21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第48回 IEA報告書、「2050年までにネットゼロ:世界のエネルギーセクターのロードマップ」が示すもの

2021年07月15日グローバルネット2021年7月号

京都大学 名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)

国際エネルギー機関(IEA)は、5月18日、2050年までに世界のエネルギー関連二酸化炭素(CO2)排出量を正味ゼロにし、世界の気温上昇を1.5℃に抑える可能性を高めるためのロードマップを示した特別報告書(Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector)を発表した。この報告書は、本年11月に開催される第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)のハイレベル交渉に情報提供するために作成されたもので、2050年までのネットゼロのエネルギーシステムへの移行方法につき、世界で初めて包括的に研究したレポートでもある。

この報告書では、世界全体でエネルギー利用および産業プロセスからのCO2排出量をネットゼロにすることを実現するための道筋を、技術別、分野別に具体的目標を置いて示している。

IEAは、第1次石油危機後の1974年に、エネルギー安全保障を目的として、OPEC(石油輸出国機構)に対抗しOECD(経済協力開発機構)により設立された組織だ。現在30ヵ国が加盟している。IEAはエネルギー安全保障や経済成長を重視する立場から、エネルギー需給予測について保守的報告書を公表してきた。世界のエネルギー需給見通しの権威とも目されている。このような立場のIEAが、2050年カーボンゼロを目指す大胆なシナリオを発表したことは、今後の気候変動交渉やエネルギー転換に関し大きな影響力をもたらす。本稿では報告書のメッセージを紹介し、その意味するところを考えたい。

2020年代はクリーンエネルギー大規模拡大の10年

2050年に世界が全体として温室効果ガス(GHG)排出ネットゼロにするためには、エネルギー需給構造等はどうなるか。報告書ではこの問いに「バックキャスト方式」で答えている。すなわち到達すべき未来の姿を先に定め、現時点からその将来を実現するために必要な道筋を逆算し、目標到達に必要な手段、財源、技術、課題等を明らかにしている。

では2050年ネットゼロの道筋はどのように描かれているか。

まずは、2030年までに前例のないクリーン技術推進が必要であるとしている。ネットゼロ・エミッションへの道は狭い。それを実現するためには、利用可能なすべてのクリーンで効率的なエネルギー技術を早急かつ大規模に導入する必要がある。そのため2020年代をクリーンエネルギー大規模拡大の10年とする。また、2030年までに世界の排出量を大幅に削減するために必要な技術はすでにすべて存在し、導入促進策もすでに実証されているとしている。

再生可能エネルギーは、2030年までに太陽光発電の年間導入量を630GW、風力発電は390GWにする。これは2020年水準の4倍である。また、電気自動車販売台数は18倍の5,600万台になる。そして、2030年までの世界のエネルギー効率向上率は年平均4%と、過去20年間の平均値の約3倍になる()。

図  ネットゼロへの道筋では、主要なクリーン・テクノロジーが2020年から2030 年までに強化される:太陽・風力発電能力は4 倍、電気自動車販売台数は18 倍になり、GDP あたり炭素集約度は毎年4% 改善される(IEA 報告書より)
出典: https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050(p15)

一方、2030年から2050年にかけては、GHG排出削減量のほぼ半分が、現在はまだ商業化されていない技術によるものになる。そのため各国政府は、クリーンエネルギー技術の研究開発や実証・普及を早急に拡大する必要がある。とりわけ、蓄電システム、グリーン水素、大気中からの直接CO2回収貯留などが重要である。

エネルギー分野では再生可能エネルギーが中心

2050年の世界のエネルギー需要は現在より約8%減少するが、経済規模は2倍以上、人口は20億人増加する。エネルギーの50%は電力、発電量の約90%は再生可能エネルギーとなる。そのうち風力と太陽光が合計で約70%を占める。

化石燃料は、現在の総エネルギー供給量の5分の4近くから5分の1強まで減少。残った化石燃料は、プラスチックなど炭素が製品に含まれるもの、炭素回収装置を備えた施設、低排出技術の選択肢が乏しい分野で使用される。

産業、運輸、建物からの排出は削減に時間がかかる。産業からの排出量を2050年までに95%削減するためには、新インフラ構築への多大な努力が必要だ。各国政府はネットゼロ目標を達成するための計画を段階的に示し、投資家、産業界、市民、他国からの信頼を得る必要がある。

ネットゼロへの道筋には、新たな化石燃料供給の投資は不必要だ。2021年時点ですでにコミットされているプロジェクトを除き、新油田・ガス田開発、炭鉱・鉱山の拡張は必要ない。クリーンな発電、ネットワークインフラ、最終消費分野が、投資拡大のための重要分野である。

類のないクリーンエネルギー投資が世界経済の成長を後押し

国際通貨基金との共同分析によると、2050年ネットゼロ実現に向けた2030年までの年間エネルギー投資総額は5兆ドルに達し、世界のGDP成長率に年0.4%ポイントの追加効果をもたらす。民間と政府支出の急増により、エネルギー効率を含むクリーンエネルギー分野やエンジニアリング、製造、建設業界で数百万人規模の雇用が創出される。これにより、2030年の世界GDPは、現在の趨勢と比べ4%増加する見込みである。政府は、投資主導成長を可能にし、利益がすべての人に共有されるようにする重要な役割がある。

報告書ではさらに、2050年ネットゼロ達成のための400以上の具体策や数値目標を示している。たとえば新規化石燃料投資停止(即時)、内燃機関乗用車の新車販売停止(2035年)、発電部門における排出実質ゼロの達成(2040年)等である。ネットゼロへの道のりは厳しいが、経済発展をしながら2050年排出実質ゼロを達成することは可能で、得られるメリットも大きいと述べている。

日本への示唆

IEA報告書は、世界の趨勢から依然として乖離する日本のエネルギー・気候変動政策が直面する深刻な課題を浮き彫りにしている。

日本政府は、2030年度までにGHG 排出量を46%削減するという新たな目標を実現するために、現在、電源構成(エネルギーミックス)見直し作業を進めている。その際の参考値として2050年の再エネ比率は50~60%が見込まれている。しかしこの数値はIEA報告書とは大きくかけ離れている。さらに、「新たな化石燃料供給プロジェクトへの投資を2021年に一切禁止する」というIEAの提言と、2030年度時点でも4割程度の発電を化石燃料に依存するという日本の方針とは相いれない。

石炭火力発電の段階的停止を主張する意見が先進国内で高まる中、石炭火力発電維持という日本の方針を継続することは困難であろう。また、IEAは水素やアンモニア、CO2回収・有効利用・貯留(CCUS)による火力発電はあまり見込んでいない。さらに、原子力発電の比率を現状の6%から2030年度に20~22%に高めることも容易ではない。

このように、日本のGHG排出量の2030年度46%削減、2050年度の実質ゼロの達成に向けた計画は、抜本的再検討が必要である。

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