どうなる? これからの世界の食料と農業第5回 有機農業「先進地」 カリフォルニアの現状と課題 ~有機スプリングミックスの光と影(1)

2023年04月14日グローバルネット2023年4月号

京都大学大学院 農学研究科 研究員(非常勤)
山本 奈美(やまもと なみ)

米国カリフォルニア州サンタクルーズは、有機農業やアグロエコロジーの先進地として知られ、環境問題や持続可能な農業と食消費への関心が高い進歩的な人びとが多く暮らす地域である。北にはIT企業が集中するシリコンバレーが、南には農業大国米国一の農業州であるカリフォルニアの中でも有数の農業地域モントレー郡が隣接し、世界でもトップクラスの富裕層と不安定雇用に置かれたラテン系移住労働者に代表される貧困層が、居住区域を分けながらも混在して生活を営む。このような異なる階層間の食と農の格差という大きな社会的課題は最近に始まったわけではないが、コロナ禍でさらに深刻化、顕在化したといわれている。

筆者は2021年から2022年にかけて、調査研究の目的で同地に10ヵ月間滞在した。小中学生の親として、研究者として、そして元有機農家として居住した経験から、現地の持続可能な農業と食を模索する取り組みの現状と課題について、数回に分けて報告したい。

第1回の報告は、有機農産物の販売額が急激に増大し、今や世界一の有機農産物市場を抱えているとされる米国において、そのブームのけん引役を担っているサラダ用野菜についてである。コロナ禍の「ステイホーム」により家で素材から調理する手作りの内食が増加するとともに、より「健康的な」食を求める人びとが増え、サラダ用野菜の販売が大幅に伸びた。料理をする人も増えたが、多忙な人びとを惹きつけたのが、手軽さが売りのパッケージサラダ(カット・洗浄済みで袋詰めされたサラダとしてすぐ食べられる生野菜)である。中でも今回焦点を当てるのは、「スプリングミックス」である。

●有機ベビーリーフの詰め合わせ

「スプリングミックス」とは、有機ベビーリーフの詰め合わせである。オークリーフレタスなど各種レタスやチコリ、カブラやブロッコリー、ピリッと辛くてゴマ風味のルッコラ、ホウレン草やチャードなど、鮮やかな緑色から薄緑、濃い緑、あるいは赤紫までカラフルな多種類(あるいは単品)のベビーリーフが、透明のプラスチック容器に詰められていることが多い。

スーパーに並ぶ有機ベビーリーフの
詰め合わせ「スプリングミックス」

ベビーリーフとは、レタスやアブラナ科野菜の発芽後間もない若葉を指す。こういった野菜は通常、何ヵ月という時間と手間暇をかけて育て、成熟したものを株ごと収穫して販売するものだが、種をまいて発芽後間もない野菜の若葉を収穫し販売するという、いわば野菜の新しい売り方ともいえる。日本ではまだ一般的ではないが、北米では消費が伸びており、特にカリフォルニアでは昨今、大きなスーパーから小さな食料品店までどこでも見かける商品である。価格は、1lb(ポンド、約454g)が約5ドル(約660円)と比較的手軽である。特にコロナ禍を経て、手軽かつヘルシーな食材としてサラダ産業のけん引役を担っている。

筆者が滞在時、食材調達にお世話になったのは近所の地域密着型の食料品店から普通のスーパー、あるいはローカルや有機が売りのホールフーズであったが、どの店にも必ず有機野菜コーナーがあり、その冷蔵棚にはスプリングミックスが並べられていた。その箱を最初に店頭で見かけたときの驚きは、今でも覚えている。詰められているベビーリーフは、発芽後数週間ほどの最初の「間引き菜」程度の大きさである。小規模有機農家をしていた筆者にとっては、畑と近い農的暮らしのご褒美であった。柔らかくてみずみずしくておいしいが、収穫後すぐにしなびる上に傷みやすく、流通には向かないからである。

