日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第31回 富山湾の深層水でコンブ養殖を研究―富山・魚津&滑川

2019年10月15日グローバルネット2019年10月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

5月下旬、富山湾と並行して国道8号を富山市から新潟方面へ走った。途中、目の前をふさぐように見えてくる標高3,000m級の立山連峰に息をのむ。そこから雪解け水が流れ込む富山湾は、豊富な魚種と漁獲に恵まれ「天然のいけす」と呼ばれ、ブリ、ホタルイカ、シロエビは「富山県のさかな」(1996年選定)として全国的に知られている。まず東部の魚津方面を目指すことにした。

●山と海のパノラマ堪能

富山県の地形は、立山連峰から富山湾の湾底に向かって高低差4,000mもある急峻さが特徴だ。富山湾の表層には対馬暖流が流れ込んで比較的温暖ではあるが、水深約300~400mより深くなると、水温3℃以下の日本海固有水(深層水)が存在する。

黒部市の魚の駅「生地」から海岸に向かうと、「富山湾が一番美しく見える街 生地」という碑があった。富山湾は2014年に「世界で最も美しい湾クラブ」に加盟している(10月に富山市で日本初の世界総会開催)。濃紺の海と立山連峰のパノラマにしばし見とれた。

「富山湾が一番美しく見える街 生地」の碑がある海岸

西隣の魚津市に移動すると海岸線を「しんきろうロード」が走る。サイクリング用道路と並行し、道路沿いは富山湾で有名な蜃気楼の出現スポットとして知られる。蜃気楼は、毎年4月上旬から6月下旬にかけて、波静かで天気のいい日に魚津海岸から氷見方面にわたって現れる幻想的な光景。海面に接した空気の温度が低くなって光学的なゆがみから生じ、水平線がカーテン状になったり、対岸の風景や海を走る船が大きく見えたりする。魚津を舞台にした山川豊が歌う『蜃気楼の町から』もある。この日、海の駅「蜃気楼」に「発現確率30%」とあったので期待しながら何度も湾を眺めたのだが、残念ながら見ることはできなかった。

●年齢測定が難しいカニ

魚津市では、米騒動(1918年)発祥の記憶を伝える旧十二銀行魚津支店と米倉を見学することができたが、魚津埋没林博物館や魚津城など多くの見どころには立ち寄ることはかなわず。取材先の隣の滑川市にある富山県農林水産総合技術センター水産研究所に到着したのはお昼過ぎだった。実は16年前に取材に訪れ、富山名物「ますの寿司」で知られるサクラマスの資源回復研究を取材した。研究所は沖合約2.6㎞の海面下321mから1時間125m3(1~2℃)を取水し、熱交換器を使って各種の生物に適した水温の水を供給できる。

今回は深層水を利用したベニズワイガニとコンブの研究について話を聞くことができた。まずベニズワイガニの生態を研究している海洋資源課長の辻本良さんに実験水槽で飼育している成熟したベニズワイガニを見せてもらった。これまでわからなかった生態は、11~12回の脱皮を経ておよそ10年かけて甲幅9㎝以上に成長することを突き止めたという。

ベニズワイガニは水深400~2,600mに生息している紅色のカニで甲幅9㎝以下が漁獲禁止(メスはすべて漁獲不可)で、年間の漁獲量は約400t。身は甘みがあり、水分が多い。カニ棒肉、詰め肉、カニグラタンなどの加工食品の原料になり、カニ殻は医薬品や健康食品に利用されている。富山県は自主的な資源管理として漁獲量を制限しているため、研究成果は漁業者の理解を深めることにつながる。

飼育されているベニズワイガニ

ちなみに、ベニズワイガニを漁獲する「べにずわいかにかごなわ漁法」は、富山県魚津市が発祥で、ベニズワイガニ漁の定番漁具として全国に普及している。

紛らわしいが、別の種であるズワイガニは、生きているうちは茶色で、ゆでると赤くなる。水深約200~400mの日本海の大陸棚におり、底引き網で捕る。山陰では「松葉ガニ」、北陸では「越前ガニ」と呼ばれる。

ベニズワイガニのような深海のカニの研究は難しい。脱皮を繰り返し、耳石もないため年齢が測定できないのだ。そこで深層水を使って甲幅1㎝の稚ガニから飼育試験を続け、10年以上かけて、ようやく生態を明らかにした。「予想以上に長い年月がかかることに驚きました」と辻本さん。富山県は「高志の紅ガニ」(高志は富山の古名)のブランドでPRしている。

続いて、案内していただいたのはコンブなどの海藻類を研究している松村航さん。深層水は窒素やリンの濃度が高く、海藻類の養殖に適しているが、富山湾は夏の水温が高くなるので、寒海性のコンブ類は自生できないという。コンブは遊走子と呼ばれる胞子で繁殖する。葉の表面から放出された遊走子は、海中の岩などに着生して発芽し雌雄の配偶体に。さらに、それぞれが卵と精子を放出して生殖し、受精卵が幼体(芽胞体)からコンブへ成長する。

研究所の実験では、マコンブの葉を小片に切断し、深層水の流れる水槽で培養すると、2週間後には遊走子を放出。さらに幼体が20週間で全長3mに成長した。こうして確立したのが深層水を使った通年の陸上連続培養システムだ。2009年に特許出願した。

その技術を生かして、富山湾では冬の間に育てて春先に収穫する「春告げ昆布」を商品化することができた。深層水で養殖したマコンブを餌にしてアワビやウニを養殖する研究も行った。

現在力を入れているのはガゴメコンブの養殖技術の研究だ。ガゴメコンブは北海道の函館周辺の限られた海域でしか生育していない希少価値の高いコンブ。粘り気が強くアルギン酸、フコイダンなどの成分が豊富で健康や美容にいいと注目を集めている。

ガゴメコンブを持ち上げる松村さん

夏場の高水温時に深層水で種苗を陸上育成し、その後陸上で半年、水温が下がった海中で半年の計約1年間で商品化できるサイズにする計画だ。最適な種苗生産時期や培養方法(培養水温など)を検討している。

松村さんは「富山産ガゴメコンブを商品化し、春告げ昆布に次ぐ新たな富山ブランドを作りたい」と話している。

実は富山県のコンブ消費量は全国トップクラスで、世帯当たりの支出額では富山市がダントツの全国一。富山県が江戸時代に北海道と本州の物流を担った北前船の寄港地で、北海道からコンブももたらされた。また、明治時代には、富山県から多くの人びとがコンブ生産の盛んな北海道の羅臼などに移住したという。

●不漁で展示は見られず

富山湾で有名なホタルイカは、産卵のため浜に押し寄せ、青緑の幻想的な光を放つという小さなイカ。6月上旬まで見ることができるはず、だったが滑川市にある「ほたるいかミュージアム」は、ホタルイカ不漁のために発光ショーは中止になっていた。「特別天然記念物ほたるいか群遊海面」の標識を見てあきらめた。

この日の取材を終え、スーパーに立ち寄って地元の食文化をチェックすると、コンブ売り場の棚には、これでもかと多くの商品があふれていた。ラベルに「富山湾海洋深層水仕込み かじき」とある昆布締め刺し身を買ってみた。「かじき」がカジキマグロとわかったのは、宿に着いてトレー裏の表示を確認したとき。地元ではこれで通じるのかと、コンブ文化に驚き、さらに口に運ぶと、そのおいしさは2度目の驚きだった。

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