INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第55回 中央生態環境保護監督査察業務規定の意図

2019年08月16日グローバルネット2019年8月号

地球環境研究戦略機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)

「中央生態環境保護監督査察業務規定」の制定

前回の連載第54回(2019年6月号)で「今年5月からは第2ラウンドの全国査察が開始された」と紹介したが、査察に関する関連規定の整備の遅れなどにより、実際には2ヵ月遅れて7月からのスタートになった。代わりに急きょ、5月に生態環境部が中心になって組織した2019年第1回生態環境保護監督強化業務(査察)が、全国の25省・直轄市に対して抜き打ちで、約10日間にわたり行われた。前回この査察を第2ラウンドの中央査察と取り違えて紹介した。お詫びして内容を訂正させていただく。

さて、査察に関する関連規定の整備だが、6月18日に中国共産党中央弁公庁および国務院弁公庁の連名で「中央生態環境保護監督査察業務規定」が公表された。実際には6月6日に制定されていたようだが、18日にようやく公表し、27日に国務院新聞弁公室(広報室)が生態環境部の副部長(副大臣)を呼んで新聞発表会を開き、説明と記者会見を行った。

6 月27 日、国務院新聞弁公室で記者会見する翟青生態環境部副大臣(出典:生態環境部WEB サイト)

中央生態環境保護監督査察業務規定の特徴

これまでの中央査察(第1ラウンド)は、2015年8月に制定された環境保護監督査察計画(試行)に基づいて実施されたいわば試行版だったが、このたびは正式に中国共産党中央と国務院(日本の内閣に相当)の規定として定められた。規定は附則を含めて全部で42条から成るが、ここではまずその主な特徴について、上述の新聞発表会での記者会見内容も踏まえて簡単に紹介しておきたい。

1.中央の機関・企業、地方政府・党組織を査察対象

専任の監督査察機関を設け、①省、自治区、直轄市の共産党委員会と政府(必要に応じ1ランク下の関係地区級レベルの市の党委員会および政府を含む)②国務院関係部局③関係中央企業など――に対し査察を行うこととした。

ざっくり言うと、党中央以外は皆査察対象になる。

2.共産党による全面的指導の強化

査察は共産党による全面的指導を堅持・強化し、政治的位置付けを高めるものとして実施されることとした。

3.査察は3種類、党の委員会任期に合わせて実施

査察は、①定例監督査察②特別監督査察③振り返り査察(フォローアップ査察)――から成る。

定例監督査察は、各期の中国共産党中央委員会任期(通常5年間)内に実施し、併せて必要に応じて、定例監督査察での指摘事項の改善実施状況についてフォローアップする振り返り査察を実施する。党中央、国務院の意思決定によると、今期(中共中央第19期)の定例監督査察は今期の残り期間である2019年から2021年までの3年間で実施されることになる(2022年秋に中央委員改選)。2022年に振り返り査察が行われる。

特別監督査察は重点地域、重点分野、重点業種の顕著な生態環境問題、査察での指摘事項について改善が不十分な典型事例等に対して必要に応じて実施される。

4.広範な中央の査察指導グループ構成

中央生態環境保護監督査察業務指導者小グループを設置し、グループメンバー構成部局は、①中央弁公庁②中央組織部③中央宣伝部(以上三つは党組織)④国務院弁公庁 ⑤司法部⑥生態環境部⑦会計検査署⑧最高人民検察院――とした。

党主導で、生態環境部だけでなく司法、会計検査部門、最高検察部門も参加した幅広い構成になっているのが特徴だ。

なお、指導グループの事務局も兼ねる中央生態環境保護監督査察弁公室は生態環境部に置かれる。

5.環境および査察の専門家による査察チーム構成

査察チームのメンバーは生態環境部の各監督査察局の職員を主体とし、併せて任務の必要に応じて関係分野の専門家その他の人を出向させることとした。

6.査察内容には共産党の思想教育等も含まれる

査察の内容には、顕著な生態環境問題およびその処理対策状況、市民から苦情が寄せられた生態環境問題への即時対応状況等のみならず、「習近平の生態文明思想」(後述)の学習と貫徹実践状況等の思想教育の実施状況まで含まれる。2.で共産党による全面的指導を堅持・強化するとしたゆえんでもあると同時に、実は中国共産党が意図する本規定の核心的部分ともいえよう。

7.査察期間中に問題の同時解決を実施

監督査察と同時並行で問題が改善されるように強化する。監督査察チーム駐屯中に市民が提出した生態環境に関する苦情および監督査察チームが指摘したその他の問題について、監督査察の対象とされた者は即時に対応改善する等、問題の徹底調査と徹底改善を確保することとされた。

市民からの苦情・問題提起を受け付けるため、駐屯期間中に苦情投書受付専用のホットラインと専用郵便受付箱が設置される。

8.問責の強化

監督査察問責業務を強化する。職責の不履行または不正確な履行により生態環境に損害が発生した地方と組織の党と政府の指導幹部に対し、党紀と法に照らして厳粛、正確、有効に責任を問うこととした。

9.中央八項規定精神の厳格な執行

中央生態環境保護監督査察は政治規律と政治ルールを厳正にし、中央八項規定(綱紀粛正、腐敗厳罰を含む中国共産党員・官僚を戒める党中央の指導方針)およびその実施細則の精神を厳格に執行し、各種の清廉政治規定を厳格に実行しなければならないとした。

10.省レベルの生態環境保護監督査察業務の実施

中央生態環境保護監督査察の拡充のため、中央査察に倣って省、自治区、直轄市が主体となった生態環境保護監督査察を実施できることとした。中央同様、定例監督査察、特別監督査察のほか駐屯監督査察等の方法で業務を実施することができることとした。

第2ラウンド第1次中央監督査察の開始

規定の制定通知後、第2ラウンド第1次の中央による定例監督査察が開始された。7月10日から15日にかけて、査察チームを8組に分けて順次全国各地に派遣した。第1次の査察では上海市、福建省、海南省、重慶市、甘粛省、青海省の六つの省・直轄市と中央企業の中国五鉱集団有限公司および中国化工集団有限公司を対象とし、派遣期間(進駐期間と呼ばれている)はいずれの組も1ヵ月である。生態環境部の発表によれば、7月25日時点ですでに専用のホットラインと郵便受付で、7,508件の市民からの通報が受理されたという。第1ラウンドの定例監督査察では合計約13万5千件の通報が受理されたことからこれからもっと増えよう。

習近平の生態文明思想とは

この規定をよく理解する上で、規定の中で繰り返し登場する「習近平の生態文明思想」について少し触れておきたい。これは昨年5月に開かれた全国生態環境保護大会で習近平国家主席(党総書記)が話した重要講話が基礎になり(連載第48回2018年6月号参照)、後に「習近平の生態文明思想」と呼ばれるようになった。昨年春の憲法修正で序文に「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」という文言が追加されたが、これに続く新しい思想ということができる。昨年確立され、現在全国各地で「学習」が進んでいるが、この新たな規定はこの新思想の学習を徹底させ、共産党による支配体制を強化するための監督査察規定と言っても過言ではないと思うがどうであろうか。

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