気候危機を悪化させるバイオマス発電~1.5℃目標との整合性を問う~石炭より悪い輸入木質バイオマス~森林保全による炭素固定の重要性

2022年03月15日グローバルネット2022年3月号

プリンストン大学 上級研究員
ティモシー・D・サーチンジャーさん

再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)が始まって10年、消費者の賦課金に支えられ、木質バイオマスによる発電量は年々増えています。植物は再生・成長する過程で二酸化炭素(CO2)を吸収するため、木質バイオマスの燃焼時に排出されるCO2はカウントしなくてよい、すなわち「カーボンニュートラル」とされてきました。
 しかし、伐採後の林地残材の分解、木材の加工および輸送、燃焼といった各段階で排出されるCO2の合計は、化石燃料よりも多くなることが複数の研究により明らかになっています。木質バイオマスを発電のために燃やすことで、気候危機が悪化する恐れがあるのです。
 今回の特集では、木質バイオマスのエネルギー利用が有効な気候変動対策にならない理由と森林保全の必要性について、2つの講演録を紹介し、日本のFIT制度ではバイオマス発電をどのように位置付けるべきか、考えます。

 

<特集>石炭より悪い輸入木質バイオマス~森林保全による炭素固定の重要性

2021年12月15日開催「石炭より悪い?! 木質バイオマス発電は2050年カーボンニュートラルに貢献するか」での講演より

化石燃料より多いCO2の排出量

ここでお伝えする見解は、私一人の意見ではありません。2018年に800名の著名な科学者が欧州議会に対して、エネルギー利用のための森林伐採と燃焼への補助金を停止するように訴えました。2021年2月には、500名の科学者がアメリカのバイデン大統領や日本の菅首相(当時)に対して同様の意見を表明しています。

北米で木質ペレットにされている木は、圧倒的に全木丸太です。アメリカ森林製紙協会の調査によると、米国南部で生産される木質ペレットのうち、林地残材から作られるものは12%しかありません。松や広葉樹の丸太の木質ペレットが4分の3を占めています。原料のほとんどが残材ではなく、製紙原料にもなる木材です。他の製品を作るために使える木をエネルギー利用のために伐採すれば、本来の用途の木材を得るためにさらに多くの木を伐採することになります。

多くの研究によって、樹木を伐採し燃やすことで、森林の種類、伐採の方法に関わりなく、数十年から数世紀のスパンで温室効果ガス(GHG)排出量が増加することが明らかになっています。その理由は明白です。

樹木を伐採すると、少なくとも30%が根などの収穫残材として林地に残り、20年ぐらいかけて分解されます。樹木の炭素の約3分の1が、大気中に排出されてしまいます。ペレット化の過程(樹皮剥ぎや乾燥など)や輸送に際しても、大気中に二酸化炭素(CO2)が排出されます。この段階で15~35%の炭素が失われます。このペレットを発電所で燃焼させると、kw/時あたりに排出されるCO2は化石燃料を燃やした時よりも多くなります。石炭あるいは天然ガスの燃焼と比べて、1.5~3倍に及びます。

この三つの段階を合わせると、およそ2.5~3.5倍、化石燃料よりもCO2の排出量が多くなってしまうのです。

伐採により増える「炭素負債」

もちろん樹木は再生します。しかし、伐採後に再生されたとしても、少なくとも5年間以上にわたり、若い木は伐採されなかった成木と比べて、ゆっくり成長します。その間、大気中のCO2を吸収する量が少なくなるため、「炭素負債(Carbon debt)」が増加するのです。若い木の成長速度は徐々に速くなり、最終的には吸収量が成木に追いつき、炭素負債は返済できるのですが、そこに到達するには何十年もかかります。それらの木が再生し炭素負債を返済するまでの間、何十年、場合によっては数百年も排出量を増やしてしまいます。

まさに「森林を伐採する」という行為によって、炭素負債が発生するのです。持続可能な森林の管理がされれば、炭素負債の返済を数十年から数百年後に可能にしますが、それだけの長い時間がかかります。その間、大気中のCO2濃度は上昇し、今後数十年間さらに温暖化は加速してしまいます。気候変動が手遅れになる前に対策を立て、それを食い止めるには、今の私たちにこのような事態を受け入れる余裕はありません。

森林の拡大は伐採を正当化しない

ある国や州で森林面積が全体として増えている場合、たとえ一ヵ所で木を伐採して炭素を放出しても、他の所で木々が成長しているのだから問題ないではないか。このような主張は実は的外れです。なぜなら、そこでエネルギーを得るための伐採をしなければ、森林全体はより多くの炭素を保持できるからです。

