日本の沿岸を歩く ~海幸と人と環境と第30回 マグロも『城ケ島の雨』も観光資源 ― 神奈川・三崎

2019年09月17日グローバルネット2019年9月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

100年以上も歌い継がれる歌『城ヶ島の雨』(作詞:北原白秋 作曲:梁田貞は、太平洋にせり出した三浦半島の先に浮かぶ城ヶ島が舞台だ。「雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の雨がふる」で始まり、途中から転調して「ええ 舟は櫓でやる 櫓は歌でやる 歌は船頭さんの心意気」と軽快なリズムに。半島側には三崎漁港があり、古くから漁業が盛んな地域なので、この歌詞には少なからぬ親しみを感じてしまう。

●冷凍マグロ専用の市場

最初の取材地は三崎漁港にある「みさき魚市場」(正式名:三浦市三崎水産物地方卸売市場)。冷凍マグロを扱う「三浦市低温卸売市場」とイカやサバなどを扱う「沿岸卸売市場」があるが、後者は取材に訪れた4月は改修工事中で見学できなかった。

漁港に早めに到着すると、建物の2階にある魚市場食堂で腹ごしらえをした。市場関係者や観光客が利用でき、この日の朝定食はマグロスキミ、焼きイカ、カニの入った汁などのセットで650円(税別)。味も値段にもすっかり満足した。

三崎漁港は、城ヶ島が自然の防波堤の役割を果たしている良港で、とくに重要とされる特定第三種漁港(全国に13港)。江戸時代には江戸湾防備と漁港の役目を果たして発展。明治末期からマグロ漁業の基地として地位を築いてきた。漁港の水揚げ金額は217億円で全国5位(2017年)。年間水揚げ量2万tのうち7割を冷凍マグロが占める。遠洋はえ縄漁船が太平洋、インド洋、大西洋などで漁獲したものだ。大半はメバチマグロで、他にミナミマグロやクロマグロなどがある。

低温卸売市場は2018年4月に新設されたばかりだ。独立した建物で冷凍マグロ専用の市場は全国でもここだけ。食品安全の基準であるHACCPにも対応できる最新鋭の施設だ。

冷凍マグロを扱う「三浦市低温卸売市場」

三浦市水産課の市場管理グループリーダー、稲田巡さんに案内してもらって、見学用通路へ。通路の壁には、入港したマグロ船を三浦市長が表敬訪問したことが報告されており、地元行政がマグロ船招致に力を入れているのがわかる。

2階から1階の市場を見下ろすと、搬入口の扉は二重、さらに内部はスイングドアやシートシャッターで仕切られており、マグロが並ぶエリアは外部から三重構造で仕切られているなど精密機械工場のような雰囲気。床には白く凍ったマグロが並べられ、白い長靴を履いた仲買人らがせわしく動く。競りではなく、入札で取引される。慣れ親しんだ以前の沿岸卸売市場と魚が同じように見えるように、床の色は同じオレンジ色、照明はメーカーに特注したLEDを使うなどの念の入れようだ。

稲田さんは「高度な衛生管理は、マグロの付加価値を向上させ、マグロ船誘致の競争力強化を狙っているのですよ」と説明する。

●特産のキャベツを餌に

城ヶ島大橋のたもとにある白秋碑

市場を後にすると、三崎から城ヶ島大橋を渡って城ヶ島へ。大橋の付け根付近に『城ヶ島の雨』の歌詞を刻んだ白秋碑(1949年除幕)がある。そばにある白秋記念館で資料を読むと、白秋が28歳だった1913(大正2)年1月、死のうと思って、海路三崎に渡った。「死ぬにはあまりにも空が温く日光があまりにまぶしかった」(朱欒2月号)とある。

その後、調べてみると、三崎に移住した白秋は、人妻俊子との交際で評判を落とし、経済的な苦境の中にいた。夫と離婚した俊子と結婚した白秋は、程なく『城ヶ島の雨』を完成させた。歌詞の「利休鼠」は抹茶のような灰色なので、暗いイメージから新たな生活への希望が込められている、という解釈もあった。

この歌が評判となり、城ヶ島はロマンの島として全国に知られるようになったが、その後1927年に砲台が造られ、太平洋戦争敗戦まで要塞の島となる。

城ヶ島には別の取材先もあった。ムラサキウニにキャベツを食べさせて育てる技術を研究しているという神奈川県水産技術センターだ。訪れるとセンターの玄関前と建物内の水槽にムラサキウニがいた。キャベツは1週間に2回与える。幅1㎝にカットし、水流を作って一ヵ所にとどまらないようにしているという。浮いているキャベツが気になって「どうやって食べるのですか?」と尋ねると、主任研究員の加藤健太さんは「海水が浸透してキャベツが沈むと、流れてウニのとげに引っ掛かり、それをウニが管足で捕らえて体の下にある口へ運びます」。管足は細長い管状で、先端に吸盤があるという。

三浦半島近辺のムラサキウニは磯焼けで餌が少ないため、身が少ない。漁業対象種であっても販売できる状態にはない。むしろ磯焼けの原因として駆除の対象となっているという。そこで雑食性のムラサキウニに、特産のキャベツを与えて太らせるというアイデアが生まれた。

三浦半島はキャベツの国内主要産地で、春キャベツと「早春キャベツ」(冬キャベツと春キャベツの間に収穫)が有名。規格外品やキズものなど未利用のキャベツがムラサキウニの餌になるのだ。

研究が始まった3年前、大型水槽で天然のムラサキウニ600匹に2ヵ月間、キャベツを与えたところ、生殖巣などの身が10%も大きくなったほか、キャベツにはグリシン、アラニン、グルタミン酸といった成分が多く含まれており、甘みが増すことがわかった。試食会でも好評で、ネットに研究の情報が出ると、全国の自治体や漁業関係者などから1,000件も問い合わせが殺到した。

キャベツを与えられるムラサキウニ

●年間来訪者は300万人

三浦市が進める三崎漁港の「水産業・漁港を核とした振興ビジョン」を見ると、水産業と観光の連携を目指していることがわかる。三崎・城ケ島地区には年間300万人の訪問客があり、首都圏に近い好条件を生かして、自然景観や新鮮な水産物、漁業やそれに関連する産業を見せ所にするのだ。

そんな三崎の魅力をさらに高めているのは、京浜急行が行っている「みさきまぐろきっぷ」だ。電車+バス乗車券(往復)、「まぐろまんぷく券」、「三浦・三崎おもひで券」がセットになっている。ホームページを見ると、「三浦・三崎のまぐろはいつでも旨い。今日は、まぐろを食べに行こう」と誘う。東京の品川駅発なら3,500円で「赤字にならないのか」とこちらが心配するほどの、お得感。週末などには三崎口駅や各施設などは、押すな押すなの大賑わいだという。

漁業や農業の一次産業をベースにし、食の魅力をアピールするこうした観光戦略は見事というほかない。未利用のウニとキャベツをマッチング活用する取り組みなど、地域の資源を発掘する新たなイノベーション。多くの人が訪れ、にぎわう好循環は『城ヶ島の雨』の軽快なテンポに合う。キャベツウニが新たな特産品となるかどうか楽しみである。

取材を終え、帰りの国道沿いにある農産物直売所「すかなごっそ」に立ち寄った。敷地内にある漁協の売り場でマグロねぎとろ巻きと天然ぶりの刺身を買うと、早速ガーデンテーブルで頂いた。周辺に広がるキャベツ畑を眺めながらの至福の時間が流れた。

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