広大な国土を持つモンゴル国においては、モンゴル5畜といわれる牛・馬・羊・ヤギ・ラクダの牧畜が盛んです。その中でも羊とヤギはMATAGIプロジェクトでなめしている鹿皮に非常に似た大きさと繊維構造を持っており、3年ほど前から技術提携の話がありました。

2018年に独立行政法人国際協力機構(JICA)の民間連携事業にエントリーをして、ラセッテーなめし技術を現地のタンナー(なめし革業者)に移転する取り組みを開始しました。今年4月18日には現地の農牧省や皮革協会などの立ち合いの下、現地タンナー2社と技術協力に関する覚書(MOU)の署名に至り、いよいよ本格的に技術シェアがスタートします。モンゴルでは水資源が貴重で、なめしの際に使用する水の循環利用が課題ですが、当社の製法であれば多くの牧畜皮のなめしを実施しても、環境負荷の少ない生産活動を実現できます。

●やさしい革を持つことに責任と誇り

このプロジェクトはモンゴルの“MON”と、やさしい革または山口の“Y”を付けて「MONYプロジェクト」と命名しました。野生獣の被害対策が続く限り、最後の1枚まで「皮を革にして産地に返す」活動の継続がMATAGIプロジェクトの最大の使命です。私たちが人として知恵を絞り技術を使って、頂いた命をつなぎ、生かすことが大切です。

人生の折り返し点も過ぎ、もはや次世代への継承も視野に入れた行動が私には必要となってきました。そのために、技術の販売や権利の保護ではなく、「わが社の技術を世界中でまねしてもらえれば、宇宙から見た地球はきっと青いままでいてくれるだろう」「多くの人にやさしい革を持つことに人としての責任と誇りを感じてほしい」と考え、活動を続けていきます。

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