特集/「緑の街づくり」を担う街路樹の在り方を考える急がれる日本の街路樹管理体制の立て直し

2022年08月15日グローバルネット2022年8月号

千葉大学名誉教授
藤井 英二郎(ふじい えいじろう)

 街を彩りながら、景観、環境、交通の安全、防災など、さまざまな重要な役割を担っている街路樹。中でも、気候変動対策が急務となっている現在、街路樹にも、都市におけるヒートアイランド現象の緩和などの効果と共に、CO2削減に貢献することが期待されています。しかし近年、日本では公共予算が圧縮される中、樹形を小さく抑えるために長い枝を切り落とす「強剪定」が繰り返され、街路樹の文化的・歴史的価値やその公益性を巡る議論の対立が起きている地域もあります。
 本特集では、街路樹を「文化」の一つとして育み、持続可能な都市づくりを目指すフランスの事例も参考にしながら、日本の街路樹の今後の在り方について考えます。

 

東京の急激な変化と街路樹

世界の気温が急速に上がり、北極の氷山や世界の高山の氷河が急速に溶けている。化石エネルギーの大量消費で増えた二酸化炭素を主とする温室効果ガスによる気温上昇である。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、最悪のシナリオとして今世紀末までに世界の気温が4.8℃上がるとしている。過去100年の0.73℃上昇(気象庁)で上述した氷山・氷河の融解をはじめ、海水温上昇に伴う豪雨の頻発、世界各地での異状高温と山火事の頻発等々を見れば、今後80年弱での4.8℃上昇は驚愕する事態になる。有効な対策を今すぐ実行しなければならない。

温暖化をさらにひどくしているのが日本の都市のヒートアイランド現象である。百年前の関東大震災時の東京はほとんどが木造建築で道路も砂利道だった。震災復興事業でコンクリート造の建築・道路、鉄橋が増えたが、樹木で多くの人命が救われたことを教訓に4列並木や樹苑、花苑など豊かな道路植栽も整備された。復興なった昭和5年の道路植栽が今日に継承できていれば東京は現状とは全く異なる緑豊かな都市になっていたはずである。

関東大震災後の復興道路は戦災で大きく荒廃したが、より大きく変えたのは1952(昭和27)年制定の現行道路法である。1919(大正8)年制定の旧道路法では都市部の街路構造令と地方の道路構造令の二本立てであったが、新道路法では街路構造令が廃止され、道路構造令一本になった。都市部の道路は交通機能ばかりでなく都市インフラを抱えた都市の生活空間として整備することになっていたが、交通機能中心の道路になってしまった。折しも朝鮮特需による戦後復興が始まり、急速に車社会が進んだ。それに拍車をかけたのが1964年の東京五輪で、4列並木の内側2列は車線や高速道路になり、緑豊かな交差点広場や橋詰広場は高速道路インターや地下鉄入口等になった。高速道路や地下鉄建設と相まって東京には企業・人口が集まり、緑地や水面、地面が急減し、建物は高層化した。コンクリート造の道路や高層ビルは熱をため、車や人が集まって廃熱も増え、ヒートアイランド現象が急速に進んだ。

そうした東京を冷やせるのが海風、内水面、緑、土壌であるが、高層ビルは風道をふさぎ、水面は埋め立てられ、緑は伐採・剪定され、土壌は小さく限定されている。世界の多くの都市が樹木伐採を強く制限しているのに、東京では公園の樹木すら簡単に伐採されてしまう。諸外国の街路樹が大きく枝を伸ばし木陰を広げているのに、東京では枝を短く剪定するのが当たり前になっている。世界の都市が舗装面や建物壁面に直射日光が当たらないように樹冠を広げようとしているのは、最も経済的、効果的に温度が下げられるからである。東京では、2020五輪に向けて多くの道路が遮熱性舗装に変えられた。路面を白っぽくして直射日光を反射させて路面温度を下げる舗装だが、最大10℃しか下がらないし、人や周囲の建物がより多くの反射光を浴びることになった。街路樹の枝葉で直射日光を遮れば、路面温度は20℃下がるのである。東京都は、マラソン道路をはじめ五輪関係道路で「樹冠拡大剪定」を進めたが、少しずつしか樹冠を広げなかった。樹冠はもっと広げられるのである。

