ホットレポート「里山に生きる 里山を活かす」~市民フォーラム「MOBARAから日本が見えてくる」報告

2022年01月17日グローバルネット2022年1月号

(一財)地球・人間環境フォーラム
坂本 有希(さかもと ゆき)

千葉県東部に当たる房総半島の根本に位置する茂原市は、東京駅から各駅停車で1時間半でありながら、里山の原風景が市内のあちらこちらに残る「都心から最も近い里山」と呼べる場所である。この茂原を舞台に、里山を活かした地域活性化を目指すNRC(Noasobi Resort Committee)茂原設立準備委員会(代表:野澤汎雄)が、昨年11月3日に市民フォーラム「MOBARAから日本が見えてくる」を開催した。「里山に生きる 里山を活かす」をメインテーマにさまざまな里山の魅力を探ろうという試みのイベントに、地域の住民を中心に130人ほどが参加した。ここではパネルディスカッションの内容を中心に紹介する。

「野にあそび 野にいきる」

第1部では、まず建築家の隈研吾さんが「里山と建築」と題してこれまで手掛けてきた自身の建築およそ20ヵ所について写真とともに紹介した。木や石など天然の資材を積極的に使うだけでなく、その場所にある自然と人間をつなぐという思いをどのように建築に落とし込んできたのかを解説した。

続いてオークヴィレッジ会長の稲本正さんが登壇。稲本さんは、1974年に日本の木を使った木工房「オークヴィレッジ」を仲間とともに岐阜県の飛騨高山で立ち上げ、「木の文化」をよりどころとした持続可能な社会づくりに取り組んでいる。「人新世の里山の活かし方」と題し、自然界における樹木の希少性や大切さを科学的に解説、その保全活動の重要性を呼び掛けた。

第2部のパネルディスカッション「野にあそび 野にいきる」では、アウトドア用品メーカーであるスノーピーク地方創生コンサルティング代表取締役会長の後藤健市さんがコーディネータを務め、茂原市とその周辺地域で里山と関わりながらさまざまな事業や活動に取り組んでいるパネリスト3名と「里山」「野遊び」などのテーマで語り合った。

まず、日本リノ・アグリ代表取締役社長の中村伸雄さんは、自らの専門である造園技術を駆使し、市内で数十年も放棄された山林や農地を「みつばち牧場」として再生させた経験を披露した。日本リノ・アグリを2014年に設立し、約200haの里山と山林を活用した新しい多機能農業タウンづくりを目指している。

2人目のパネリストは鶴岡真緒さん。茂原市の南に位置する長南町で2021年夏に「CAMP CHIBA満天の森」をオープンした。24MWの太陽光発電と残地森林から成る21万坪の土地のうち、更地になっている7,000坪で、期間限定の実証実験としてキャンプ場をスタート。ボランティア延べ300人と共に、地域の竹や廃棄されたものを使い、「新しいものは何も購入せず」にキャンプ場を造り上げたという。鶴岡さんはもともと東京や京都などで複数のゲストハウスを運営し、『知識ゼロからの民泊ビジネスがっちり成功術Airbnb』という著書がある。

最後に、茂原市で「コーヒーくろねこ舎」を経営する今野もとこさんは、小さい頃から憧れていた田舎暮らしを実現した経験を「循環の中にある暮らしが面白いと感じている」と紹介した。昭和初期に建てられた民家を3年かけて自らリノベーションし、ブックカフェとしてオープン。手回し焙煎機で焙煎したコーヒーと地元食材を使ったランチプレートやスイーツが評判になっている。

「里山」とは何か

コーディネータの後藤さんは、福祉、教育、飲食など幅広いまちづくり活動に関わってきた経験を持ち、地方創生コーディネータとして活躍している。SDGs(国連持続可能な開発目標)とも親和性のあるキーワードとして「野遊び」に注目し、一般社団法人野遊びリーグを立ち上げている。野遊びのフィールドとなる「里山」が地方創生の実現においてカギとなると訴えた上で、パネリストにとっての里山とは何かと質問を投げ掛けた。

鶴岡さんは、「キャンプ場づくりと運営を経験してみて、山を守りながら事業ができるということを実感している」と語った。キャンプ場に集まるボランティアは60~70歳代が多いという。たとえば丸太を使ったシーソーや竹の水鉄砲を自分の手で簡単に作ってしまうなど、この世代の持つ知恵と技術は今の都会では「バカにされてしまっている」が、キャンプ場では子どもの目を輝かせることにつながっているという。「里山に何か新しいものを作るのではなく、キャンプ場を通して日本の昔の良さを伝えていくことを実践している。日本全国で空いている土地でこのことを広めていきたい」と、鶴岡さんの里山活用構想は広がっている。

今野さんは「近くにあるものをふつうの暮らしの中で生かしていけるのが里山の良いところだと感じている」。地元の人が当たり前と受け止めて見逃してしまっている里山の価値を、都会から移り住んできた外部の人間の目を通して伝え直す役割を果たしている。

中村さんは、「人の手を加え自然の力をうまく見極めて再生しないと里山にはならない」と、里山が荒廃してしまっている現状を現場目線で訴えた。そして、この課題を解決するには「(里山で)産業をつくり事業化することが必要だと思い、実践している。次世代に引き継げるようにしたい」。リノ・アグリでは、放棄された畑や山林を整備する里山再生、蜜源となる花の栽培やミツバチを飼う養蜂事業から始まったが、太陽光を利用した植物工場や、菜種の油を使った石けんづくり、そこから出る油かすの循環プロジェクトも進めている。さらに、これらの要素すべてを外の人に体験してもらう観光につなげるといった具合に、多様な事業の組み合わせで里山を再生・維持する取り組みが展開されている。さらに、「高齢化が進み、荒廃が進む里山が広がる地域の町や村すべてを国や県・市は救うことはできない。可能性がある所を残すとなると、地域独自の取り組みをしている所が残るのではないか」と、地域が生き残っていくための心構えを語った。

地域の住民も多く参加した市民フォーラム
「MOBARAから日本が見えてくる」
(写真提供= 朝日アドテック)

地域の主体性が不可欠な里山の維持と再生

後藤さんは最後に「日本の里山の価値は高いのに、里山がある地域では、「何もない」と言う人がいる。何がないかと考えてみると、大きな都市にあるものがないということ。里山が残る地域には豊かなものがあるとわかっているのに、ついこんなことを言ってしまうが、「余計なものは何もない」と言い換えたらどうか」とまとめた。

さらに、スノーピークが、なぜ「人生に野遊びを、地域に野遊びを」と訴えているのかの理由を説明した。「ただ生存しているだけでは人間を含めた動物は飽き足らない。遊びは人間にとって大切。遊びは豊かな自然があるからこそできる創造的な行為」。

パネルディスカッションでの「里山は意識的に守らないと守れない」(中村さん)という言葉が印象に残った。世界にもアピールできる可能性を持つ日本の里山の維持と再生には、地域の人が主体性をもって取り組むことが不可欠だろう。少子高齢化で地域の人が少なくなっていく中で、定住人口や観光人口に加えて地域と多様に関わる人を指す「関係人口」を増やすこともますます重要になる。

(2021年11月3日、千葉県茂原市内の県立茂原樟陽高等学校文化ホールにて)

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