拡大鏡~「持続可能」を求めて第6回 森と土が二酸化炭素を十分に吸う日~「生物圏」を健康に保つ道を考える

2019年08月16日グローバルネット2019年8月号

ジャーナリスト
河野 博子(こうの ひろこ)

私たちが地球温暖化「防止」策を進めようとしていた1990年代、森は二酸化炭素(CO2)を吸収してくれる「頼みの綱」だった。温暖化はいまや「防止」どころか「抑止」も難しい状況となり、対策が急がれる。研究が進み、気温上昇に伴う生態系の反応が複雑で、対策が一筋縄ではいかないこともわかってきた。

森と土の記憶

私にとって、森林や土の記憶は断片でしかない。都会の中でどんどん失われていく森や土の「最後のかけら」にまつわる思い出は、それでも輝いている。

小学高学年を過ごしたのは、東京都中野区にあったコンクリート造4階建ての住宅だった。同じような白く四角い箱型の建物が並ぶ公務員住宅。私たちが住む棟の前にはうっそうとした木々があった。4階くらいまでの高さがある黒々とした木々の下に踏み込むと、ひんやりとした空気が漂い、ひそかに土の臭いがした。高度成長真っただ中に入り、空が汚くなったころのこと。その謎めいた空間は、私にとってオアシスだった。

そこに来る前は、北区赤羽台の団地のはずれの公務員住宅に住んでいた。近くには、「引き込み線」と呼ばれた架線跡があり、木や草が生い茂っていた。ターザンごっこをしたり、バッタを捕まえてつぶしたりして遊んだ。小学校の校庭や裏庭は土。雨が降ると巨大な沼が出現し、私たちは両岸に分かれて石の入った泥を投げ合う「太平洋戦争」に没頭した。その校庭も裏庭もじきにアスファルトに覆われてしまう。

子どものころの土や泥の記憶はとっくに忘れ、アスファルトやコンクリートに固められた街に住んで久しい。新聞記者だった9年前、夕刊の連載を書くため、埼玉県小川町の農家で約1ヵ月暮らした。その後、都内に戻り、自宅に向かう路上で驚いた。えーっ、こんなにアスファルトだらけだったっけ? 土が見えない街の景色に、初めて違和感を覚えた。

CO2の排出を減らす対策の一角に、「緑を増やす」がある。世界各国が協力して発展途上国での森林減少に歯止めをかける方策も、先進国の都市での屋上や壁面緑化の取り組みも、「できるだけ多くCO2を吸収してほしい」という人々の願いとともに進められてきた。

土の呼吸と地球温暖化 「なぜこんなにたくさんのCO2が土壌から出て来るのか」

国立環境研究所の炭素循環研究室長、梁乃申(りゃん ないしん)さん(56)は、いまから21年前、実験観測中に強い疑問を抱いた。それがきっかけで、祖国の中国・北京林業大学、留学先の新潟大学博士課程で取り組んだ「植物の光合成研究」から、「土壌呼吸」へと研究テーマを変えた。

梁さんによると、森林土壌からは、植物の根呼吸に加え、落葉・枝・倒木中の微生物による有機物の分解によりCO2が出ている。これを土壌呼吸という。気温上昇に伴い、微生物により落葉などが分解される速度が速まり、土壌の呼吸量は増える。

世界の陸域の森林・植物・作物・草地などは、光合成によりCO2を吸収している。植物の呼吸や土壌呼吸によりCO2が大気中に出ているが、その分を考えても、「陸域の緑」はCO2を吸収。しかし、学術誌に発表された論文は、地球の平均気温が上昇した場合、その「吸収源」が「排出源」に転じてしまう可能性を伝えていた。

それは本当か。どのくらい影響があるのか。国内6ヵ所、海外4ヵ所で、梁さんらは観測・研究を続けてきた。

さらに6年前からは、マレーシアの半島部で、別の観測・研究に取り組んでいる。その場所は、泥炭の湿地林を開発してできたパーム油を採るためのアブラヤシ農園。湿地林は下が水に漬かった状態で酸素が足りないため、落葉など有機物が分解される速度が遅い。しかし、湿地林に溝を掘り、水を掃き出してアブラヤシ農園に変わると、CO2が一気に排出されるようになるという。1ha当たり年間のCO2排出量は60炭素トン(二酸化炭素トンに換算すると220トン)。論文発表はこれからだが、通常の熱帯林と比べ2倍以上のCO2が出ていることがわかった。

土壌呼吸に関する研究は、1995年頃には主な論文は世界で25本だったが2010年頃には3,000本に増加するなど近年の発展が目覚ましいという。

CO2を吸収するという緑の機能は、ひと昔前にはさかんに研究され、政策面で活用された。その後、土壌呼吸について研究が進み、複雑に反応する生態系の実態がわかってきた。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、8月中に発表する特別報告書や2021年以降公表の第6次評価報告書に近年の研究成果をどう反映させるのだろうか。

マレーシア半島部のアブラヤシ農園で土壌
呼吸の観測を行う梁さん(2013年2月
撮影、国立環境研究所提供)

パーム油をめぐる問題

2000年代に入り、マレーシア、インドネシアなどにおけるアブラヤシ農園が問題視されるようになった。現地の住民との土地紛争や、劣悪な労働条件、オランウータンなどの野生生物への影響が問題になったケースが多く、欧州ではパーム油のボイコットも起きた。

レインフォレスト・アクション・ネットワーク(本部・米サンフランシスコ)の日本代表、川上豊幸さん(52)は、マレーシア半島部の農園の風景が忘れられない。見渡す限り、森が見えない。インドから連れて来られた人たちが働き、「緑の監獄」と呼ばれていた。

「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」が2013年に発表した研究報告によると、1990年から2010年までの20年間にインドネシアとマレーシアでアブラヤシ農園に転換された森林は、約350万haに上った。パーム油は用途が広い。食用油やせっけんなどの原料となるほか、バイオ燃料として発電にも使われ、世界での需要が急速に高まったことが、アブラヤシ農園拡大の背景にある。

世界の権威ある科学者と各国政府代表が論文や研究を分析・評価する「生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」は今年5月に発表した報告書の中で、この問題に触れている。

〈1980年~2000年、熱帯地域の森林約1億haが農業用地に転換された。1億haのうち、半分は原生林だった。また、4,200万haは中南米で牧場に変わり、750万haは南アジアでプランテーションに変わった。プランテーションに変わった場所の80%でパーム油が生産されている。〉

報告書はこう分析した上で、バイオ燃料のための大規模なプランテーションは生物多様性に悪影響を与え、食料や水の安全供給を脅かす場合がある、と記載している。

バイオ燃料は先進国で再生可能エネルギーとされ、利用が促進されてきた。バイオ燃料によるCO2排出はエネルギー分野の排出に算入されない。これは、国連気候変動枠組み条約に基づく温室効果ガスの排出量算定報告のルールによるもので「カーボン・ニュートラル」と呼ばれ、バイオ燃料の利用を後押しした。最近、アブラヤシ農園などのマイナス面に注目が集まり、このルールの見直しを求める声も出てきた。また、国際環境NGOが中心になり、持続可能性に着目した認証制度ができるなど取り組みは進んでいるが、さまざまな議論もある。

熱帯林の減少が焦点の一つとなった1992年の地球サミットから27年。科学研究の進展、温室効果ガス削減政策とビジネス界の動き、持続可能な開発目標をめぐる実践が渦を巻き、混沌とした状況が続く中、私たちは人を含む生物圏を守るための道を一つ、一つ見つけていくしかない。

タグ:,