特集/今、求められる流域治水とは②~海外事例からダム開発と河川管理について考える~メコン河開発の現在~破壊が進む中の小さな希望

2020年12月15日グローバルネット2020年12月号

特定非営利活動法人 メコン・ウォッチ
木口 由香(きぐち ゆか)

 地球温暖化により、世界全体で豪雨とそれに伴う水害が頻発していますが、欧州では水政策を大きく転換し、洪水対策が進められています。一方アジアでは、主に発電を目的としたダムの建設が進み、自然生態系の破壊や周辺住民の立ち退き・生活環境の悪化など計り知れない影響が及んでいます。
 日本国内での豪雨による被害を例に、今後求められる流域治水と災害対策について考えた先月号に続き、今月号では海外の事例をご紹介し、今後のダム開発と河川管理について考えます。

 

メコン河は中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムと流れる国際河川で、世界有数の淡水漁場といわれる(図)。だが、その環境を劣化させる大規模ダム建設が進む。ほとんどは水力発電が目的だ。流域の調整機関であるメコン河委員会(MRC)のデータによると、1998年以降、ラオスを中心に流域では68のダム建設計画があり、その一部はすでに完成している。

変化したダム開発のアクター

メコンの水の約35%は、内陸国ラオスから供給される。後発開発途上国のラオスは、経済発展の道を水力発電に求めている。当初は日本などの政府開発援助(ODA)や世界銀行、アジア開発銀行(ADB)といった国際開発金融機関がラオスのダム開発を支援した。

一方、ダムのように環境社会影響の大きい援助は世界の市民の厳しい視線にさらされていた。欧米と日本の市民社会は、世界銀行をはじめとする公的金融機関の開発から負の影響を受ける住民を支援し、環境社会配慮の強化を働き掛けた。結果、これらの機関のダム支援は減る傾向にあった。しかし21世紀に入り、中進国となったタイだけでなく中国が経済大国として台頭、インドシナ3国(カンボジア、ラオス、ベトナム)も急激な経済発展を遂げ、流域全体で電力不足が懸念された。

世界銀行とADBは、ラオスでナムトゥン2ダム建設を支援し、民間企業がBOT方式(インフラ整備の際、民間部門が建設・運営を行い、最終的に所有権を公的部門に移転する事業形態)でダムを建設する道を開いた。電力の主な輸出先であるタイは、地域の電力ハブとなる構想があり、積極的にラオスから電力を輸入している。制度と市場が整い、メコン河での水力発電事業は民間企業や銀行の魅力的な投資先となった。ラオス政府にとっても、資金がなくとも民間に任せればダムができ、税収も見込める「Win-Win」な状況が出現した。

メコン本流ダム開発と調査

MRCは2010年に戦略的環境アセスメントを実施し、2017年にも本流ダムの影響を含む流域管理調査を発表した。だが、メコンの上流部、中国で瀾滄江と呼ばれる部分はそこに含まれない。中国はMRCにオブザーバー参加で、瀾滄江を国内河川と見なし11のダムを建設した。中国下流でも、11の本流ダム計画があるが、図のサイヤブリとドンサホン二つの事業が運転を始め、他にも4事業が現在進行中である。事業地はすべてラオスの国内である。

ナムトゥン2の建設時、ラオスの環境アセスメント実施や公開制度も整備された。だが実際には、独裁的な体制のラオスで一般の人がダム事業について公の場で議論することは難しく、文書を確認し政府に意見するNGOも存在しない。

ダムの影響が一国にはとどまらないことから、流域市民のネットワーク、セーブザメコン連合は、2018年にパクライダムについて、累積影響調査と国境を超えた流域調査を行うまで開発は見送るべきとする書簡を出した。その中で、ラオス政府がMRCに提出した資料には、上記MRC調査の知見がまったく反映されていないばかりか、累積影響調査の一部記載が、先に手続きが進んでいたパクベンダムの資料からの丸写しだったことも指摘している。