そんな「軟弱野菜」の極みともいえる野菜であるベビーリーフが、「USDA Organic(米国農務省有機認証)」に加えて「3回洗浄済み。そのまま食卓に」と記載されたケースに詰められている。「すごい。便利。ありがたい」と早速購入して以来、冷蔵庫に常備するようになった。どんなシンプルな食事メニューでも、皿の端に添えるだけで彩り華やかになる。生野菜の酵素もカラダに取り入れられる、いかにも「健康に良さそう」な「見た目」の一食になる。オリーブオイルをかけたら、あるいはそのままでも、口に入れるとみずみずしくてさわやかな香りが広がる。少し割高な気もしたが、それはきっと、「激安ニッポン」の価格帯が基準だからだろう。こんな小さい葉っぱを洗って乾かす手間暇を考えたら、これはかなりオトクだ。しかも有機。生食だから残留農薬がなおさら気になるし、何より有機農家を応援したい。そう思ってのことだ。

とはいえ、毎食お皿に盛るたびに、口に入れるたびに、いろいろ疑問が湧いてくる。小さな葉っぱには、変色や傷んで「ずるけた」ものが一枚もない。超が付くレベルの軟弱野菜を、なぜ収穫し3回も洗浄しても傷みや変色なく詰めることができるのだろうか。収穫から洗浄、パッキングまで、相当大変なことは想像に難くない。さらに、購入後冷蔵庫で1週間ほど保存でき、流通や店舗での期間も入れると驚くほど長持ちする。

「ヘルシー」「便利さ」の二大アピールを兼ね備えているかのようなスプリングミックスであるが、その光ある姿の裏には影が存在する。スプリングミックスビジネスの発展過程をたどりつつ、どのような問題点が研究者から指摘されているのかを確認してみよう。

●スプリングミックスの問題点

最初にスプリングミックスをカリフォルニア州のベイエリア※1に導入したのは、シェフのアリス・ウォータース氏である。オルタナティブで新しい「カリフォルニア料理」を確立させた彼女が、地域の小規模有機農家が栽培したベビーリーフを自身のレストランChe Panisseで提供し始めたことに端を発する。それが1980年代後半には、ベイエリアの高級レストランのメニューに載るようになり、スプリングミックスは12ドル/1lb(約1,600円)で取引されるスペシャルティ農産物となった。「35ドル/1lb(約4,600円)を支払うレストランもいる」とうわさされるほどで、小規模有機農家にとっての重要な収入源であった。

その後、収益性の高さに企業がスプリングミックス市場に参入するようになる。結果、数十年前には春の味覚であったスプリングミックスは、コストコで数パレットいっぱいに積み上げられ4ドル/1lb強で販売される「普通のコモディティの一つ」となった。

「競争によって価格が下がった」とサクセスストーリーのように語られがちな話ではあるが、こういった消費者が「今日払う」金額にのみ着目する解釈は、未来世代と社会が払うことになる「代償」を覆い隠してしまう。長期的な負の社会的影響が懸念される理由は、価格低下をもたらしたのは有機ベビーリーフ生産の慣行化と工業化だ。

もともとは循環型でオルタナティブ農業であった有機農業は、近年、慣行化・工業化していると指摘されている。それは、生産が機械化かつ大規模化し、手間と経費がかさむ循環型の有機農業は敬遠され、投入物を有機資材に置き換えただけの「認証取得のために最低限の有機」が追求されがちだからである。スプリングミックスは工業的有機農業の典型的事例ともいわれ、大企業が農場から加工、物流まで垂直統合型で経営し、収穫後すぐの冷却から洗浄、シェルフライフ(商品棚に並べておける期限)の延長に必須のパッキングまでの加工工程は、高度に機械化されている。加えて一連の作業を担うのは低賃金で働く移住労働者である。

さらに、工業化がもたらした価格低下は生産者の手取り額も減少させ、現在は1ポンドあたり0.79ドル(約103円)といわれる※2。結果、小規模有機農家の撤退を促し、現在は一握りの企業が全米の有機スプリングミックス市場をほぼ独占するようになった。次回は、この状況をさらに考察していきたい。

※ 1  カリフォルニア州サンフランシスコ湾周辺地域を指し、シリコンバレーも入る。進歩的かつ裕福な人びとが暮らす地域として知られる。

※2 H ardesty SD( 2014) Spring Mix Case Studies in the Sacramento MSA. In: King RP, Hand MS, and Gomez MI( eds) Growing Local: Case Studies on Local Food Supply Chains. Our sustainable future. Lincoln: University of Nebraska Press.

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