例えば、アメリカでは「バイオマスエネルギーはカーボンニュートラルだから、自国の森林を伐採して海外に輸出することはカーボンニュートラルだ」というおかしな主張が見られます。しかし実際には、それによってアメリカのCO2排出量は増えています。人々がそのように誤解するのは、アメリカの国全体の森林面積が拡大しているからです。そのことで、「実際は炭素排出が増える」という問題が覆い隠されているのです。森林を伐採しなければ、森林はもっと速く拡大します。

人為的に排出されるCO2の25%は、上昇したCO2濃度の結果として成長が速まった樹木によって吸収されています。その木々を伐採し燃やすことで、気候変動はさらに悪化してしまいます。

IPCCガイドラインの誤った解釈

「木を燃やすことで炭素排出量を減らせる」と考えられているのは、燃焼時に放出される炭素を「無視」しているからに他なりません。そして、木材を燃やすことで生み出される単位エネルギー当たりの炭素は、石炭や天然ガスよりも多いのです。IPCCはこの「無視」を認めていません。

IPCCが提供している国別のGHG排出・吸収に関する計算・報告についてのガイドラインでは、石炭、天然ガスといった化石燃料から出る炭素排出は、エネルギーセクターで計算することになっています。一方、土地利用のセクターにおいては、実務上の理由で別のルールが設けられています。樹木を伐採した後、ほとんどの炭素は林地ではなく、製紙などの工場での加工あるいは発電を含めて利用・処分されるときに実際には排出されます。処分するときに排出されます。しかし、それらの炭素排出を追跡するのが難しいため、木を伐採した後に排出される炭素は「土地利用の変化」による排出としてカウントするのです。ダブルカウントを防ぐためのルールです。

このIPCCのルールは、バイオマスエネルギーをカーボンニュートラルとして扱うことを意図していないにもかかわらず、人びとはそれをカーボンニュートラルだと誤って解釈したのです。発電所で木材を燃焼するときに放出される炭素をカウントしないのなら、伐採された森林における炭素の損失を発電所からの排出量に含めなければならないはずです。

多くの人々は、「樹木は再生可能だからそのエネルギー利用はカーボンフリーだ」と考えています。しかし、それは間違っています。森林を持続可能に管理しても、バイオマスエネルギーがカーボンフリー(炭素を放出しない状態)やカーボン・ベネフィシャル(炭素の吸収量が放出量を上回る状態)になることはありません。

日本政府に求めること

一番重要なのは、木を燃やすことに対して助成金を出さないことです。正しいライフサイクルアセスメント(LCA)をしなければ、大量の木を燃やし続けることが正当化され、その間に気候変動の被害は増大します。正しいLCAにより、木の燃焼がGHGの排出を増やすという結論を得られれば、事業者は木を燃やすことを止めるはずです。森林を保全し、そこに炭素をとどめることが大切なのです。

サーチンジャー氏の講演を受けての務台俊介環境副大臣兼内閣府副大臣(木質バイオマス・竹資源活用議員連盟事務局長)のコメント

 木質バイオマス議連設立の背景には、日本には世界有数の森林資源があり、毎年2億㎞2の森林が増えているにもかかわらず、なかなか利用されずに木材を輸入に頼り、その結果、日本の森林産業が壊滅的な打撃を受けたという実態があります。議連では、もっと国内の森林資源を活用し、余った木材を燃焼し熱利用する「カスケード利用」を進めれば、エネルギーを効率的に利用できる、という考えで議論してきました。

 議連では、「FIT制度があるから」「カーボンニュートラルだから」といって、輸入木材を燃料に使うことはあり得ないのではないか、という考え方で統一されています。輸入に際しては、重油をたいて船で運ぶことでCO2が出ます。サーチンジャー博士がお話しされたように、「カーボンニュートラル」という考え方自体、一種のフィクションです。ご指摘された問題点、ライフサイクルアセスメントの考え方をしっかり踏まえて、何を正しい再生可能エネルギーの原料・燃料とするかについての基準もこれから提示されてくるべきと考えます。その上でエネルギーミックスをどうするか、その中で木質バイオマスの位置付けをどうするか、考えていかなければいけません。少なくとも、輸入に頼って木質バイオマスを推進することは正しいことではないと確信しています。

 議連では、「国内でお金を循環させること」と「再エネの振興」を結び付けることが重要だという観点で議論しています。政府の政策に、政治の力を生かしていきたいと思っています。

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