特集/環境・社会課題の解決に資する都市計画の在り方を考える近年の都市再開発の問題点

2023年08月15日グローバルネット2023年8月号

法政大学人間環境学部教授
吉永 明弘 (よしなが あきひろ)

 気候変動への対応や生物多様性保全、減災・防災などの観点から、都市の公園や緑地を維持・拡充し、「ウォーカブルな(歩きやすい)まちづくり」を進めることが大切であるといわれています。しかし、近年の日本の都市では、明治神宮外苑再開発計画に見られるような、緑地の減少を伴う開発が民意不在で進められる事例が多く見られます。また、人口減少、中小都市から大都市圏への人口流出、高齢化などの社会的課題にも直面しており、行政サービスやその他の都市機能を維持し、生活の質を向上させるための市街地の再編も長期的な課題となっています。
 今回の特集では、都市計画に関する環境・社会的課題と、その解決に必要な考え方や施策を国内外の事例を基に考えます。

 

近年、日本各地の都市において、大量の樹木伐採を伴う再開発と公園再整備が問題視されている。

例えばChange.orgという署名サイトでは、東京の神宮外苑再開発を筆頭に、日比谷公園の樹木伐採、井の頭公園の樹木伐採、葛西臨海公園の樹木伐採、千代田区神田警察通りのイチョウの伐採、横浜市上瀬谷で開催予定の「花博」に伴うソメイヨシノの伐採、京都府立植物園の再整備に反対する署名運動が行われてきた。

こうした運動を、迷惑な妨害行為として捉える人もいるだろう。しかし、こうした声が上がることによってはじめて、当該の都市開発の問題点が明らかになることが多いので、このような運動は公共的機能を持っているといえる。

横浜市に、住民の反対運動が続く中で開発事業が廃止になった例がある(写真)。本稿では、この横浜市の事例と、神宮外苑再開発問題を軸に、現在の都市再開発を可能にしている規制緩和の動きについて論評する。

横浜・上郷開発事業廃止のお知らせ

市街化調整区域は何のため?

横浜市の港南区と栄区の区界付近にある「瀬上沢緑地」は、鎌倉市まで続く横浜市内最大の一大緑地帯である。ホタルの名所でもあり、貴重な遺跡も存在する。ここに東急建設による開発計画が持ち上がった。この計画に対して「認定NPO法人ホタルのふるさと瀬上沢基金」が長年にわたって反対運動を行い、膠着状態となっていた。そんな中で、2023年2月末に開発事業の廃止が告げられた(パタゴニアWEBサイト「その森は守られている」を参照)。

事業者が開発事業の廃止を決めたのは、静岡県・熱海の盛り土による土砂災害があったことや資材が高騰したことの影響が大きかったというが、反対運動の理にかなった主張が事業者や行政に次第に理解されていった面もある。

ここでは、この地域がもともとは開発を控えるべき地域であったということに注目したい。ここは都市計画上の「市街化調整区域」であった。ところが、2018年に横浜市が「市街化区域」に変更したことにより、開発が可能になった。

このような変更が可能ならば、そもそも「市街化調整区域」を設定することの意義が問われてくる。都市計画において、「市街化調整区域」を指定するのは何のためなのか。第一次産業との調整を図るという理由もあるだろうが、ここでは1930年代に作られた「東京緑地計画」における「緑地」の定義に引き付けて考えてみたい。「緑地とはその本来の目的が空地にして、宅地、商工業用地及び頻繁なる交通用地の如く、建蔽せられざる永続的なものをいう」(石川幹子『都市と緑地』246ページより)。

この定義からすると、緑地とは空地であり、永遠に建蔽してはいけない場所ということになる。

さらに大阪市長を務めた関一氏は、都市を「建築地域と永久に建築してはならない地域の二つに分けなければならない」と述べたという(同書236ページより)。

「市街化調整区域」は、このような過去の都市政策にある“都市には開発を抑制すべきエリアが必要だ”という理念を実現するものとして位置付けられるだろう。その理念に照らせば、安易に「市街化区域」に変更することはあってはならないのである。

風致地区なのに開発OK?

規制緩和による区域の不可解な変更は、神宮外苑再開発においても見られた。新宿区は、今年の2月28日に神宮第二球場と建国記念文庫の森の周辺にある約3,000本の低木の伐採許可を出した。ここで伐採が認められたのは、以前は規制の厳しい「風致地区A地域」もしくは「B地域」に指定されていた地区である。それが2020年に規制の緩い「S地域」に指定変更され、それによって樹林地をつぶして芝地にしたり、高層ビルを建設したりすることも可能になっていた。

しかし、そもそも都市における自然を守るための制度である「風致地区」の中に開発を容認する地域を設定することには矛盾がある。さらにこの指定変更は、都市計画審議会や議会にも報告されずに行われたという。このような重大な変更を行う場合には、幅広い周知と意見聴取が必要なはずである。

以上のことは多くの人によって指摘され非難されている。この問題の根本には、行政側が「風致地区」の理念を尊重していないということがある。

公園の民営化の動き

これらの変更は、規制緩和の流れの中に位置付けられる。近年ではそこに、公共部門の民営化を促進する思想が並走している。公園に関しては、国レベルではPark-PFI制度、東京都では公園まちづくり制度の中に、その思想が実装化されている。

Park-PFI制度は、都市公園管理を民間企業に開放し、公園の中に商業施設を設置し、そこから利益を生み出すこと(いわゆる「稼ぐ公園」)を狙いとしている。公園まちづくり制度は、民間企業が都市公園とその周辺地域を一体的に再開発することを可能にする制度である。共通しているのは、「公園」の整備を民間企業に任せるという点である。

これらの制度は、従来の「公園」の姿を大幅に変えるものである。例えば、公園まちづくり制度を用いて、公園内の建築物の用途制限を撤廃することにより、高層ビルを建てることが可能になる(2023年2月7日付東京新聞「「過剰開発」は「官から民へ」が招いた? 「稼ぐ公園」にひそむ問題 神宮外苑再開発も規制緩和で実現した」(https://www.tokyo-np.co.jp/article/229691)を参照)。これは、「市街化調整区域」を「市街化区域」に変更することや、「風致地区」内に開発可能なエリアを設定することと同型の発想である。ここには「公園」とはそもそも何のための施設なのかを原理的に問う姿勢がない。

スクラップ&ビルドの問題点

近年の都市再開発や公園の再整備に関しては、既存の建物の取り壊しも問題視されている。都市や公園の整備の中には、メンテナンス型の整備もあるはずなのに、なぜスクラップ&ビルド型の整備ばかり行うのか、最後にその点を問題にしたい。

元千葉県職員で不法投棄の取り締まりにあたった石渡正佳氏は、2005年の時点で、日本の都市は「スクラップシティ」になりつつあると警告していた。石渡氏によれば、「使い捨ての都市と住宅は、日本に固有の問題」(石渡正佳『スクラップエコノミー』112ページ)であり、それは素材の耐用年数の短さに起因する。ただし近年の再開発では、改修すれば使える建物をどんどん壊しており、単なる素材の問題ではない。石渡氏によれば、スクラップシティ化は「都市経済の沈滞、人口流出と高齢化、産業空洞化だけでなく、都市の文化と歴史が喪失し、住民一人ひとりが心の中に持っている都市の記憶まで、すべてが失われていくことを意味する」(同書30~31ページ)。

スクラップ&ビルド型の再開発は都市の記憶を失わせる。代わりに生み出されるのは真新しい建物と、大量の建設系産業廃棄物である。

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