ダムの累積影響と気候危機

今年の初め、メコン河が50年で最低の水位を記録し、普段は茶色いメコンの水が澄み切ったことが世界中で報道された。多くは中国のダムの影響を指摘したが、サイヤブリダムの貯水や気候変動といった要素が大きいように思われる。もちろん中国のダムによる影響は深刻で、かつ今に始まった事ではない。中国より下流のダム開発も合わせ、すでに20年前から、メコン河での魚の減少など、河川環境の劣化は各地の漁民の間で認識されていた。昨年訪問した北部タイのチェンコンでは、漁民が激減していた。漁で生計が立たなくなれば、農業を中心とするか出稼ぎに出るなど、生業を変えざるを得ない。90年代にはダムに反対する重要なアクターだった漁民は、今や絶滅危惧種のような存在だ。

1992年から2014年で、メコン河の流下土砂が半減していると2015年にベトナムで報告されてもいる。世界有数の穀倉地帯メコンデルタは、土地侵食や塩害に苦しんでいる。ベトナム政府はMRCの枠組みでは本流ダムに批判的な発言をするが、国営企業は本流ダムへの投資を検討するというねじれも見られる。

MRCには参加4ヵ国(ラオス、タイ、カンボジア、ベトナム)の利害を調整する役割が期待されたが、委託調査で何度も懸念が示されても、開発を中断することができなかった。また、MRCの枠組みでは、住民がダム建設の是非をめぐる意思決定に十分参加できないこともMRCが長く抱える問題だ。

見逃されがちな支流ダムの影響

さらにMRCは、メコンの支流を各国の開発に任せているが、メコンの魚は支流と本流を利用しており、支流の開発に強い影響を受ける。カンボジアでは、ドンサホンダムの建設以降、メコン本流での魚が減っていると報道があるが、実は同じ時期、国内の支流のセサン、スレポック川流域で、セサン下流2ダムが建設されていた。昨年訪問した130km下流のクラティエ州の住民は、魚の激減や水質の悪化をこのダムの建設と結び付けていた。これもベトナム企業が計画し、最終的に中国企業が建設している。

ここ数年、メコンとつながるトンレサップ湖で、魚が捕れず水上生活者が陸に移動する、という報道も見られる。そこにはベトナム系の無国籍者が含まれ、移動は社会問題になるだろう。複雑な要素があり、どこまでがダムの影響か計りにくいとはいえ、メコン河開発で、川に依存する流域住民はさまざまな被害を被り、すでに環境難民といえるような人たちも出ている。一方、企業は発電事業で利益を得ているのだ。

豊かなメコンを取り戻す険しい道のり

今起きている問題の予防策は、明らかだった。2010年の戦略アセスに示されたように、ダム建設を中断し環境社会影響の知見を蓄え、各国が事業を見直すべきだった。

ここに来て、投資企業も安泰ではない。新型コロナウイルスの感染拡大で流域の電力需要は激減した。タイでは、余剰が4割以上になることを政府も認めた。また気候変動下の予測し難い降雨で、水力発電ダムの運転は事故リスクが高まっている。太陽光や風力の普及も、水力発電の価格優位性を脅かす。今後10年で100万種の生物の絶滅が予想されている中、温暖化阻止のため石炭火力発電がフェードアウトしていくのと同様、大規模水力発電も消えていくべきだ。だが、大型水力発電の電力が温暖化対策の中で、自然エネルギーにカウントされており、投資が増えることが懸念される。そのため、何とか投資家に生物多様性の危機を理解させる必要がある。また、投資企業はタイや中国だが、そこには日本をはじめ先進国からの資金も投じられている。資金の流れを明らかにする作業も重要だろう。

北タイ住民の粘り強い働き掛けで、中国企業が住民に対話を求めるようになった。タイでは、過剰投資を生む電力需要予測を問う動きも健在だ。流域では、地域住民が魚や河畔林かはんりんを保全する動きも広がる。状況は厳しい。だが、まだ希望は地域に残っているとも感じている。

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