日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第29回 湘南の海で生きる漁業者たちが望む漁港―神奈川・鎌倉

2019年08月16日グローバルネット2019年8月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

鎌倉の海で捕れたヒラメ

夜明け前の国道134号を走行して鎌倉市由比ヶ浜海岸に着いた。春らしくなった4月18日、午前4時35分。海は闇の中でかすかな輪郭しかわからない。暗い浜辺で明かりをつけた漁船を見つけ近づくと、大観丸と書かれた小型漁船で60cmはあろうかという大きなヒラメを見せてもらった。ちょうどこの日からイカ網漁を始めたという。発泡スチロールのトロ箱にはアオリイカ、スミイカ、コウイカなども並べられ、これから横浜中央市場に向かうという。「他にもサザエ、エビなども捕っています」。そう説明する漁業者は、この日の漁に満足している表情だった。

 

●地先の海で多彩な漁業

鎌倉の浜はJR鎌倉駅から南へ1.5kmほど。相模湾に注ぐ滑川を挟んで西が由比ヶ浜、東が材木座海岸となっている。この浜で「浜売り」があることを知り、事前に鎌倉漁業協同組合に取材を申し込んだが「天候などの条件があり、当日になってみないとわからない」との返事だったので、とにかく浜に出掛けることにした。前日浜辺を走って下見はしていたが、夜明け前の浜は状況がつかめない。近くのコンビニに駐車させてもらい、あたふたと浜に下りたところ、運よく水揚げに遭遇できたのだ。

水揚げした魚は主に契約している地元の飲食店に出すほか、横須賀や横浜の市場にも運ぶ。漁から帰ったときに、サイズや数が不ぞろいの魚をその場で売ってもらうことから始まったのが浜売りのようだ。

浜の空が次第に白んで、風景に色彩が出てくると、夏には海水浴場としてにぎわう浜に、漁船や浜小屋のあることがわかる。散歩を楽しむ人びとの姿もぼつぼつと見られるようになった。

漁船は1トン前後の小型船で、タイヤが付いた台車に載せ、ロープで浜に引き揚げる。昔は丸太を並べて船を滑らせていたという。浜小屋は、漁具の保管や作業などに使うもので、伝統的な漁業の姿を伝えているが、現行法では、耐久性のある永久構造物として建造することが認められていない。風情があっても台風などによる高潮によってたびたび被害が出ている。当然ながら、漁業者は漁港設置を望んでいる。

タイヤ付き台車に載せて引き揚げる漁船

●今までにない漁の変化

早朝の取材を終え、その後、午後になって鎌倉漁業協同組合の事務所を訪ねた。民家のような建物の中に入り、代表理事組合長の原実さんらに話を聞いた。正組合員は女性5人を含む31人(准組合員20人)で、最近は若い人が増えているという。

漁協は4月から12月の第1日曜日に朝市を、10月には近くのホテル駐車場で「魚まつり」を開いており、地域とのつながりを大切にしている。

鎌倉の沿岸漁業は、季節によって多彩だ。定置網漁(4~12月)、ワカメ養殖(いかだ)(10~4月)、タコカゴ漁(1~12月)、刺し網漁(1~12月)、シラス船引き網漁(3月11日~12月末)、一本釣り漁(1~12月)、覗突き漁業(11~4月)など。覗突き漁業は船の上から箱メガネで海中をのぞき、鎌やフックの付いた長い竿で貝類やイセエビ、ワカメやアカモクなどの海藻などをとる漁業だ。

多彩な漁獲だが、近年は異変を感じているという。ワカメ、タコ、エビ、アジなど軒並み漁獲が減った。

とくに今年は養殖ワカメが芳しくなく例年の1~2割しか採れなかった。ワカメは養殖と天然のものが半々だったのだが、かつてない不漁となった。養殖ものの後に採る天然物も絶望的だと思っていたところ、意外なことに豊漁だった。不漁の魚種があるのに対して、ここ数年、ヒジキが採れるようになったという。

漁協にとって何といっても大きな問題は、60年以上前から議論されてきた漁港建設だ。漁港(船だまり)は漁業を営むための基本的な条件ともいえるものだが、鎌倉漁協は県内では数少ない漁港がない地区。2011年に鎌倉漁港対策協議会が「基本的な最小限の規模で」という条件を付けて、「可及的速やかに建設に着手すること」と答申している。沿岸の水産資源を持続的に利用する漁業の役割を認め、地域や市民が利用できる施設で、市民と相互理解を期待している。

答申は出たものの、人口密集地の地先は、沿岸漁業だけでなく、観光、サーフィンなど多様に利用されているため、環境破壊への心配や観光への影響など、立場によってさまざまな意見がある。鎌倉市は市民が漁港を受け入れられるように、漁業の在り方や海浜利用について漁業者と市民らが話し合う「鎌倉地域の漁業と漁港にかかるワークショップ」を開いた(2011年から翌年にかけて13回)。そこでは、漁労体験や漁港視察なども含む検証と論議が続いた。

その中で、鎌倉市の水産業の将来あるべき姿を共有するための指針が必要との意見もあり、昨年から、鎌倉市水産業振興計画推進委員会で将来の指針となるべき水産業振興計画の作成へ協議が続いている。

●鵠沼海岸のサーファー

相模湾に面する湘南には、七里ヶ浜(鎌倉市)、葉山海岸(葉山町)、照ヶ崎海岸(大磯町)の3ヵ所も日本の渚100選に入っている。加山雄三やサザンオールスターズなどの音楽、文学などきらめくような日本の文化を育んできた。海、太陽、若者の言葉がぴたりとくる場所である。取材予定の地図に太陽の季節記念碑(逗子市)、稲村ケ崎、大磯などの多くのポイントを書き込んでいたが、じっくり見る時間がなかった。

湘南の範囲については、「平塚から大磯」「葉山から茅ヶ崎」など諸説がある。鎌倉市の車のナンバーは湘南でなく、横浜であることも意外だ。神奈川県が進める新プロジェクト「かながわシープロジェクト Feel SHONAN」では、湯河原から三浦までの相模湾沿岸の13市町を「湘南」と呼ぶ。「神奈川県内の相模湾沿いは、全部湘南」が他県の者にはわかりやすいのだが。

鎌倉から西へ進み、2020年東京オリンピックのセーリングの競技会場になる江の島を過ぎて、鵠沼海岸の砂浜を歩いてみた。本誌を発行している一般財団法人地球・人間環境フォーラムの会長で昨年3月に亡くなった岡﨑洋さんの遺稿集『行くに径に由らず』に、幼いころ、この浜に海水浴によく訪れた、とある。環境事務次官、神奈川県知事などの要職を歴任した岡﨑さんは、遺稿集に収められた随想に「環境教育の原点は、豊かな情操の涵養にある」と記している。豊かな自然に触れることを至上としてきた筆者は共感を覚え、どうしても、この海岸を見たいと思っていた。

鵠沼海岸を歩いていると、横にサーフボードをさげた自転車とすれ違う。波とたわむれるぜいたくな時間を過ごすサーファーたちがうらやましい。海の環境保護にも関心を持つサーファーは多いようだ。神奈川県は充実した県立生命の星・地球博物館を持ち、ナショナルトラストなど市民の自然保護運動の歴史もあり、自然への意識が高いという印象がある。今回は機会がなかったが、海を愛するサーファーに沿岸漁業を守る意義をじっくり尋ねてみたい。

鵠沼海岸から江の島を望む

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