特集/シンポジウム報告 気候変動と社会変容気候変動の健康影響

2021年03月15日グローバルネット2021年3月号

東京大学大学院 医学系研究科
国際保健政策学 教授
橋爪 真弘(はしづめ まさひろ)さん

 2021年から2022年にIPCC 第6次評価報告書の公表が予定されていますが、新型コロナウイルスの影響により執筆作業に遅れが生じています。しかし、このような状況下でも気候変動は進行しています。わが国は2050年ゼロカーボン宣言を行い、対策の強化は待ったなしの状況です。
 本特集では、1月13日に環境省主催により開催されたオンラインシンポジウム「気候変動と社会変容」での録画講演の内容を紹介します。

 

有効な緩和策を取らなかった場合の洪水の曝露人口

気候変動に伴い、気温の上昇以外に豪雨や洪水、熱波、寒波などの極端現象の頻度が増加します。

洪水が起こるといろいろな健康問題が起こります。有効な緩和策を取らず、最も気温が上昇した場合のシナリオ(RCP8.5)では、洪水にさらされる人口は、今世紀中頃から増え、今世紀末には現在の約4倍、1億人近くまで増えるというシナリオもあります。

洪水が起きると、汚染された水から下痢症を起こすような病原体を摂取することで、例えば、コレラのアウトブレイクが起きる地域もあります。

熱ストレス、超過死亡

世界保健機関(WHO)が2014年に発行したレポート(Quantitative risk assessment of the effects of climate change on selected causes of death, 2030s and 2050s)によると、有効な緩和策を取らなかった場合のシナリオでは、2030~2050年には年間約25万人の超過死亡が発生すると推定されます。その内訳は、低栄養が9万6,000人、マラリアが6万人、下痢症が4万8,000人、熱中症等の熱関連死亡が3万8,000人で、とくに衛生状態の悪い途上国の小児が気候変動に対して最も脆弱な集団ということがいえます。

また、環境省が2020年12月に公表した、「気候変動影響評価報告書」では、気候がわれわれの健康に及ぼす影響にはさまざまなルートや疾患があることがわかります()。最も考えやすいのは、気温上昇によって熱ストレスが増加し、熱中症をはじめとする暑熱による死亡リスクあるいは熱中症等のリスクが増加するということです。

図 気候変動により想定される影響の概略図(健康分野)

また、気温と湿度の変化によって、インフルエンザやロタウイルス感染症等の季節性の感染症のパターンが変化する可能性があります。その他には、降水量や気温の上昇等とともに、蚊やダニなどの病原体を媒介する動物の生息域や密度が変化することにより、これらが媒介するマラリアやデング熱等の疾患のリスクが増加する地域があることも挙げられます。

また、豪雨後の洪水等で、下痢症をはじめとする水系感染症の発生率が増加したり、自然災害に伴って避難生活が長期化し、避難所での精神的なケアが必要になる等、さまざまな健康問題が発生する可能性があるのです。

一方、日本における健康影響の重大性・緊急性・確信度については、とくに暑熱による死亡リスクや熱中症の重大性・緊急性・確信度がいずれも「高い」、あるいは、「重大な影響が認められる」と考えられています。

もう一つが感染症で、デング熱をはじめとする、節足動物媒介感染症の重大性、緊急性が高いと判断されています。その他、脆弱性が高い集団としては、高齢者、小児、基礎疾患・慢性疾患を持つ方は、気候変動に対してとくに脆弱であると評価されています。

デング熱流行への適応策

デング熱はネッタイシマカやヒトスジシマカによって媒介されるウイルスの感染症です。日本ではデングウイルスを媒介するネッタイシマカは未確認で、主に都市近郊から郊外に生息し、都市での発生密度が高いヒトスジシマカがよく見られます。

生息域は、国立感染症研究所の調査で、1950年代には北限は関東地方北部でしたが、その後年々北上して2010年には秋田県、岩手県、2016年には青森県に到達しました。

分布可能域は、将来的に地球温暖化に伴い、気温上昇が最も高いシナリオの場合、今世紀末には国土の約75~96%に達し、北海道の西部まで分布可能域に含まれるようになると予測されています。

媒介蚊が生息していることだけですぐにデング熱が流行するということにはならないですが、デングウイルスに感染した媒介蚊が人を吸血することによって感染する可能性があり、媒介蚊の生息域拡大で潜在的リスクが高まると考えられます。

デング熱流行への適応策としては、行政レベルでは感染症サーベイランスでの流行の早期発見やそのシステムの充実、また媒介蚊対策として上下水道の整備による産卵の抑制が挙げられます。個人レベルでは、媒介蚊との接触を避ける、あるいは媒介蚊発生環境の除去や幼虫の防除が挙げられます。

研究者レベルでは、媒介蚊分布域の調査をより充実させ、モニタリングしていく必要があります。また、殺虫剤抵抗性の蚊の出現状況の調査や機序の解明、有効なワクチンや治療薬の開発を引き続き進めていく必要があると考えています。

熱中症と熱ストレス死亡の将来予測と暑熱への適応策

もう一つ、わが国で重大な健康影響として熱関連死亡が挙げられます。

熱中症搬送者数は増加傾向にあります。熱中症と熱ストレス死亡の将来予測については、2031~2050年頃には、最も気温上昇の高いシナリオどおりになった場合、熱ストレスによる超過死亡者数がほぼすべての県において、1981~2000年を基準にすると2倍超になると予測されています。

暑熱への適応策として、行政は今世紀半ばに熱中症救急搬送数が果たして現在の救急搬送システムや救急医療体制で対応できるのかというシミュレーションに基づいた、ストレス・テストを検討していく必要があります。

また、環境省がすでに稼働させている「熱中症予防情報」のような熱中症警報システムの整備・普及が、予防のために大事になります。また、最も脆弱な高齢者の世帯の見回りや啓発・指導、ヒートアイランドの防止等の都市計画や空調のあるシェルター整備も適応策の選択肢になると思います。

個人レベルでは、とくに高齢者の方に対するケアが必要です。

未来は私たちの行い次第

気候変動の健康影響は、遠い将来の話ではなく、すでに起こっています。わが国ではとくに熱中症等の暑熱やデング熱等の感染症リスクが増加する可能性があり、地球温暖化の進行を抑制する緩和策のみならず、社会レベルでの適応策が必要です。

シナリオはいくつかありますが、その選択は私たちの行い次第であり、未来は私たちの行い次第で変えられるのです。

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