USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情第22回 米自治体の気候変動政策

2019年11月15日グローバルネット2019年11月号

FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ(たなか めぐみ)

一部の政治家が気候変動を政と捉えているアメリカでは、国家としての気候変動政策は消極的で他国に遅れを取っているが、自治体にとって気候変動は深刻な現実問題である。国内の多くの地域が気象災害による大規模な被害を受けており、災害復興と緩和・適応策、回復力強化策の実装にしのぎを削っている。

●気候変動に適応する都市

とくに、災害に脆弱な地域は情勢が逼迫している。テキサス州ヒューストン市は、2017年にハリケーン・ハービーにより500年に一度の規模の豪雨に晒され、大規模な洪水被害を受けた。その後、高床化等の建築基準法の改訂、洪水用救助車数の増強、排水路や雨水貯蔵施設の建設、脆弱な地域の家屋買い上げと緩衝地への転換等、さまざまな対策を急ピッチで進めている。しかし、復旧途上の今年9月、ハリケーン・イメルダにより再び100年に一度の規模の豪雨に襲われ、1,700近くの家屋が被災、5名が死亡した。大規模な建設や買い上げは、国や州の認可取得や資金調達等に時間がかかり、予定通りに進まない。市は、来る次のハリケーンの被害を少しでも抑えるべく最優先で取り組んでいるが、異常気象が収まる気配は見られず、対策費用は増加する一方で、市民も市職員も疲弊しているという。これ以上気候変動が加速すれば、居住区の大規模な見直し等新たな施策が必要となるだろう。

フロリダ州マイアミビーチ市にとっては、もはや洪水は珍しいことではなくなっている。周辺の海面がすでに上昇している上、地盤が多孔質な石灰岩のため、晴天でも潮が満ちると地面から海水が浸透し、道路が冠水する状況が起こっている。「フロリダ南東地域気候変動協定」によると、同地の海面は1992年から現在までに25cm上昇しており、2030年までに43cm、60年までに99cm、2100年までに2m18cmの上昇が予想されている。同市は、道路のかさ上げ、堤防やポンプの設置、建築基準の改訂等により対策を行っているが、満潮のたびに起こる冠水になすすべがない。ところが、市民はこの絶望的な状況に悲観することなく、洪水を日常的なものとして受け入れて生活している。それどころか、耐水害型の高級リゾートマンションの建設ラッシュが続き、地価が高騰してすらいる。温暖地のリゾート生活を夢見る購入者にとって、数十年・数百年先の状況を悲観するより、多少の不便は覚悟の上で今を楽しむことの方が重要なのだという。

カリフォルニア州では、全域で山火事リスクが深刻化している。史上最も被害が大きい山火事10件のうち3件が2017年、同3件が18年に起こっており、今秋もすでに大規模な山火事が発生し、多くの住人が強制避難や計画停電を強いられている。同州サクラメント市では、区画規制や建築基準法の改訂、耐火建材の使用義務化、枯れ木除去等の森林管理、気象状況次第で出火前の消防士出動指令等、さまざまな防火対策を講じている。しかし、山火事は発生源の予測や防御が難しい上、気候変動の加速により今後さらなる被害の拡大が予測されており、高い効果を期待できずにいる。州内には270万人が山火事リスクの高い地域に住んでおり、全住民を移住させるすべはない。損害保険会社は高リスク地域の火災保険の更新を渋り始めており、民間消防士と直接契約を結ぶ市民も出てきている。