どうして日本の街路樹は小さく剪定されているのか

日本の街路樹では、落葉高木は冬期に整枝剪定され、常緑高木も含めて夏期に整姿剪定されてきた。整枝剪定は枝の骨格的な配置を行う剪定、整姿剪定は美しい樹姿に整える剪定とされ、前者は基本剪定、後者は軽剪定ともされる。樹木は一本一本異なるから枝の骨格の捉え方に多少の個人差は当然あるが、問題は強剪定も許容されるかのように拡大解釈されていることである。樹木は悲鳴を上げられないし逃げられないため、剪定の適否は人に託されているのである。

街路樹は道路付属物として植えられた樹木で、道路管理者に管理責任がある。1965(昭和40)年頃までは多くの道路管理者は直営で管理していたが、委託管理になって既に半世紀以上が経った。国道を含め全国の街路樹管理を先導してきた東京都の「街路樹等維持標準仕様書(緑地管理編)、平成25年4月」では、「不定芽の原因となる「ぶつ切り」等は原則として行わないこと」とされ、主として剪定すべき枝は、建築限界を侵す枝、枯枝、成長の止まった弱小の枝、著しく病虫害に侵されている枝、通風・採光・架線の障害となる枝、枝折れにより落下の恐れのある枝、樹形形成上および生育上不必要な枝、となっている。この仕様書で発注されれば強剪定はないはずだが、実際は行われている。

理由として道路管理者は、落ち葉苦情と予算縮減による剪定回数減を挙げる。落ち葉を減らす剪定は光合成産物が枝・幹・根に戻っていない着葉期に切ることになり、樹体の衰弱、腐朽菌の侵入、枝折れ・倒伏・枯死につながり、健全な生育維持という管理責任が全うできない。いくつもの自治体で行われているように沿道市民と道路管理者が連携して落ち葉清掃を進めるか、ドイツ・ハンブルクのように落ち葉清掃税を徴収するか、である。予算縮減で数年伸びた枝を1回で切り詰める剪定には街路樹を小さく維持しようとする考えと、「統一美が並木の命」とする考えが関わる。確かに樹形のそろった並木はきれいだが、強い日差しとムッとする暑さの都市で何より優先されるのは木陰である。美しい街路樹を代表する仙台・定禅寺通りのケヤキも幹の位置や下枝の高さがほぼそろっているだけで、樹形はそろっていない。

剪定を受託する技術者の多くが持つ資格・街路樹剪定士のテキストには、歩道幅員と樹形タイプによって枝張りと樹高を求める式W=(b-dx-C)×2、H=W÷fがあり、それが街路樹を小さく維持する原因ともなっている。この式で、W:伸長可能な枝張り、H:望ましい樹高・枝張り比から求められる樹高、C:樹冠と建築物に必要な空間、dx:幹と歩車道境界の間隔、b:歩道幅員、f:望ましい樹高・枝張り比、である。この式の課題は、歩道幅員に合わせて車道側の樹冠も決まり、車道側も歩道側に合わせて枝が短く剪定されて、舗装面が大きく広がった車道に直射日光が当たり道路全体が熱くなってしまうことである。道路の縦断方向も同様で、スペースがありながら枝が短く切られ、歩道の緑陰も十分得られない。もう一つは、目安とされながらも望ましい樹高・枝張り比が樹種ごとに決まっているため、架空線の有無等の立地条件に即して柔軟に目標樹形を定める技術的判断を阻害してしまうことである。

どうしたら日本の街路樹を世界標準にできるか

最近の道路管理者は街路樹について専門的判断がほとんどできない。いくら管理基準や仕様書が整備されても、街路樹には個性があり沿道環境もさまざまであるから、発注者が専門的に判断できなければ適切な維持管理は困難である。フランスやドイツ、アメリカ等の街路樹管理者は一定の専門教育を受け長年経験を積んだ専門家である。それに比べて日本は、たとえ専門教育を受けて担当になっても数年で異動を繰り返すため専門的知見や経験が培えない。

ならば受託者が適切にすればとなるが、発注者が適切に指示・評価しなければ受託者は低きにつき、一般競争入札によって手荒な剪定が横行するようになる。金額に技術力を合わせて評価する総合評価方式や業者からの提案に基づいて受託者を決めるプロポーザル方式が現状では最善であるが、発注者が適切に評価できなければ形骸化してしまう。適切に評価できる発注者を継続的に維持する体制か、それに代わる組織を早急につくる必要がある。

抜本的改善には、街路樹を道路付属物とする現行道路法を改正し、道路の必須要素として位置付けると同時に、都市内道路を街路として整備する新街路構造令を制定する必要がある。

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