特集/未来世代を有害化学物質の悪影響から守るために必要なこと環境ホルモンや殺虫剤など有害化学物質の発達期脳への影響

2023年06月15日グローバルネット2023年6月号

環境脳神経科学情報センター、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議(JEPA) 理事
木村-黒田 純子(きむら-くろだ じゅんこ)

 食品添加物、プラスチック製品、化粧品、医薬品、殺虫剤、農薬など、身の回りのさまざまな製品に使われている化学物質ですが、その多くが脳や身体の発達に悪影響を及ぼす「内分泌かく乱化学物質」(環境ホルモン)や脳神経系をかく乱する「有害化学物質」とされています。昨年来、日本各地の河川・地下水で国の基準値を超える値が検出されている「有機フッ素化合物」(PFAS)も環境ホルモンの一つです。
 特に、発達障害の増加、免疫異常・肥満の増加、不妊・流産、出生数の低下など、子どもの生存と健康に関する問題の原因として、特定の環境ホルモンや有害化学物質による悪影響を指摘する研究が近年蓄積しています。
 本特集では、環境ホルモンや有害化学物質が脳・身体の発達や生殖機能に与える悪影響、身の回りの製品に潜むリスク、EUで先行する法規制について解説していただき、政策・規制の在り方や消費者として気を付けたいことを考えます。

 

文部科学省は2022年12月、通常学級に通う小中学校の学童の8.8%に、発達障害の可能性があると報告した。この10~20年の間に、国内で自閉症スペクトラム障害(以下、自閉症)、注意欠如多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)など発達障害が急増している。脳の発達において、DNA遺伝情報は基盤だが、日本人全体で、数十年という短期間に遺伝子変異が起こることはあり得ない。

自閉症など発達障害の膨大な研究から、近年の発達障害急増の原因は、環境要因が大きいことがわかってきた。環境要因は、栄養、家庭・社会環境、感染症など多様だが、中でも1950年頃から急増した環境ホルモンや殺虫剤など、発達神経毒性を持つ有害化学物質の影響が懸念されている。

脳の発達における遺伝と環境

脳は、DNAの遺伝情報を基に発達する()。脳の発達に必要な遺伝子発現は、ホルモンや外部からの刺激によって、時空間的に精緻に調節されて機能する。遺伝子発現で産生されたタンパク質を使って、脳が構築されていく。

図 ヒトの脳の発達過程とそれをかく乱する有害化学物質

人間の社会性を担う脳高次機能は、それぞれに対応した神経回路が機能しており、発達障害はこの神経回路の障害と考えられている。遺伝子発現の調節を担うホルモンをかく乱するのが内分泌かく乱物質(環境ホルモン)で、外部からの刺激をかく乱するのが殺虫剤だ。

脳に悪影響を及ぼす環境要因

発達障害のリスクになる環境要因には以下のようなものがある。

  1. 受容体を介したシグナル毒性を持つ有害化学物質:内分泌系をかく乱する環境ホルモンと神経伝達をかく乱する殺虫剤。
  2. DNAに突然変異を起こす発がん物質や、DNAの修飾異常を起こすエピゲノム変異物質。
  3. その他、脳の発達に悪影響を及ぼす環境要因:重金属類、大気汚染、早産・低体重、虐待・ネグレクト、バルプロ酸、サリドマイド、アセトアミノフェンなどの医薬品、妊娠中の感染症や腸内細菌叢など免疫系への影響。

以上、脳に悪影響を及ぼす環境要因は多様だが、ここでは報告の多いシグナル毒性に焦点を絞る。

環境ホルモンの脳への影響

脳や身体の発達には、ホルモンの働きが重要だが、環境ホルモンによる悪影響が懸念されている。日本では環境ホルモンが2000年頃に社会問題となったが、空騒ぎとされ、その後の対策が進んでいない。環境ホルモンが子どもの成長に悪影響を及ぼしていることは、科学的に明らかとなり、欧米では、厳しい規制が実施されている。

現在、女性ホルモン、男性ホルモン、甲状腺ホルモンの作用をかく乱する環境ホルモンが確認されている。ホルモンが低用量で効果を示すように、環境ホルモンも低用量で、ホルモン作用をかく乱し、体や脳の発達に悪影響を及ぼす。