●手本を示す気候適応都市

一方、気象災害の頻度がまだそれほど高くない都市は、気候変動に長期計画で取り組み、気候適応都市として手本を示すことで世界を先導している。

ニューヨーク・マンハッタンの対岸にあるニュージャージー州ホーボーケンは、市の70%が連邦緊急事態管理局(FEMA)により洪水リスクの高い地域に指定されている脆弱な都市である。12年にハリケーン・サンディにより市の大半が浸水したのを機に、本格的な治水対策に取り組み始めた。14年に連邦住宅都市開発省のコンペで2億3千ドルを勝ち取り、浸水防止・遅延、貯水・排水施設を備えた「レジリエント(回復力のある)公園」を沿岸部に建設。17年には、20万ガロン(76万リットル)の地下貯水施設やグリーンインフラを備えた1エーカー(4,047m2)の公園が完成し、現在は第2フェーズとなるもう一つの公園を建設している。完成すれば、豪雨や海面上昇に耐え得るレジリエントな都市となる。緩和策にも積極的で、17年に同市議会は米国で初めて気候非常事態宣言を可決した。また、30年までに電力源の温室効果ガス排出量ネットゼロ、50年までにカーボンニュートラルを目指して対策を進めているほか、環境都市・地域認証のLEEDゴールドを取得するなど、環境先進都市として世界に模範例を示している。

対岸のニューヨーク市も07年から気候変動対策に熱心に取り組んでおり、建物の省エネ、車の排ガス削減、廃棄物の輸送効率化、再生可能エネルギーへの転換、緑化、湿地再生、グリーンインフラ導入等、他都市に先駆けてあらゆる取り組みを行ってきた。ハリケーン・サンディの被害を受けてからはさらに勢いが増し、15年には世界で最もレジリエントでサステナブルで公平な都市になることを宣言した。18年には自治体として世界で初めてSDGs(持続可能な開発目標)の進捗報告「VLR(自発的地域別レビュー)」を発表し、今年2回目のVLRを発表した。さらに、今年4月には“米主要都市の中で最も意欲的な温室効果ガス排出削減法”と称する「気候可動化法」を制定。同市の炭素排出量の7割以上が建物から排出されているため、同法では建物由来の排出量を30年までに40%、50年までに80%削減するという厳しい排出規制を課した。対象となるのは大規模建物のみだが、小規模建物に対しても太陽光パネルの設置や緑化等の屋上の有効活用による排出削減を課している。また同法では、市内24ヵ所の石油・ガス発電所すべてを再生可能エネルギー源に切り替えるべく、実現可能性調査の施行を義務付けている。さらに同4月、50年までにカーボンニュートラルにする目標を発表し、5月には気候非常事態宣言を議会が可決した。

●自治体ゆえにできること

気候変動非常事態宣言は、上記2都市の他、米国ではサンフランシスコ、ロサンゼルス、サンノゼ等44都市、世界20ヵ国で1,100以上の都市や地域、国が表明している。宣言することで政策の加速が保障されるわけではないが、政府機関が気候変動を緊急事態と認めることで、市民が深刻さに気付き、戦時体制のような結束力を持って気候変動に取り組むよう意図されている。

トランプ政権のパリ協定離脱発表後、パリ協定支持を表明する自治体や州、企業、団体により結成された「We Are Still In」は、現在署名団体が2,800以上に達している。自治体では本稿で挙げた5都市の他、ボストン、アトランタ、デトロイト、ナシュビル等、287の都市・郡が署名している。

ホーボーケンが取得したLEED認証は、建物用の環境性能認証として世界的に知名度があるが、17年に都市や地域向けにも拡張された。同認証システムでは、環境・社会・経済面の業績測定・管理・改善を行うフレームワークが構築されており、評価基準に沿って実装し、一定の業績に達すると、ゴールドやシルバー等の認証が得られる。認証取得により、持続可能性が高まるだけでなく、都市の価値が向上する効果が期待される。同市以外に同認証を取得している米国の自治体は、ヒューストン、シカゴ、シアトル、ポートランド、ラスベガス、ボルチモア等90弱に上る。

また、ロックフェラー財団やブルームバーグ・フィランソロピー等、多くの財団や非営利団体が、気候変動対策に取り組む都市に対して、資金援助や専門家のコンサルテーション等、さまざまな支援を行っている。

気候変動は国全体、世界全体で取り組まなくては解決できない問題であり、自治体にできることは限られる。しかし一方で、自治体だからこそできることもある。米国の自治体は、後ろ向きな連邦・州政府をものともせず、非営利団体や企業、国際機関とタッグを組み、資金調達や知識の共有、意欲的な目標設定や取り組みにより、各地が抱える独自の問題と世界全体で取り組むべき問題の両者の解決に向けてまい進している。

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