気候危機を悪化させるバイオマス発電~1.5℃目標との整合性を問う~カーボンニュートラル実現に向けての世界の森林の吸収拡大に関わる課題とは

2022年03月15日グローバルネット2022年3月号

国立環境研究所 地球システム領域 領域長
三枝 信子(さいぐさ のぶこ)さん

再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)が始まって10年、消費者の賦課金に支えられ、木質バイオマスによる発電量は年々増えています。植物は再生・成長する過程で二酸化炭素(CO2)を吸収するため、木質バイオマスの燃焼時に排出されるCO2はカウントしなくてよい、すなわち「カーボンニュートラル」とされてきました。
 しかし、伐採後の林地残材の分解、木材の加工および輸送、燃焼といった各段階で排出されるCO2の合計は、化石燃料よりも多くなることが複数の研究により明らかになっています。木質バイオマスを発電のために燃やすことで、気候危機が悪化する恐れがあるのです。
 今回の特集では、木質バイオマスのエネルギー利用が有効な気候変動対策にならない理由と森林保全の必要性について、2つの講演録を紹介し、日本のFIT制度ではバイオマス発電をどのように位置付けるべきか、考えます

 

(2022年2月17日開催「カーボンニュートラル実現に向けて」での講演より)

3割を占める陸域のCO2吸収

2019年のIPCC土地関係特別報告書(SRCCL)は、主に陸域の土地を利用したさまざまな気候変動対策について、持続可能な土地管理により、食料・水・生態系と調和する気候変動対策をどこまで推進できるか、まとめています。

陸域の昇温速度は1960年代以降非常に速く、2020年時点で産業革命前と比べてすでに約1.6℃上昇しており、その結果、世界では高温、干ばつや洪水といった極端現象の頻度が上がっています(IPCC第6次評価報告書第1作業部会)。特に、極端な高温の発生頻度は世界のほとんどの地域で増加しており、人間活動がそれに寄与した確信度が高いと評価されています。

人為起源の二酸化炭素(CO2)排出のうち、化石燃料の燃焼などが9割、土地利用変化(主に食料生産のために森林が伐採されて、農地に転換されている場所)による放出が1割を占めます。そして、排出されたCO2の約半分が大気中にとどまり、約29%が陸域(主に森林)に吸収されています。また、約26%が海に吸収されていると推計されています。

今、過去にない速度で大気中のCO2濃度が上がっている結果、植物の葉1枚当たりの光合成効率が上がり、世界の森林面積は減少している一方でCO2の吸収量は増えています。しかし、海洋と比べて、陸域の正味吸収量はその年の気象条件の影響を受けやすく、変動が大きくなっています。吸収量が減少する要因として大きいのは、熱帯や亜熱帯における大規模な干ばつ、火災です。陸域の吸収量の変動に応じて、大気中の蓄積量も変化します。陸域は温室効果ガス(GHG)の排出源でもあり吸収源でもあるのですが、その吸収量が将来も持続するかどうかは不確実なのです。

人為的な吸収の強化

「カーボンニュートラル」とは、人為起源のGHGの排出を削減し、人為起源の吸収量とバランスをとることです。ただ、工業部門の排出量を削減できたとしても、私たち人間の食料を賄うための農耕地や畜産由来の排出はどうしても残ります。これをゼロにするのはなかなか難しいため、人為的な吸収を強化し、人為的な排出と吸収のバランスをとるのです。

しかし、広大な面積を人工林に変えたり、エネルギー作物に変えたりすれば、その周辺で食料価格が上がったり、生物多様性が損なわれるという問題があります。

また、人為的な排出・吸収だけでなく、自然の吸収・排出も監視する必要があります。今現在、海洋や陸域はCO2を吸収していますが、大気中のCO2濃度が安定すると、次第に自然吸収量は減少していくと予想されます。そして、気候変動の影響による自然の排出の増加もあるかもしれません。例えば、将来、高温や干ばつが顕著になれば、大規模な森林火災が発生してCO2の放出が増えるかもしれません。高緯度地方の永久凍土の融解により、地中に閉じ込められていた炭素やメタンなどが分解されて出てくる可能性もあります。