甲状腺ホルモンは脳と体の発達に重要で、先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)は身体や知能の発達不良を起こす。甲状腺ホルモンをかく乱・阻害する環境ホルモンには、PCB(ポリ塩化ビフェニル)、臭素系難燃剤PBDEや、有機フッ素化合物PFOA、PFOSなどが報告されている。これらは以前大量使用されたが、有害性が明らかとなり、既に生産禁止されているが、難分解性のため、地球規模の汚染が継続している。

脳の発達には、性ホルモンも重要な働きをしている。とくに女性ホルモンとその受容体は、発達期の神経細胞に存在して、正常な脳発達を担っている。さらに性ホルモンは脳の性分化にも関わっている。胎児の臨界期に、精巣で産生された男性ホルモンが脳に働き、脳の性分化が起こる。臨界期に、環境ホルモンに曝露すると、脳の性分化に影響を及ぼす可能性がある。動物実験では、ビスフェノールA(BPA)などの曝露で、脳の性差や性行動の異常などが多数報告されている。

ヒトの脳の男女差は、他の動物ほど明らかではなく、個人差が大きいという説もある。性差については、不明なことが多いが、男女共に女性ホルモン、男性ホルモンが必要で、そのバランスが重要だ。

実際にプラスチック由来のフタル酸エステルやBPAなど環境ホルモンが脳発達に悪影響を及ぼす研究報告が増えており、発達障害急増の一因となっている可能性がある。プラスチックの添加剤は企業秘密で非公開だが、フタル酸エステル類、ビスフェノール類、難燃剤、紫外線吸収剤などで環境ホルモンが確認されている。フタル酸エステルや紫外線吸収剤などは、化粧品や日焼け止めなどにも使用されている。環境ホルモンの摂取経路は、経口、経気、経皮があり、特定できないが、ほとんどの日本人が微量ながら曝露している。

プラスチックによる地球規模の環境汚染は深刻で、徹底した削減が必要であるだけでなく、含まれる環境ホルモンの規制強化も重要な課題だ。農薬でも環境ホルモン作用が確認されているものが多数あり、早急に規制強化が必要だ。

神経伝達をかく乱する殺虫剤

殺虫剤は、昆虫の脳神経系を標的にしており、昆虫とヒトの神経系は類似性があるので悪影響を及ぼす可能性が高い。有機リン系殺虫剤が脳発達に悪影響を及ぼし、発達障害のリスクを上げることが、多くの研究で報告されている。有機リン系殺虫剤は、神経伝達物質のアセチルコリン分解酵素を阻害する。アセチルコリンは、分解されないと、興奮を起こし続けて、神経細胞に障害を及ぼす。

有機リン系殺虫剤は、世界中で大量使用されたが、神経毒性、とくに発達神経毒性が確認されたため、使用量が減少している。日本でも有機リン系の総使用量は減少しているが、いまだに多く使用されている。とくに有機リン系クロルピリホスは、子どもの脳発達に悪影響を及ぼすことが明らかとなり、欧米でほぼ禁止されたが、日本で使用されているのは問題だ。

さらに、アセチルコリン受容体を標的にしたネオニコチノイド(以下、ネオニコ)系殺虫剤が、1990年代から使用が急増し、哺乳類の脳に悪影響を及ぼす論文が多数報告されている。ネオニコは、植物全体に浸透し、殺虫効果は高いが、残留すると洗っても落ちない。ネオニコは残留農薬が主な摂取源となり、日本人のほとんどが微量ながら曝露している。アセチルコリンとその受容体は、ヒトを含む哺乳類の末梢および中枢神経系、とくに発達期の脳の神経回路形成で重要な機能を担っているため、子どもの脳への影響が懸念される。

ネオニコは、ハチ大量死、昆虫類、鳥類など地球生態系に重大なダメージを及ぼすことが明らかとなり、欧米では禁止・規制強化が進んでいる。ネオニコがヒトを含む哺乳類の脳発達に悪影響を及ぼし、発達障害急増のリスク因子となっている可能性もあり、国内でも早期に規制強化が必要と考える。

有害物質から子どもを守る

脳発達に悪影響を及ぼす環境要因は多様だが、中でも環境ホルモンと殺虫剤については科学的知見が蓄積している。詳細な科学的解明には今後の研究が必要だが、全ての解明を待っていては手遅れになる。環境ホルモンや殺虫剤など有害化学物質については、予防原則を適用し、禁止・規制強化が必要と考える。

※ 詳しい情報は
  ・ 黒田洋一郎・木村-黒田純子「発達障害の原因と発症メカニズム」河出書房新社2020 年増補改訂版
  ・ 木村-黒田純子「地球を脅かす化学物質」海鳴社2018 年

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