日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第48回 湾口の速い潮流が育む多彩で豊かな漁獲―東京湾・横須賀

2021年03月15日グローバルネット2021年3月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

横須賀といえば、米軍や海上自衛隊の基地の存在、『横須賀ストーリー』(山口百恵)や『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(宇崎竜童)といったレトロな昭和のイメージが強かったが、実際に取材した後の印象は大きく違っていた。東京湾の湾口に位置する沿岸漁場には独特の潮流があって多彩な漁獲があり、観音崎のような手付かずの自然も残っているなど、自然と人間の接点を感じさせる多くの発見があった。

●人気あるワカメやタコ

横須賀市の市街地から少し離れた新安浦港に着くと、底引き網漁船や遊漁船が係留されていた。港にある横須賀市東部漁業協同組合本所を訪ね、横須賀支所の我妻和也さんの説明を聞くことができた。

横須賀市の新安浦港

漁協では底引き、刺し網、タコつぼなどの漁法で多くの種類の魚を捕っている。一年中捕れるヒラメ、カレイのほか、タチウオ、イシモチ、アナゴ、ナマコ、サヨリなどとにぎやかだ。これらの魚はブランド化しているわけではないが鮮度や味が良く、知名度があって高い値段で売れるという。

養殖しているのはワカメとカキ。ワカメは潮の流れが速いため柔らかくて味のいいワカメが育つという。沖にある東京湾唯一の自然島、猿島の養殖ワカメはブランド品だ。10月末には種付けをし、いかだを組む作業へと進む。「ここのワカメは1月末から2月にならないとできないのですが、毎年12月には『買いたいのだが』などと問い合わせの電話がかかってきます」と、我妻さんは人気の高さを話す。

弊誌2020年8月号で紹介した下津井(岡山県)と同じように、速い潮流の恩恵で身の締まったタコ(マダコ)の名産地となっている。「東の久里浜・西の明石」とも評され、三浦半島の相模湾側の「佐島の地だこ」は「かながわブランド」に登録されている。 

数年前からタコの漁獲が増えてきたので、タコつぼ漁にシフトした漁業者もいる。港で出漁の準備をしている漁船をのぞくと、多くのタコつぼが積まれていた。ふた付きで初めて見るタイプだった。漁の方法を尋ねると、えさはハマグリを使いタコが中に入って食いつくとふたが閉まる仕組み。長崎県出身という漁業者は「タコつぼ漁を始めて3年。今シーズンは少し育ちが悪いようです」と近況を説明してくれた。

ふたのあるタコつぼ

●黒潮流れ込み海水交換

漁協の主な漁場は東京湾の湾口部付近一帯。東京湾は一般的に観音崎(神奈川県)と富津岬(千葉県)を結んだ線の内側を指す。これを狭義では「内湾」とし、広義では「外湾」(浦賀水道)を加える。外湾は剱崎(神奈川県)と洲崎(千葉県)を結んだ線の内側。外湾は潮流が栄養分を運び、魚類、海藻類が生息する好漁場となる。

漁協が「反時計回りの潮流で潮通しも良く、栄養塩も豊富」と評価する海は魚類、海藻類の生息に適している。国土技術政策総合研究所(国総研)などの情報を集めてみると、海面だけ見ていてはわからない海のダイナミズムがある。内湾の平均水深15mに対して観音崎東側では深さ50mに達する古東京川渓谷(観音崎海底水道)があり、毎日2回の潮の干満により太平洋の海水が出入りし、海水交換される。さらに黒潮から分枝した流れが「貫入」することもある。暖かく塩分が濃い黒潮の流れは、東京湾に接近すると中層に潜り込み、表層や底層の濁りや栄養物質を含んだ湾内水が押し出され海水交換が促進される。

その他、東京湾の潮流は吹送流(風が海面の水を引っ張って生じる流れ)や、密度流(温度や塩分の比重の差から生じる流れ)などの影響を受けている。東京湾が閉鎖性海域といっても湾口では豊かな海の表情があることを知った。

こうした恵まれた漁場を持つ漁協は、資源保護や環境問題に積極的に取り組んできた。海洋プラスチックごみ問題に率先して取り組むべきだと理事会で決め、神奈川県の「かながわプラごみゼロ宣言」に賛同している。以前から独自でごみ対策に力を入れており、女性部の海岸清掃、東京湾クリーンアップ大作戦への参加、浮遊ごみの収集や海底清掃などをしてきた。

2年前に行政機関からごみ調査を依頼されたときは、累計20隻の漁船で1日かけてごみを回収。その量は軽トラック1台の荷台がいっぱいになり、漁業者たちは改めてごみの多さに驚いたという。我妻さんによると「人が出すものと自然由来のものが半々くらい」。

こうした資源管理や環境保護へ積極的な漁協でも、後継者確保には苦労している。高齢化する漁業者は家族が継ぐケースがあるが、外部からの参入がないという。漁協は県の支援を受けながら漁師になりたい人を募集している。

我妻さんは「漁業の細かいルールも知らなければならないし、自然相手に不漁の日もあってギャンブル的な面があるのは事実ですが、経験を積んでいけば経営が安定します」と、この地の漁業の魅力を説く。

●「リアルな自然体感」を

横須賀の特殊事情として「米軍と自衛隊の船の航行に注意しています」(我妻さん)という。海上自衛隊の潜水艦なだしお号と遊漁船が衝突した海難事故(1988年)もあった。

かつて猿島が要塞の島であったことからも、東京湾の湾口部が国防上の要衝であることがわかる。新安浦港から南に4㎞ほど離れた浦賀には江戸時代に奉行所が置かれて、隣の久里浜に1853年(嘉永6年)、米国大統領の国書を携えてペリー提督が上陸した。1860年には浦賀から勝海舟や福沢諭吉を乗せた咸臨丸が米国に向け出港するなど歴史の話題に事欠かない。

浦賀の近くにある県立観音崎公園内には、明治政府が建設した9ヵ所の砲台が残っている。こうした人間の動きとは対照的に手付かずの照葉樹の森と東京湾唯一の岩礁海岸があるのも興味深い。

公園の一角にある観音崎自然博物館を訪ねた。森と川と海の自然を、ひとまとまりの自然として「東京湾集水域」と位置付けた展示に力を入れている。中に入ると、東京湾や観音崎の動植物や磯の生きもの、タコ漁の解説の展示(後日縮小)、生きたヒトデやナマコに触ることのできるタッチプールなどがある。さらに磯の生物観察会の開催や希少植物の増殖など、活発な活動をしている。博物館は「リアルな自然と生態」の体感を呼び掛けているのだ。ちょうど調査船が相模湾で採取したというオオグソクムシを見せてもらった。ダンゴムシを巨大化したような深海の生き物だった。

自慢ではないが、筆者はニューヨーク、ロンドン、ライデン(オランダ)などの名だたる自然史博物館を国内外問わず見て回っているので、この博物館の手作り感満載の展示から自然の魅力を感じることができた。

博物館に隣接する、たたら浜には、水爆実験の影響で復活した怪獣ゴジラが日本に初上陸したとされ(後に芝浦と判明)、縮尺10分の1の足跡がある。これでもかと東京湾の話題があって、筆者の好奇心はもうおなかいっぱい…。

観音崎自然博物館とたたら浜

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