SRCCLでは、パリ協定の1.5℃目標の達成には人為的な吸収源の強化はどうしても必要とされています。しかし、「大規模な新規植林やバイオ燃料作物の増産(ネガティブエミッションを含む)は、限られた土地や水を巡り食料生産や生物多様性保全と厳しい競合を起こす」としており、それらの方策だけに頼って世界の脱炭素化を進めると、最大1億5,000万人に主に食料価格の上昇などの悪影響が及ぶとされています。

SRCCLのによると、今世紀末の地球温暖化を1.5℃に抑えるために「持続可能性重視型シナリオ(SSP1)」を取る場合、今すぐ世界各国が協力して人為起源のCO2排出を削減する必要があります。このシナリオの下でも、最後はネガティブエミッションを実現しなければ1.5℃は達成できません。土地利用変化によるCO2排出も、できるだけ早くゼロにして、かつマイナス(吸収源)にしなければなりません。

CO2吸収源を増やすためには、牛や羊を飼うための牧草地をできるだけ減らして、代わりに森林面積を右肩上がりに急速に増やす必要があります。また、ゆっくりで良いのでバイオ燃料作物も増やす。そして、自然の土地にはなるべく手を付けず、食料生産の効率を上げることで、将来は農耕地の面積を減らしても世界の人口を維持できるようにする必要があります。

一方、2030~2040年まで化石燃料依存の発展を続け、人為起源の排出削減が遅れるシナリオ(「化石燃料依存による発展シナリオ(SSP5)」)では、自然の土地に手を加え、バイオ燃料栽培地を世界で急速に増やして、燃焼により排出されるCO2を隔離貯留する(BECCS)といった削減策を、かなり大規模に進めなければ今世紀末の1.5℃達成には間に合いません。そのためには、2030~2050年の短期間に、約400万㎞2(インドの国土以上の面積)という広大な土地をバイオ燃料栽培地にする必要があるとされており、これは実現不可能な値だと感じます。

1.5℃目標達成に必要なこと

SRCCLの内容をまとめます。パリ協定の1.5℃目標達成には、第一に温室効果ガスの人為起源排出を大幅に削減する野心的な取り組みが必須かつ急務です。排出削減の先送りは非常に高いコストとリスクを伴います。1.5℃目標の達成には、森林減少の防止と同時に新規植林の拡大、バイオ燃料作物やネガティブエミッションの活用も想定されています。

しかし、人為吸収源の拡大(新規植林やバイオ燃料作物の栽培)には、生産-流通-消費-廃棄プロセス全体の低炭素化、生産地の炭素ストック保全、食料安全保障・生物多様性・地域住民への影響が十分に少ないことなどの条件をクリアすることが必要です。

特に、バイオエネルギー用のバイオマス生産および利用は、土地劣化、食料不安、経路における排出量増加を生じ得ます。バイオマスの残渣および有機廃棄物の利用は土地利用圧を緩和し得ますが、残渣の量には限界があります。地域規模ではそれらの利用は有効な温暖化対策になると思いますが、世界規模では限界があります。また、間伐や伐採、自然のかく乱の後、土壌に残される残渣は次の森林が成長するための栄養にもなるため、その過剰な除去・利用による土壌劣化は防ぐ必要があります。

また、土地利用のゾーニングや統合的な景観計画(生態系保全、地域への影響評価)、さまざまな規制や刺激策(生態系サービスへの支払いなど)、自主的または説得的手段(持続可能な生産のための基準や認証)といった制度も整えていく必要があります。

このような政策・制度・ガバナンスシステムを、全ての規模(自治体、国、地球全体)において適切に設計する必要があります。特に、持続可能な森林管理による森林の炭素ストックの維持および強化が重要です。炭素ストックの維持には、森林減少・劣化・火災の防止、木材製品の長期利用が含まれます。これをうまく進めることができれば、高い確信度でGHGの削減効果が大きい(0.4~5.8 GtCO2e/年の削減)としています。

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